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83.答え合わせ





 この時点で、実験は成功である。

 巨岩魚(ロックヘッド)の襲来というハプニングはあったが、それは別のまた話だ。


「――じゃあもう一回行くよー!」


 ユシータの指揮で、再び全員が動き出す。


 少し休憩を挟んで、再び海に入ることになった。

 さっきは魔物が襲ってきたから中断したが、だからと言って止める理由はない。 


 改めて、二度目の難破船探索開始である。





 その後、空が赤くなる頃まで探索は続けられ、ようやく引き上げることになった。


 一回目にトラブルこそあったが、それ以降は特に問題は起こらなかった。


「水の中で呼吸する方法」の実験は、こうして成果を上げた。

 後はレポートをまとめて提出し、単位の是非を問うだけである。


 実験結果だけでは弱いかもしれない。


 だが、実践して拾得物を得た記録も一緒に提出すれば、また評価も上がるはずだ。

 机上の空論と、実績のある実験結果とでは、情報の価値が違うのだから。


 今回は皆お金に目がくらんでいたが、この実験はいわゆる海底探索である。


 海の生物の生態を調べたり、海流を調べたりと、いろんな応用が利く。

 決して難破船のみに焦点を当てていい実験ではないのだ。


 単位が貰えるのは、カシスまでの元のチーム六人だけである。

 手伝いとして増員した者たちは対象にはならない。


 もちろん事前に話してあることだ。

 拾得物は全員で山分けになるが、あくまでも報酬の出る仕事という形であり、実験のメンバーではない。


「うふ。うふふ。ふふふふ。ふふ」


 日干しがてら、甲板に並べられた貴金属や宝石の類を眺めているカシスは、笑いが止まらない。


 夕陽に照らされ輝くそれらのなんと美しいことか。

 無造作に並べられている様は、まるできらめく海面のようだ。


 目利きのできるカシスがざっと見立てたところ、総額五千万くらいは余裕で行くだろう、とのことだ。


 五千万ネッカ。

 十五人で分けても、一人三百万くらいは貰える計算になる。

 たった一日の手伝いとしては破格の報酬と言えるだろう。


 しかも、だ。


「……チッ。気に入らねえけどやるじゃねえか」


 悔しそうな顔で舌打ちしているサンドラは、拾得物ではなく海面を見ている。


 自分たちが乗る船のすぐ隣に、船と同じくらい巨大な巨岩魚(ロックヘッド)が浮いているからだ。


 ――クノンが仕留めた獲物である。


 できることなら自分が仕留めたかった、とサンドラは思っている。


 懸賞金が掛かっているかどうかはわからないが、あれだけ大きければ、懸賞金が出なくてもかなりの額で売れるだろう。


 肉も一応食べられるはずだが、あまりおいしくないので価値は低い。

 しかし、骨や牙、魔石、頭の岩などは、いろんな使用用途がある。そちらの価値はかなりのものになるだろう。


 なお、クノンが「今日はチームで動いているので、後腐れなく稼いだお金は全部分けましょう」と心の広いことを言ったのも少々気に入らない。

 サンドラだったら独り占めを主張していたから。


 ――クノンとしては、後に控えているルルォメットとの答え合わせに気を取られていたので、どうでもよかっただけなのだが。





 拾った宝石や貴金属は、信頼できる商人に預けて鑑定してもらい、金額に折り合いがつけばそのまま売却となる。


 三度の漁で得た魚は、このまま魔術都市ディラシックまで運ぶことになっている。

 これも信頼できる商人に売るのだ。


 巨岩魚(ロックヘッド)だけは、ここから一番近い海辺の街にある冒険者ギルドに持っていくことになる。

 冒険者活動もしているサンドラを始めとした魔術師たちに処理を頼んである。


 ――甲板でそんな話し合いをしている、帰港の最中。


「ルルォメット先輩。今日はいいものを見せてくれてありがとうございました」


 クノンとルルォメットは、船尾にいた。

 お金になんてまるで興味がないと言わんばかりに。


 興味がないわけではなく、優先順位が違うだけなのだが。


「わかりましたか? 私の魔術の正体」


「恐らくは。――『衰弱』じゃないですか?」


 ルルォメットは笑った。


「その答えに辿りついた根拠は?」


「よく見ると、次第に動きが鈍くなっていったから。まあ僕は見えませんけど」


 そう。

 何度も魚を仕留めるところを見せてくれたから、法則に気づいたのだ。


 即死の正体は、衰弱死。

 あるいは過労死だろうか。


 即死しているように見えたが、実際は急激に衰えて死んだ。

 それがクノンの見立てだった。


 急速な「衰弱」は、急激な変化ではない。

 いきなり心臓が止まるわけでもないし、痛みが伴うわけでもない。


 だから気づかない。

 気づかないまま動き続け、いずれ活動が停止して、死ぬ。


 弱る速度こそ早いが、それでもゆるやかな変化だから、海鳥や魚にはさしたる反応がなかったのだ。

 恐ろしい速度で衰弱していることに気づかなかったから。


 攻撃を、攻撃と認識できなかったから。


「優秀ですね、君は。未だ気づいていない者も多いのですが」


「ということは、正解ですか?」


「ええ。それも正解、と言うべきでしょうか」


 それも正解。

 つまり、他の要素もある、ということだ。


「闇の魔術の特性は、衰弱、衰退、劣化、疲弊といった、何かを弱らせるものです。こう聞くとなかなか地味でしょう?」


「――すごく面白いですね! わくわくします!」


 本当に優秀な子だ、とルルォメットは思った。


 地味だ。

 何の役に立つのか。


 ルルォメットが闇の魔術を知った時の感想は、その二つだった。


 弱らせてどうするのか。

 人を疲れさせる魔術で何をどうしろというのか。

 生命力溢れる生物には大して効果もないし。


 そんな気持ちでいっぱいだった。


 そう、その時のルルォメットは、闇の可能性にまったく気づかなかったのだ。


「光と闇は表裏一体と言われていますよね。

 光の魔術は遮断、保護、治癒、成長といったところでしょうか。

 闇はその逆になる感じですか?」


 しかしクノンは、ルルォメットが年月を掛けて造詣を深めた闇の可能性に、すぐに気づいたようだ。


「そうですね。一概には言えませんが、そう考えた方がわかりやすいかもしれませんね」


「へえ! そんな魔術があるんだ! すごい!」


 ――衰弱や衰退が進めばどこに辿り着くのか?


 ルルォメットが本当の意味で闇魔術に目覚めたのは、そんな発想からだ。


 その発想に、闇の可能性を見た。

 その特性は、闇は他の属性とはまるで違う。


 だから面白いと思った。


「じゃあじゃあ! こう、衰弱をぎゅっと固めて濃度を濃くしていったら、触れた瞬間すべてを風化して飲み込む恐ろしい魔術とかできたりします!?」


「クノン。声が大きいです」


 それはルルォメットの切り札だ。

 長年考えに考え抜いて得た、一つの闇の終着点である。


 ここでの会話だけで、クノンは即座にそこに辿り着いてしまった。

 自分の属性でもないのに。


「すごいなあ! 僕の魔術とか全部弱らせて掻き消しちゃうんだろうなあ! すごいなぁ!」


 ルルォメットは呆れて、そして笑った。


 ――本当にすごいのはどっちだ、と。





「お帰りなさいませ、クノン様」


 クノンがディラシックの家に戻ったのは、すっかり空が暗くなった頃だった。


「ただいま、リンコ。遅くなってごめん」


「事前に聞いていたので問題ないですよ」


 リンコは、クノンの上着を預かる。

 潮の匂いがした。


 今日は、難破船の探索に行くと、事前に伝えてあった。

 日帰りの予定だが遅くなるかもしれない、と。


 今日中に帰らなかったら実家に報告しなければいけなかったが、帰ってきたので問題はない。


「どうでした? 海底の調査」


「それがさ、聞いてよリンコ!」


「え!? その反応、まさか幽霊船でも見ました!? そういう話大好き!」


「幽霊船は見たけどその話は後で!」


「えっほんとに見たの!? 聞きたい聞きたい!」


「その前に聞いて!」


「嫌です! 幽霊船の話が聞きたいです!」


 不毛な言い争いはしばらく続いた。





 ちなみに、クノンが幽霊船を見たのは本当である。


 漁をしている最中、「鏡眼」で見えた。

 海中を航行するぼろぼろの帆船なんて、幽霊船以外の何物でもないはずだ。


 まあ、他の誰にも見えなかったようだし、実害もなかったので、誰にも言わなかったが。




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