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80.闇魔術について聞いてみた





 浅瀬の実験から三日が経った。

 しっかり身体を休める時間と、じっくり準備をするための時間を取り。


 そして本日。


「――というわけで、この十五人で海底の探索を行いたいと思います」


 朝も暗い早朝。

 魔術学校の校門前には、十五名もの魔術師が集っていた。


 十五名。

「水の中で呼吸する方法」チームの、急遽増員したメンバーである。


 なんでも「調和の派閥」からも参加者を集めたそうだ。

 まあ、男性ばかりが来ているようなので、クノンはあまり興味ないが。


 随分メンバーが増えたものだが、チームリーダであるユシータが指揮を執るのは変わらない。


 ――いよいよ、本格的に難破船を調べるという段階に入ったが故の増員である。


 要するに、この人数こそユシータたちの本気ということだ。


 現地での問題の対処、荷運び、想定しうるトラブルに対応できる者。

 それらを考えたら、これくらい増えたそうだ。


 クノンとしては、大掛かりにやるなら、これでも少ない方じゃないかと思っているが。


 本気でやるならもっと万全を期すべきだ、と。


 いや、これもまた、まだ試行段階だからだろう。

 実験は行ったしデータも取ったが、肝心の本番の経験がないから。


 だから、今日成功したら、次はもっと本気になるはずだ。


 その時クノンが参加しているかどうかはわからないが。


「……」


 だが、今。


 クノンの意識は、今日の流れを説明するユシータではなく。

 自分と同じように、チームリーダーに注目している一人の男性に向いている。


「合理の派閥」代表ルルォメット。

 世界的にも珍しい、闇属性を持つという魔術師だ。


 ――ぜひとも話をしたいし、なんなら闇の魔術を見てみたい。絶対見たい。


 かの貴重なサンプルに比べたら、海の探索なんて興味があるわけが…………


「……いや、そうか」


 興味がない、とは、言い切れない部分がある。


 いや、それどころか。

 よくよく本心を探れば、同じくらい興味があるかもしれない。


 ――魔術師ばかりのチームで実験や検証、フィールドワークを行った経験は、楽しかったから。


 一緒に海辺で食べた魚や貝もおいしかった。

 水属性同士で水の魔術の話をするのは、とても楽しかった。


 あの日々がなんの成果も上げない無駄な時間だった。

 そんなことは、誰にも言われたくないし、言わせない。


 難破船だの財宝だのにはあまり興味はないが、この実験の結果は、大いに気になるところだ。

 単位もあるし。





 ユシータの話が終わると、すぐに行動に入った。

 カシスに続いて三人ほど増えた風の魔術師の「飛行」で、一同は目的のポイントへと向かう。


 ちなみにクノンは日帰りである。


 日帰り班と泊まり込み班の二つが存在し、帰る方を選んだ。

 だから今回、侍女は連れてきていない。


 馬車よりもはるかに速く飛び続けること、しばし。


 空が明るくなってきた頃、遠くに海が見えてきた。


 目的地である小さな漁村に到着すると、一仕事終えた風属性を休ませて、他の者がテキパキと動き出す。


 三日の間に準備してきた成果である。


 クノンも準備に参加したかったが、「新入生にはできることはない」と言われて、実験の準備にはノータッチだったが。

 そう言うだけあって、先輩たちはきっちり準備を済ませていた。


 どこからか調達した中型船。

 小さな漁村には不似合いな木造の帆船で、釣り船などとは違う頑丈そうなものである。


 財宝に並々ならない興味と情熱を持っていたカシスが、調べに調べて、難破船らしきものを発見した。

 本当に発見した。

 周囲の人に話を聞いたところ、この辺まで人が来ることはあまりないそうだ。

 つまり、手付かずのまま沈んでいる可能性が高い。


 更には、法も確認してあった。

 ここ聖教国セントランスの端にある海辺では、持ち主のわからない拾得物は拾った者が貰っていいことになっているとか。


 普通なら、大きな街などでは領主がその辺の規制も敷いているはずだが。

 少なくとも、この辺りなら許されている、という話だ。


「――さあ、乗った乗った!」


 漁村の村長に挨拶をしていたユシータが、船に乗り込むよう魔術師たちを促す。


 村人たちが物珍しそうに見ている中、ぞろぞろと船に乗り込む。


「――手伝いましょうか?」


 渡し板を渡り船に乗り込む者たちを待ち、最後に行こうと思っていたクノン。


 そんなクノンに、ルルォメットが声を掛けてくれた。


「あ、お構いなく。ありがとうございます」


「そうですか? 本当に大丈夫ですか?」


「はい。ルルォメット先輩が女性だったらぜひ頼みたいところですが、紳士として男性にエスコートは頼めませんから」


「ふふ、そうですか。ではお先に」


 船と桟橋を繋ぐ渡し板は、手すりも付いていない細い道である。

 もちろん波に揺られて不安定だし、足を踏み外せば海にドボンである。


「あ、カシス先輩。エスコートしてくれません?」


「はあ? 嫌よ。クノン君なんかと仲が良いなんて噂されると嫌だし。だいたいあんたなら一人で平気でしょ?」


 カシスはツンと顔を背けて、船に乗り込んだ。

 クノンはフラれた。


「……」


「……」


「……」


「……サンドラ先輩、お先にどうぞ」


「なんで私には頼まないんだ?」


「先輩の手を煩わせる男でいたくないからです」


「……ふーん……チッ。海に落としてやろうと思ったのに」


 不穏な呟きを漏らしながら、サンドラも船に乗り込んだ。

 クノンは読み勝った。


 足場が不安定な場所は、クノンは苦手だ。

 たぶん普通に歩けば海に落ちるだろう。


 ユシータは一番に乗り込んだので、エスコートを頼めそうな女性はいない。


 仕方ないので、素直に「飛ぶ」ことにした。


「「……」」


 とてつもなく偉そうにふんぞり返って宙を飛び、最後に船に乗り込んだ最年少に周囲は唖然とするが――まあ、とにかく。


「全員乗った!? ――錨を上げて! 出発!」


 ユシータの声に応えて、船は進み出した。


「風よろしく! がんばって!」


 ここでも風属性が大活躍だ。

 帆が大きく膨らみ、どんどん速度を上げていく。 





「ルルォメット先輩、さっきはありがとうございました」


「……ええ、はい……」


 偉そうにふんぞり返ったまま、ふわふわ漂うように近づいてきたクノンを見て、ルルォメットはなんとも言えない気持ちになった。


 いや、理由はわかるのだが。


「船酔いするのですか? それとも足元が不安定だから?」


「足元です。僕は段差とか傾斜に弱いので。たぶん船には立っていられないと思います」


 目が見えないゆえに平衡感覚が測りづらいのだろう、とルルォメットは解釈した。


「あ、こんな格好ですみません。なんか姿勢が偉そうに見えるという話は聞いてるんですが、じゃあ逆にどうしたらいいのかと考えたら迷っちゃって……」


「……」


 一応問題がある格好という自覚はあるんだな、とルルォメットは思った。


 まあ、それよりだ。


「面白い魔術ですね。まさか水属性で飛べるなんて思いもよりませんでした」


 これでルルォメットも充分驚いているし、周囲の魔術師たちも驚いていたりする。

 特に、クノンと同じ水属性の驚きは、なかなかのものである。


 あのゼオンリー(・・・・・・・)の弟子だ、という肩書きは伊達じゃない。それがよくわかる。

 これこそ才ある魔術師の姿である。


 無駄に偉そうだが。


「よかったら教えますよ。代わりに先輩の闇魔術も教えてほしいです」


「おや。私の魔術に興味が?」


「はい。闇属性がどういうものなのか、僕はまったく知らないので。闇に関して綴られた本もかなり少ないそうですし」


「なるほど」


 魔術師として、魔術が気になる。

 魔術師としてはとても健全なことである。


 今でこそ落ち着いたものだが、入学した頃のルルォメットもよく質問されたものだ。


 いったい闇とはどういうものなのか、と。


「そうですね――クノン、上を見てください。海鳥が船に着いてくるように飛んでいます。……あ、見えませんか?」


「いえ、大丈夫です。見えないけど」


 空を見上げるルルォメットの隣で、偉そうなクノンが並んで見上げる。


 二人は空を……六羽で飛ぶ鳥を注視する。





「――私はいつも、闇属性に関して聞かれたら、こう答えるようにしています」


 ルルォメットの魔力が動いた。


 と――海鳥六羽がふらふらし始めて……船の上に落ちてきた。


「うわなんだ!?」


「えっ死んでる!? なんだ!? 何が起こった!?」


 ルルォメットとクノンの経緯を見ていた者はわかったが。


 知らない者にとっては、突然海鳥が落ちてきたことになる。

 普通に驚きもするだろう。


「――私がやりました。我々の昼食にしましょう」


 ルルォメットの言葉を聞いて、皆の動揺はすぐに鎮まった。


 彼らは闇属性を知っているから、納得したのだ。


「……即死の魔術? どういう原理だ……?」


 クノンも驚いていた。

 こちらは、ルルォメットが放った正体不明の魔術の、異常さと異様さに、だが。


 そう――闇属性は、魔術に造詣が深い者ほど驚く。


 何事も現象を起こさず生物を死に至らしめる魔術など存在しない。

 そんなの不可能である。


 そのことをよく知っているから。


「クノン・グリオン」


 瞬時に思考の海に沈んだクノンに、ルルォメットは呼びかける。


「――私の闇魔術の正体を当ててみなさい。それができたら話をしましょうね」




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