77.もう一人加えて
「――ちょっと落ち着いてください」
難破船の財宝話で盛り上がる面々に、クノンが待ったを掛けた。
ガキナンパと呼ばれて負った、心の傷をぐっとこらえて。
サンドラの難破船だの財宝だのの話で、すっかりその気になっているようだが。
「そんなに簡単な話なら、すでに誰かがやってると思います。だからきっと無理ですよ」
一度ストップを掛けると、彼女らは「確かに」と冷静に考えてくれた。
「え? 無理なの?」
サンドラだけがそんなことを言っている。
「そう単純じゃないと思うわ。問題点も思いつくし」
ユシータがそう言って諭す、が――
「すぐには無理です。でも可能性は充分あると思いますよ」
しかし、クノンは否定しなかった。
「ユシータ先輩の言う通り、解決しないといけない問題が多いだけです。
たとえば、僕は海に行ったことがないですから、この魔術が海水で通用するかわからない。水深や海流といった問題もありますし、水圧によっては限界もありそうですし。
あとは海の魔物の脅威ですね。深い場所であればあるほど、大きな魔物がいると言われていますから」
今すぐは無理。
しかし、それらを解決すれば、もしかしたらサンドラの冒険心を満たせるかもしれない。
「浅瀬から試してみませんか? やってみて問題点をはっきりさせて、それらを潰していく。実験ってそういうものでしょう?」
そう、実験とはそういうものだ。
「はあ……ほんとに手軽に単位が欲しかっただけなんだけどな……」
そういうのを飛ばして、手っ取り早く単位が欲しかった面々だが、
「――仕方ない、やるか!」
「「おー!!」」
ユシータの一言で、このチームは本格的に実験に乗り出した。
「財宝が欲しいか!?」
「「おおー!」」
「お金持ちになりたいか!?」
「「おおーー!!」」
「金の力で豪遊したいか!?」
「「おおぉーーーー!!」」
「お……おー」
向こうの盛り上がすごい。
すごいだけに、クノンは疎外感を感じていた。
まあ、特級クラスは自分で生活費を稼ぐ必要があるので、クノンも他人事ではないのだが。
「水の中で呼吸する方法」。
クノンの示した技術だけでは、単位に届かないかもしれない。
だがそれに加えて検証データも提出すれば、単位獲得に届く可能性は高い。
それに、元から考えていた案も没にする必要はない。
それも含めて検証すればいいのだ。
もちろん、最終的な目標は難破船の財宝目当てだ。
富目当てだ。
皆金に目がくらんでいるのだ。
「地上と水中を管で繋ぐ、っていう案が現実的かなって考えてて」
「空気は常に流れていないと」
「潜る深度によっては、空気を送る力が必要かも」
「理想を言うなら、入れるのと出ていく方の空気穴が欲しいね」
「パン買ってきました!」
「もしかして風属性も必要な感じ? 空気送る役目として」
「あー。じゃあ胃袋みたいな形とかどう? 空気入れる方が食道と考えてさ」
やる気になった先輩たちはいろんな意見を出す。
クノンがここに来た時のゆるい雰囲気が、嘘だったように。
穏やかに熱が入っている。
クノンも話し合いに参加し、できそうな案を話し合ってまとめていく。
「――だいたい出たかな? いずれ風属性とか必要になるかもしれないけど、ひとまず私たちだけでやってみようか」
あとは現地での検証だ。
明日の朝、冒険者でもあるサンドラが知っているという、街の外にある湖に行くことになった。
「……」
クノンは、最低限さえ整備されていない場所へ行くのは、初めてである。
それを言っても心配と迷惑しか掛けないので、言わなかったが。
だから、違う意味でも結構わくわくしていた。
――クノン・グリオン、初めてのフィールドワークである。
翌日。
雨天中止と言っていたが、無事晴れたので予定通りだ。
「え、ちょっと待って!? ねえユシータ、こいつがいるなんて聞いてないんだけど!」
朝からわくわくしているクノンが、わくわくしながら待ち合わせ場所である校門前へ行くと、すでにユシータが来ていた。
そして、クノンを見るなり、一緒にいたもう一人が騒ぎ出した。
「え? あ、何? カシス、クノン君知ってるの?」
なんということだろう。
そこにはカシスが、クノンにとっては少々思うことがある彼が、いや彼女がいた。
「私こいつ嫌い!」
「え?」
「僕は嫌いじゃないですよ」
「えっ?」
「何よそれ! どうせあんたも女のおっぱいにしか興味ないんでしょ!? 男なんてみんなそうなんだから! どうせ私なんてぺたんこよ!」
「いやカシス!? 朝っぱらから校門で何言ってんの!?」
「うっさいわね! どうせ私なんておっぱいのない優れた美貌だけの女よ! 特に美貌はないけどささやかなおっぱいはあるあんたに私の気持ちなんてわかんないわよ!」
「あ? ぶつよ? ぐーで顔いくよ?」
興奮するカシスを落ち着かせると、ユシータは溜息を吐いた。
「……クノン君、カシスとなんか因縁あるの? ごめん、知らなかった」
少し前に揉めた、クノンの派閥所属問題の話は有名なのだが。
生憎ユシータは誰からも聞いていなかったようだ。
まあ、興味がなかったのだろう。
「それあいつじゃなくて私に言いなさいよ!」
「カシスは仕事でしょ。報酬は払うんだからちゃんとやってよ」
――なんでも、カシスは風属性の魔術師であり、かつ「飛行」が得意なのだとか。ある程度の人数と重量があっても飛べるそうだ。
要するに、検証する湖まで、カシスに連れて行ってもらおうという話である。
徒歩だの馬車だので行くと、往復だけで時間を食うので、ユシータが自腹を切ってカシスに送迎を依頼したそうだ。
「勝手に決めてごめん。サンドラに詳しく聞いたら、目的地まで結構距離があるって話でさ」
「いえ、僕は構いませんよ。それよりそんな小さなことであなたの顔を曇らせたくないな。せっかくの魅力が台無しだよ」
「は、はは……」
「――チッ」
今日も軽快なクノンの軽口にユシータが愛想笑いし、カシスは舌打ちした。
昨日の五人にカシスを加え、「水の中で呼吸する方法」を検証するべく、湖に飛んだ。
人見知りの激しいカシスは、人数が増えたら極端に発言が減ったので、特にそれ以上の問題はなかった。
「いい場所ね」
ディラシックから北西に位置する湖は、森の中にあった。
大きいとは言えないが、少人数で実験するには丁度いい規模だろう。
天気はいいし、水面は穏やかである。
「だろ? ここで飯食うとうまいんだ」
サンドラはピクニック気分のようだ。
まあ、気持ちはわかるが。
「それじゃ、実験を始めようか」
五人も水属性が揃っていれば、実験も検証も結構な早さで消化される。
「……あんたほんと器用ね」
クノンは「
そんなクノンを、検証が終わるまで暇なカシスが、用意してきたハンモックに揺られて見ていた。
整地されていない場所では足下が危険すぎる。
そんな主張で、クノンは記録係を務めることになった。
ここでは下手に歩けないから、と。
「カシス先輩は暇そうですね」
記録しながらクノンは応じる。
「実際暇なのよ。水の中なんて入って何がしたいの?」
「何があるか気になりません? 湖の底とか海の中とか」
「ぜーんぜん。水の底なんて人とか動物の白骨があるだけなんじゃない?」
「それはそれで興味深いですけどね」
「あっそー」
カシスは本当に興味がなさそうだった。
「――おい! おい!! 湖の底でサイフ見つけた! やっぱこの方法いけるぞ!」
「えっマジ!?」
サンドラが小さなお宝を見つけるまでは。