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76.おや? 実験テーマの様子が……





「――あぁ!? なんでおまえがここにいるんだよ!」


 という入り口から、


「――「いやいや待て待て! これ何気にすげぇぞ!」


 と、クノンのアイデアを力強く肯定するのである。


 目指す方向が同じなら、打ち解けるのも早いものである。


 そんなクノンとサンドラ、二度目の邂逅だった。





「水の中で呼吸する方法」の実験に誘われたクノンは、二つ返事で了承。

 すぐに実験に着手することになった。


 誘った女性は、「合理の派閥」の水属性ユシータ。

 今回の実験のリーダーでもあるそうで、彼女の案内で「合理」の拠点である地下施設へとやってきた。


 この地下施設、元は人工ダンジョンだったそうだ。

 なんでも、天然ダンジョンの仕組みを探るために、かなり大昔に作ったのだとか。

 

 その実験が終わると、暗くてじめじめしている場所が好きだという一部の魔術師の要望もあり、場所の再利用が決定。

 今では「合理の派閥」の拠点となった。


 ダンジョンダンジョンしていた再利用前はともかく。


 今では出入り口も四つほど増やし、かつて通路だった壁も破壊され、いくつかの広間となっている。

 そんな感じで、一階から三階くらいまでは、活動しやすいようにリフォームされている。


 壁や天井がほんのり明るく、空調も利いている。

 地下施設であることを忘れそうなくらい、地下らしくない場所である。


 ――ただし、「合理の派閥」が利用しているのは地下三階まで。それ以降は謎も多く、十三階以降は詳細な資料さえも残っていない。


 地下四十一階層までは、こぼれ話のような形でいくつかの資料に残っているそうだが、信憑性は怪しいのだとか。

 そこから先の情報は皆無である。


 時折、地下から何かの呻き声や唸り声らしきものが聞こえるらしいが――


 基本無視である。


「そういう場所だ」として納得し、納得した上で「合理」は代々ここを拠点にしてきたのだとか。

 なかなか豪胆なことである。





「あぁっ!?」


 若干ダンジョン時代の名残りで通路が迷路っぽいが、案内された部屋はちょっとした広間だ。

 校舎にある教室のように、研究が決まったら借りることができる空き部屋なのだとか。


 そこに入るなり、すでに一人の女性が声を上げた。


 サンドラである。


「なんでおまえがここにいるんだよ!」


 いきなりご挨拶である。


「――多数決で昨日決めたじゃん!」


「――今更ぐだぐだ言わないでよ!」


「――単位! 単位!」


 クノンに噛みつくなり、彼女の周囲にいた者たちがサンドラに噛みつき返した。


「――やめてよサンドラ! クノン君とサンドラどっち取るかって言われたら私迷わずクノン君取るからね!」


 クノンを連れてきたユシータまでもが、サンドラに文句を言う。


「まだ一個も単位取れてないから混ぜてくれって泣きついたの誰!?」


「……あ、あたしです」


「私たちの指示をちゃんと聞いて文句は言わないって約束したよね!?」


「し、しました……」


「じゃあ今言うセリフは!?」


「……パン買ってきましょうか?」


「違うでしょ! クノン君に謝るんでしょ! わざわざ来てくれたのよ!」


「……すませんした」


 サンドラは謝った。

 これが実験リーダーの力か、とクノンは思った。


 まあ、何にせよだ。


「単位が欲しいのは僕もですし、しばらく我慢してくれませんか? でも不機嫌な顔のあなたも実に可憐だ。まるでネモフィラのように。花言葉をご存じで? ぜひ調べて見てほしいな。僕の本心だよ。まあ見えないけど」


 ちなみにネモフィラの花言葉は可憐である。


「……相変わらずこえぇなこいつ……」


 サンドラはクノンの軽口に恐れ戦いた。


 だいたい「敵か味方」で人を判断する彼女には、どちらに分類していいかわからない相手は、苦手なのである。


 ――なんだかんだで挨拶と顔合わせを済ませ、早速実験に入ることになった。





 大きいワンルームの研究所である。

 必要な物は最低限しかなく、実験に応じて用意するのだろう。


 今回の実験に合わせて、部屋の中央には大きな水槽が据えられている。

 これで「水で呼吸する方法」の実験をするのだろう。


 参加者は、サンドラとユシータを含めた四人。

 クノンを加えて五人で、男子二名と三名という構成になっている。


 全員が水属性だと伝えられ、クノンは少しテンションが上がった。


 入学して日は浅いが、なんだかんだで実験や研究はしてきた。

 しかし、水属性同士で水に関する実験はなかったから。


 何気に、水属性の魔術師と何かをするのは、ジェニエ先生以来である。

 

「今はまだ意見を出しあってる初期段階なんだけど、クノン君はどうしたら水の中で呼吸できると思う? パッと浮かぶ大まかなパターンでいいから考えてみて」


 ユシータの問いに、クノンは腕を組む。


「そうですね……パッと浮かぶのは、四つくらいですね」


「え? 四つも?」


 聞けば、チームの四人で知恵を絞ってみた結果、三つは思い浮かんだらしい。


「となると、一つは皆さんと違うアイデアが出てる感じですかね?」


「だったら面白いね」


 クノンは頷く。確かにそれは面白い。


「どうせ嘘だろ」


「やめなさいっての」


 あれだけ文句を言われたのに、サンドラはまだクノンの参加に不満げである。


「今嘘を吐いてもすぐバレるから意味ないでしょ? ネモフィラの君よ」


「……」


 不機嫌なサンドラを黙らせ、クノンは指折り思いついたことを上げる。


 一つ、「水球」をまとう。

 空気ごと水に入る、という方法。


 二つ、口と鼻を水面と繋ぐ。

 要するに、細長い管で地上と水中を繋ぐ方法。


 三つ、空気を生み出す魔道具を造って口の中に入れる。


「三つ目はあくまでもパッと浮かんだものでしかないですけどね。今から開発を、なんてことになっても、時間が掛かり過ぎるかと」


「合理」の面々は頷く。


「何かそれ用の道具を造る、っていう案はこっちでも出たよ」


「そうですか。ありかなしかで言うと?」


「なし、かなぁ。ぶっちゃけこの実験って単位が欲しいからやってるとこあるから、時間が掛かり過ぎるのは避けたいかな。ついでに言うと労力も省きたいな。お手軽にできるのが理想ね」


 ユシータの言葉は、思っててもなかなか言えない本音である。

 でも、気持ちはわかる。


 時間を掛けず楽して単位が貰えるなら、こんなにいい話はない。


「正直な人だ。あなたの新しい魅力を発見してしまったようだ」


「はは……どうも」


 クノンの言葉は皮肉のようだが、さすがに皮肉を言われても仕方ないとユシータは思った。


「じゃあ手っ取り早いの試してみます? これだけ水属性の人が集まってるんだから、少々強引な方法も行けるかも」


「強引な方法……たぶんそれが上がってない四つ目だと思うけど。どんなの?」


「水中に陸地を作るんですよ」


「ん……陸地……?」


 四人の頭に疑問符が浮かんでいるようだ。


「やってみましょうか」


 と、クノンは前に出て水槽の前に立った。


「――こうやって、空気を閉じ込めた泡を作って、どんどん水中に沈めて行って……」


 クノンが生み出すたくさんの泡は、どんどん水槽の中に沈んでいく。


「一体化させていって……」


 沈んだ先で、泡同士がくっつく。

 くっついて、どんどんどんどん大きな一つの泡になっていく。


「……と、こんな感じです」


「――おぉ……!」


 水中の空気は上に行く。

 その常識を覆して、クノンの生み出した泡は沈み、水槽の下に空気の層ができた。


 そう、これは陸地だ。

 水の中に陸地ができたのだ。


「水中で呼吸する方法」としてはズレているかもしれないが、広い意味では、これも間違ってはいないだろう。


「この方法なら、僕らだったらすぐに試せるのでは? 五人がかりだし道具もいらないし。お手軽ですよ」


「確かにできそうだけど……でもこれ単位貰えるかな?」


 ユシータの呟きに、「合理」の面々は「たぶん無理」と答えた。


 残念ながら、あまりにも方法がお手軽すぎるせいで、教師に評価されるかは怪しいようだ。


 水中に沈む泡。

 結構高度な技術なのだが、そこには気づいていない。


 が――


「いやいや待て待て! これ何気にすげぇぞ!」


 一人サンドラが興奮していた。


「『水中で呼吸する方法』より、水底を歩ける方がよっぽどすげぇだろ! 水中も水底も間近で観察できるんだぞ! ――なんでみんなピンと来てねぇんだよ! なあおいガキナンパ!? そうだよな!?」


「ガキナンパ……」


 紳士とは程遠いあんまりな呼ばれ方に、クノンはショックを受けた。


「なんで発案のおまえもピンと来てねぇんだよ!」


 あんまりな呼ばれ方をしたせいで、それどころではないからである。


 誰一人としてピンと来ていない、ともすれば「サンドラはなんでこんなに興奮してるの? お腹が空いてイライラしてるの?」とでも考えていそうな顔できょとんとしている。


 サンドラにとっては実に腹立たしい顔である。


「いいかおまえら! もっとロマンのあること言ってやろうか!?」


 冒険者の顔も持つサンドラは、冒険者らしい言葉を吐いた。


「――たとえば! 海底に沈んだ難破船から財宝を拾いに行けるって話だよ!」





 そう。

 この発言から、実験の方向性は大きく変わったのである。


 ただ単位が欲しいだけのお手軽な実験から、大人数を巻き込んだ一大プロジェクトに進化したのだった。


「……ガキナンパ……」


 しかしクノンはそれどころではなく、しばらく落ち込んでいるのだった。





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