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06.向こうにもそれなりの事情





 馬車に揺られながら、流れる街並みを眺める。


 もう何度も見てきた景色だ。

 何度も見てきて、どんどん気が重くなる景色だ。


「はあ……」


 気が重い。

 きっとクノンも気が重いだろうな、と思いながら、ミリカは溜息を吐く。


 ミリカ・ヒューグリア。

 ヒューグリア王国の第九王女で、現在九歳。


 現国王レオグリアの娘である。一応。数が多いだけに大した肩書きでもないが。


 そんなミリカは、今、婚約者の家へと向かっている最中である。


「英雄の傷跡」を持つクノン・グリオンが、魔術師として覚醒した。

 ミリカは、その際に彼にに宛がわれたのだ。


 言わば、わかりやすい王家との繋がりである。


 魔術師は貴重だ。

 戦場であれ平時であれ専門分野であれ、優秀な魔術師は国の発展と防衛に欠かせない存在である。

 ミリカは、クノンを力のある貴族に渡さず、ましてや国から出さないための鎖であり、首輪なのだ。


 ――それはまあいい。


 ミリカもクノンも貴族の子だ、政略結婚は免れない。


 ただ、問題は。


「……はあ」


 ミリカは、クノンの顔を見るのがつらい。


 初めて会った時からつらかった。

 会えば会うほどつらくなり、気が重くなる。

 いや、気どころか胃まで重くなってきた気がする。


 通っている貴族学校でいろんな子を見ているが、あれほど無口で後ろ向きで、生気がなくて、いつ見ても暗い顔をしている子なんて、一人もいない。


 話題も見つからない。

 クノンは自分から話を振ることなどほとんどないし、ミリカが出す話題は九割以上が「見えること」が前提だと気づいた瞬間に、何も言えなくなった。


 正直、会うのがつらい。

 だが会うのは義務だから、避けられない。


 そして恐らくは、クノンにとっても苦痛の時間であるはずだ。


「……はぁ……」


 そんなクノンと一生一緒にいると考えたら。

 この顔を一生見続ける人生になるのだと考えたら――


 彼から逃げてしまった。


 侍女がはずれる庭の散歩の時、クノンの傍から離れてしまった。

 一緒にいたくなくて。


 そして、一度逃げたら、逃げ癖が付いてしまった。


 自分にとってもクノンにとってもよくないとわかっているのに、それでも、どうしても傍にいることができなくなった。


 ここ二ヵ月ほどは、クノンの体調不良……恐らくは仮病で会えなかったが。

 だが、そんなのいつまでも続けられるものではない。


 グリオン家が見えてきた。

 ミリカの溜息は止まらない。





「お久しぶりです、ミリカ殿下」


 そんな二ヵ月ぶりに会ったクノンに、ミリカは目を見張った。


 本館の前で、見慣れた侍女と待っていたクノンは、二ヵ月前のあの子とはまるで違って見えた。


「僕の体調不良でしばらく会えなくなってしまい、申し訳ありませんでした」


「は、はい……え? クノン君……?」


「はい?」


 もしかしたら別人かと思い名を呼べば、目の前のクノンが応える。


 そうだ。

 間違いなく、この子がクノンだ。


 ――顔が明るい。


 身体も少し逞しくなった気がする。何より顔が明るい。俯きがちだったのに顔が明るい。何がどう変わったと明確に言えないが絶対に顔が明るくなった。一瞬化粧でもしているのかと思ったくらい明るい。


 なんだ。

 この二ヵ月で何があった。


 ちらっと彼の後ろに立つ侍女を見る――最早クノンとは間が持たないミリカは、クノン付きのこの侍女に助けを求めることが多々あった。


 彼女も心得ているようで、ミリカの視線を察知して言った。


「ミリカ王女殿下は今日も可愛いですね! もし私が大きなヒゲ面の中年男性だったら絶対に放っておきませんよ!」


 ――違うそこじゃない! あとたとえがなんだか怖い!


「……あの、クノン君は、この二ヵ月で何かありました?」


 埒が明かないので直接聞いてみた。若干侍女のミリカを見る目が怖くなったというのもある。どういうつもりで己を見ているのか知るのが怖い。


「魔術です」


「は、はい?」


「魔術が好きになりました」


「……は、はあ」


 よくわからないが、クノンは嬉しそうだ。

 だからきっといいことなのだろう。


 何より――やはり顔が明るい。


「殿下、いつも気を遣わせてしまってすみません。今日は僕の話を聞いてください」


「は……はい」





 クノンが語り、見せてくれた魔術は、ミリカにとっても面白かった。


 いろんな味に変わる水。

 水を細かく分解……霧にして、陽光と合わさり作られる虹。

 スライム状にまとまり、指先でつまめる水など。


 どれもこれも面白くて興味深かった。


 気が付けば陽が暮れていて、引き上げる時間になっていた。


 クノンと過ごした時間が苦痛じゃなかったのは、初めてだった。





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