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64.きっと女性絡み

2021/10/10 修正しました。










「――なるほど。掛け持ちを希望すると」


 再びクノンが生み出した沈黙と静寂は、「合理」代表ルルォメットによって破られた。


 たくさんの女性に誘われた。

 恥を掻かせたくないから誰一人断らなかった。


 紳士として云々はともかく、クノンの意思はわかった。

 言いたいこともなくはないが、今はいい。


 何にせよ、女性たちに対するクノンの返答には、矛盾も嘘もなかった。

 それだけは評価してもいいと思う。


 誠実不誠実の問題は別として。


「派閥の掛け持ちは、前例がないわけではありません。その点に関してはそこまで抵抗感はないかと思われます」


 その言葉に「実力」のベイル、「調和」のシロト、ついでに周囲の者たちも頷く。


 そう、派閥の掛け持ちという話は珍しいものではない。


 たとえば貴重な三ツ星や四ツ星の魔術師。

 光、闇、魔という、魔術師が多く集う場所でさえ少ない属性を持つ者。


 実験や研究、検証と、それらを行う上で希少な魔術師がどうしても必要になる場合がある。


 だから派閥側から(・・・・・)掛け持ちを頼むことがある。

 言い方は悪いが、研究対象を共有するためにだ。


 今年入学した聖女レイエス・セントランスも、いずれ掛け持ちの話が上がってくるだろう。


 ただ、今問題とするべき点は、


「しかし本人自ら希望するケースは大変珍しい」


 クノン・グリオンは二ツ星の水の魔術師だ。


 優秀であることは周知の事実だ。

 この揉めている状況でさえも、三派閥の代表がクノンを諦める気はないくらいには、高く評価している。


 でも、それでもだ。


 果たして掛け持ちを許してまで欲しいかと問われると、迷いが生じる。


 各派閥に関わる以上、派閥ごとに秘密にしたいようなことを知る機会もあるだろう。

 実験や研究データに触れる機会も少なくないはずだ。


 それらを持ったまま、よそへ顔を出すと言われると、「待った」を掛けたくもなるだろう。

 率直に言うと、各派閥公認のスパイを入れるようなものだ。


 もちろん可能性の話だ。

 クノンがぺらぺら秘密を漏らす子かどうかはわからない。


 しかし可能性は可能性だ。

 そしてこの可能性は、可能性であっても看過し難い話なのだ。


 派閥側が望むから、掛け持ちを許す気になるのである。

 そうじゃないなら、とてもじゃないが受け入れられない。


 ――普通なら。


「クノン、あなたに問いたい。果たしてあなたに掛け持ちを許すほどの価値があるかと」


「さあ? 僕を評価するのは僕以外なのでは?」


 なんだか返事が素っ気ない――と思った瞬間、ルルォメットは傍にいるシロトに「同じ質問してくれます?」と囁いた。


「おまえに派閥の掛け持ちを許すほどの価値があるか?」


「わかりません。でも僕は、あなたが望む通りの僕であるために、全身全霊で応えましょう」


 この露骨な温度差。

 まだ短時間の付き合いのくせに、むしろらしいと思えるくらい、クノンらしい答えだ。


「シロト嬢のためなら、僕は侍女に禁じられている四徹の壁だって越えてみせる」


 それは越えるな。

 徹夜は三日を越えたら命に関わる。


「まあ、なんだ。こうなれば俺たちの領分の話になる、ってことでいいよな?」


 割って入るように口を開いたベイルに、ルルォメットとシロトは頷く。


 そう。

 こうなれば、結局最後に物を言うのは、魔術師としての強さだ。


「――で、どうかな? クノン。

 俺たちは君が欲しいけど、掛け持ちは嫌なんだ。君を独占したい。でも無用な心配を抱えたり労力を割いてもいいほど君が欲しいかと言われると、ちょっと抵抗がある」


「男に欲しいって言われても困ります」


「そこは今は脇に置いといてくれ。

 魔術は実力の世界だ。若くして成功する魔術師もいれば、老いてなお成功していない魔術師もざらにいる。

 つまりな、掛け持ちでも君が欲しいと思えるほどの実力を、君が俺たちに示してほしいんだ」


 この程度の実力ならいらない。

 これほどできるならぜひ欲しい。


 その境界線を測りたいという話である。


「なるほど」


 話を理解したクノンは頷く。


「要するに、掛け持ちを許可するかどうかテストをしたいって話ですね?」


「そういうことだ」


 クノンは納得した。


 誘われはしたが、所属を決めたのはクノンの意思だ。

 掛け持ちを許さない、優遇しないから所属しない、なんてごねるつもりはない。


 そして、もし掛け持ちが認められないということになれば、「所属する」と約束した女性たちに嘘を吐くことになる。


 つまり恥を掻かせることになる。


 クノンの紳士は、女性との約束を反故にするなど許さない。


「でも男に欲しいって言われてもなぁ」


 ただ引っかかるのは、ベイルに欲しいと言われても一切やる気が出ないことだ。


「――シロト頼む! こいつほんと男と女で反応が違いすぎる!」


 早くもクノンの扱い方が確立されつつあった。









「――クノン君、あれからどうなったの?」


 もうじき夕方という頃合いに、「飛行」の練習と記録を済ませたリーヤが、聖女の教室に戻ってきた。


 そろそろ「飛行」の実験も大詰めである。

 明日か明後日には、リーヤもクノンも納得するレポートが完成するだろう。


 だが、それはともかく。


 リーヤは教室に戻ってきていたクノンを発見し、昼あの後どうなったかと詰め寄る。


 怒れる妖精たちに連れ去られた後、クノンはどうなったのか。


 傍から見た感じ、どうもなっていないように見えるが。

 実際はどうだったのか。


 クノンが所属する派閥も含めて、リーヤは興味津々だった。


 同じ「合理」だったらいいな、と漠然と願っていた。


「ああ、ちょっと待ってね」


 もうすぐ霊草シ・シルラが育ち切る。

 そこから魔道具……医療品へと調合する予定だが、今まさにその打ち合わせを聖女としていたところだ。


 さすがにこの話は門外不出なので、リーヤに見られないようクノンは慌ててメモを隠す。


「だから鍵を掛けてくださいと言ったのに」


「女性と二人きりで密室だなんて許されないよ。こういうのレイエス嬢の方が気を付けるべきだよ。そういう誤解が生じて傷つくのはいつだって女性なんだから」


 確かにその通りだ。

 その通りなのだが。


 だが、クノンが女性に対してまともなことを言っていると、もはや逆に違和感しかない。


「あ、ごめん。取り込み中だった?」


「今後の作業を確認してただけだから気にしなくていいよ。それで? なんだっけ?」


「お昼、あれからどうなったかって」


「あれから? 別にどうもなってないよ。派閥の代表って人たちと話をしただけだしね」


 嘘だろう。

 あの怒れる妖精たちに連れていかれて、何もないわけがないだろう。


 いや、というか、そもそもだ。


「結局クノン君はどこの派閥に所属することになったの?」


「それは――リーヤは『合理』に決めたんだっけ?」


「え? あ、うん。たぶんね」


 返事をしつつ、リーヤは田舎者には眩しすぎるあの可憐なカシス先輩を思い出して、微妙な気持ちになった。


 クノン曰く「あれは男だ」という話だ。


 未だに信じられないし、しかしクノンが自分を騙すような意味のない嘘を吐くとは思えない。

 ましてや予想をはずすとも思えない。


「合理の派閥」に所属するなら、多かれ少なかれあの人とも関わっていくだろう――カシスに関しては気持ちの整理ができていないリーヤだが、とにかく都会は怖いと思うばかりだ。


「じゃあ所属してから先輩たちに聞くといいよ。僕が言うのもなんだし」


「なんだし?」


「アレだし」


「アレだし?」


 よくわからないが、クノンは言いたくなさそうだ。


「きっと女性絡みで何かあったのでしょう」


「そうだね」


 聖女の意見に完全に同意である。


 そう、きっと女性絡みで何かあったのだろう。

 クノンが言いづらくなることなんて、女性絡みしか考えられないから。



 ――実際は、何かあったどころの話ではないことを知るのは、翌日である。





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