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61.四つの派閥 裏

2021/10/03 修正しました。










 魔術学校の敷地は非常に広大である。

 空間を捻じ曲げて広くしている、という噂もあるほどに。


 何しろ、何度測量しても結果が変わるというおかしな現象が起こるのだ。

 だから誰も敷地の正確な数字を知らないのである。


 原因は不明だ。

 数多あるディラシック魔術学校の不思議の一つである。


「かんぱーい!」


「「かんぱーい!!」」


 そんな広い敷地にある館の一室では、若者たちが賑やかな声を上げていた。


 ここは「実力の派閥」が拠点としている大きな屋敷だ。

 少々古めかしいが、ちょっとした貴族の屋敷もかくや、というほど巨大である。


 過去、「実力の派閥」の生徒たちが実験・研究の一環として建てたものだ。

 すでに滅んだ国だが、実際にあった王城を、古文書に残っていた図面を参考に再現したものである。


 場所を大きく取るだけに、当初は完成させたらすぐ取り壊す予定だった。

 が、「せっかく立派なものができたのだから」と、未来の派閥のために残すことにしたのだとか。


 そんな歴史ある建造物の一室。

 そこには三十人ほどの若者が集い、テーブルには料理と酒がテーブルに並び、ちょっとしたパーティーの様相である。


「やったな、エリア! さすがは派閥一のモテ女! 美の女神も二度見する美少女!」


「や、やめてくださいよ先輩……」


 乾杯の音頭を済ませた今代「実力の派閥」代表ベイル・カークントンは、後輩エリア・ヘッソンを褒めちぎった。


「――いいぞ美少女! 心の綺麗な美少女は存在しないがな!」


「――俺と付き合えよ! 後悔させてやるぜ!」


「――いいや私と付き合ってくれ! 初デートで罵って捨てていいから! つか罵って!」


「――あなたに結婚を申し込みたい! だが私には五億ネッカの借金があるから一緒に返そう!」


 悪ノリで便乗してくる男たちもいるが、それはどうでもいいとして。


 褒めちぎられる理由は、この宴に直結している。


 ――そう、エリアは今日、期待の大型新人クノン・グリオンの確保という大仕事を、無事やり遂げたのだ。


 新入生には一ヵ月不介入という規則があるので、この一ヵ月はずっと待っていた。


 あのゼオンリー(・・・・・・・)の弟子、というだけで注目せざるを得なかった。

 だが実際は、そんな事実が霞むほど、件の新入生は際立っていた。


 まず特級クラスには最初の壁となる、生活費の自己負担。

 実はこの課題、生まれ育ちが良ければ良いほど、難易度が上がる仕組みになっている。


 市井の生活を知らない貴族の子ともなれば、仕事を探す段から難しい。

 平民とのコミュニケーション能力と金銭感覚も怪しい。

 当然、慣れない仕事などを始めたところで、連れてきた使用人の給金を払うほどの収入もなかなか得られない。


 学ぶ環境が恵まれていた者は、まずここで躓くのだ。

 魔術師の排出が多い傾向にある王族・貴族の子も、この壁を超えられず、甘んじて二級クラスに行く者も多いのである。


 ――クノン・グリオンは、この問題を数日でクリアした。


 この事実は、魔術師として非常に柔軟で多才であると、実力で証明したようなものだ。

 その証拠として、彼が始めた商売は、長い魔術学校の歴史に類を見ない新しいものだった。


 学習のみに集中してきた頭でっかちには、できることが多く知識も豊富なだけ、という者は少なくない。

 しかし魔術の使い方と使い道を冷静に測ることができる者は、経験不足の新入生には少ないのだ。


 それがわかっている上級生は、クノン・グリオンの商売……独特な水魔術を見てきた者ほど、彼の有能さを深く理解している。


 あの子の魔術の腕と発想力はぜひとも傍に置きたい、と。

 まだ入学一ヵ月の新入生なのに、そう渇望する者は、この「実力の派閥」にも少なくなかった。


 しかも、同期の面倒を見るだけの余裕と協調性もあると来た。


 元来、魔術師とは自分勝手な者が多い。

 優秀であれば優秀であるほど、我が強い。

 それだけに、協調性があるというだけでも価値は高い。


 こんな掘り出し物は滅多にあるものではない。 


 ――つまり、他の派閥も同じように欲しがる者が多い、ということだ。


「自由」はともかく、「合理」と「調和」の派閥を出し抜いて噂の新入生を確保できたことは、ものすごく大きな意味を持つ。


 実際、件の新入生を巡って三派で散々揉めた。

 揉めて揉めて、それでも決まらず、不介入の一ヵ月が経ってもどの派も譲らなかった。


 結局、カードで勝負して声を掛ける順番くらいしか決めることができなかったが……


 その順番こそが大事だったのだ。


 エリアの話では、相当な女好きとの噂のクノン・グリオンは、声を掛けたら二つ返事で「実力」に所属する旨を告げたという。


「合理」にも「調和」にもエリアに負けない美女や美少女がいるだけに、本当にタッチの差だったように思う。


 それに。


 ベイルから指示を出したのはエリアだけだが、自主的に派閥の女子の何人かが別口で誘いに行き、同じように良い返事を貰ったらしい。


 少々不穏な噂(・・・・)は聞いているが。

 これだけ念を押して返事が貰えたなら、確定したと思って間違いないだろう。


 間違いはない、はずだ。

 一抹の不安はあるが。


 ちなみにハンク・ビート、リーヤ・ホース、レイエス・セントランスの三名も、欲しい人材ではある。

 それもレイエスは歴とした聖女である。

 現に声は掛けてあるので、あとは本人たちの意思に委ねるしかない。





「――おいこら『実力』!」


 不穏な噂(・・・・)を思い出し、ベイルが拭えない不安を感じていたその時、外部から乱入者がやってきた。


「これはこれは『合理』さんじゃないですかぁ。ウフ。勝手に入られては困りますなぁハハッ。何かご用ですかぁフフッフッ」


 そう、彼らは「合理」の面々である。

 代表ルルォメットを始めとした、「合理の派閥」の実力者五名だ。


 ちなみに、入ってきた彼らの傍に偶然いて対応したのは、性格の悪さが滲み出ているかのようなしゃべり方をする男性魔術師ジュネーブである。


 独特のねっとりしたしゃべり方で誤解されがちだが、割といい奴だ。

 ただしゃべり方がむかついて、口癖の笑い声が発言の随所に入るだけで。狙ったかのように不愉快なところで笑うだけで。


「相変わらず腹が立つしゃべり方だな! ぶっ飛ばすぞ!」


 来た時と同じように吠えたてているのは、「合理」の女性魔術師サンドラだ。今日も威勢が良い。


「オホッ。怖い怖い。今日もサンドラ女史は、フハッ、元気いっぱいですなぁ。肉を食べたからですかな?」


「あぁ!? ケンカ売ってんのかおまえ!」


「ウフフ………フフ……サンドラ女史が怖ぁい、アハッ」


 ジュネーブがいい奴だとわかっていても腹が立つしゃべり方である。間の取り方も腹が立つ。

 たとえ同じ派閥でそれなりに仲が良くても腹が立つ。


「何か用か、ルル」


 このままだとジュネーブとサンドラがまたケンカになると判断し、ベイルがルルォメットらの前に歩み出た。


 ルルォメット。

「合理の派閥」代表の男で、ベイルと同じ十八歳だ。


 お互い三派の代表にまでなったベイルとルルォメットは、同期とは言わないが、長い付き合いになる。

 長いだけに、それなりに色々あった。


 今は平和な時代だ。

 何十年も昔のように対立も敵対もしていない三派閥だけに、交流もなくはない。


 まあ、仲が良いかと問われれば、ベイルとしては「住み分けはちゃんとしている」と答えるところだが。


「何か用かじゃないでしょ!」


 言ったのは、可憐な少女――ではなく、可憐な美少年カシスである。純白の短いスカートが実に可憐である。


「そこのブスがクノン君を勧誘したとかデタラメ抜かしてるって聞いて文句言いにきたのよ!!」


 そこのブス、と言われて指差されたのは、大仕事をやっつけたこの宴の主役エリアである。


「は、……はあ!? ブスじゃないし! あとデタラメも言ってないし!」


 寝耳に水の発言を受けて、エリアも前に出る。


「うっせえブス! わたしより不細工はみんなブスなのよ! 顔面に見合ったひかえめな態度でいなさいよブス!」 


 なんという暴論だろうか。確かにカシスは可憐だが。


「――カシス、黙りなさい。私がしゃべれませんよ」


 ルルォメットが静かに注意すると、カシスは舌打ちして下がった。


「すみませんでしたね、エリアさん。彼は本音を言うのが好きなもので」


「……」


 若干謝罪になっていない気もするが、このまま続けてもルルォメット、ひいてはベイルを困らせることにしかならなさそうなので、エリアも下がった。カシスにメンチを切りながら。何が何でも女として退けない暴言は許しがたい。


「相変わらず苦労してそうだな、ルル」


「そうですね。個性の強い魔術師ばかりで参ってしまいますよ。代表なんてなるものじゃないですね」


「ああ、まあ、そうだな」


 カシスに関しては彼だけが群を抜いていると思うが、それはさておき。


「ベイル。私は答え合わせをしに来ました」


「答え合わせ?」


「私が声を掛けました。もうじき『調和』も来ますので、しばしお待ちを」





 ルルォメットの言葉通り、「調和の派閥」代表シロトと数名がやってきた。


「言いたいことはわかる」


 口数が多くないシロトは、それだけしか言わなかった。


「調和の派閥」代表シロト・ロクソン。

 別名「雷光」とも呼ばれる才女である。


「あ、その話か」


 いまいち話が見えなかったベイルは、ルルォメットが問題提起したところで、ようやく理解した。


「察するに、あの噂(・・・)って本当だったんだな」


 ベイルは、触れなかったが、やってくるなりカシスが言い放った暴言は気になっていたのだ。


 彼は言った。

 エリアがクノンを勧誘したとデタラメを言っている、と。 


 ルルォメットは言った。


「――うちの女子の五人ほどが、クノン・グリオンの勧誘に成功したと言っています。ゆえにシロトを呼びここに来ました」


 だから、エリアの功績はデタラメだという話が出たのだ。


「――私のところは七人」


 シロトの「調和の派閥」でも同じことが起こっていたようだ。


 ルルォメットが言った「答え合わせ」とは、クノン・グリオンの勧誘の話が三派でどうなっているかを、確認しに来たのだ。


 そして、その件に関してベイルが言うなら――


「――俺たちのところは、エリアを入れて六人だな」


 この話をまとめると、つまり、なんだ。


 クノン・グリオンは勧誘してきた三派閥それぞれに、色好い返事をしたということになる。


「――なんでわたしだけっ……!」


 カシスが嘆いているのは、彼だけ(・・・)勧誘を断られたことが、ここで発覚したからだ。

 ()彼女(・・)だったら勧誘に成功していただろうことは、誰の目にも明らかである。


 見た目だけなら誰よりも目を引くだろう美少女だが、件の新入生は一目でカシスの性別を見抜いたそうだ。まあ盲目だそうなので見えてはいないはずだが。


「なんというか……すごいのが来たんだな」


 ベイルは溜息を吐いた。


 事実だけ取ると、クノン・グリオンは二十名弱の女性に誘われて全員を受け入れた、ということになる。


 すごい子供である。色々な意味で。

 後で揉めるとか考えないのだろうか。

 この件が片付いたら、ぜひとも「何を考えて返事したのか」と聞いてみたい。


 こうなると、もう、あれだ。

 ルルォメットがここに来たことも含めて、もはや結論は一つだ。


「もう本人に聞くしかないってことだな」


 クノン・グリオンの返答を聞くに、特定の派閥が良い、悪いというこだわりは感じない。

 ならば、三派閥のどこに所属しても構わないのだろう。


 その上で、だ。


 この面倒臭い状況にありながらも、それでも各代表は、件の新入生を迎えたいという気持ちは変わらない。


 優秀な魔術師には問題がある者も多く、このくらいの揉め事なら許容範囲だからだ。

 これくらいなら見捨てるには惜しい。


 と、なればだ。

 あとはもう本人に直接聞くしかないだろう。


 どこが――いや。


 誰がおまえの本命なのか、と。


 その返答をもって、クノン・グリオンの所属する派閥は決する。





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