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05.先触れ





 面白い。

 魔術の先生が教えてくれた「魔術のオリジナリティ」は、とても面白い。


 試せば試すほど応えてくれる。

 あれはどうだ、これはどうだと試行錯誤していれば、自然と魔術と魔力の鍛錬にもなる。


 ただの「水球(ア・オリ)」だけを使い続けていた日々より、はるかに面白い。


「――イコ、これ飲んでみて」


「はい?」


 ここ数日、魔術の訓練は自室で行うようになった。

 下手をしたら水浸しになるから自重していたが、魔力の操作や制御に慣れてきた今なら、そんな粗相は滅多にしない。


 部屋で魔術を使い、魔力を消耗しきったら身体を鍛えるために表に出て、素振りをする。


 最近は、体力がついてきたことを自覚できるまでになった。

 二ヵ月もやればそれなりに成果はあるものだ。


 ――それはさておき。


 部屋で刺繍をしながら控える侍女を呼び、クノンはテーブルの上のコップを勧める。

 そこには水が入っている。


「あ、また水に味を?」


「うん」


 色々と細分化し、変化を付けた「水球(ア・オリ)」の水である。色に関しては見えないので、それ以外の変化を色々と試している。


 今日は「水の味を変化」させる訓練をしていた。


「では失礼して――んっ、林檎の味がしますね。薄いですけど」


「飲む分には薄いくらいがちょうどいいと思って」


「ああ、なるほど。そうですね。ごくごく飲むなら薄いくらいが適しているかもしれませんね。……これ結構おいしいですね」


「でも魔力を絶つと普通の水になるんだ――ほら」


「あ、ほんとに……あっまずい。まずいですね。普通の水より苦いというか、まずい水ですよ」


 まずいのはクノンも知っている。クノン自身もそう思っている。

 飲み水にはあまり向かないな、と。


 だから「味の変化」が活きるのだ。

 飲み水に困った時は、ぜひ味を付けた水で水分補給をしたいところだ。


「魔術って不思議ですね。使えない私からすればお手軽な神の奇跡みたい」


「そうだね。僕もそう思う」


 そして、神の奇跡であるなら視界を作るくらいできてもいいだろう、とも思う。


 だが、渇望する気持ちは変わらないが、少し落ち着いてきた気はする。


 まだまだ望みの結果は得られないことが朧げにわかる。

 きっと、ものすごく遠いのだろう、と。


 だからゆっくりと、だが確実に前進していくのがいいと、そう思い始めている。


 焦ると魔術に失敗するのは経験した。

 きっと、魔術とは気がはやると失敗するものなのだ。


「まあ、何にしてもお湯が出せるのは大助かりですけどね。水でも助かっていましたけど」


 以前から水が出せることでも、「温度の変化」で湯が出せるようになった今も、風呂の準備で活躍できた。


 以前は、風呂は三日に一度の頻度だったが、クノンが魔術で水だの湯だの出せるようになったので、毎日入れるようになった。


 イコは風呂の準備に追われることもなくなり、また毎日風呂に入れるようになったことで、とても喜んでいる。


「もう少し慣れたら、本館のお風呂の準備もお手伝いされてはいかがですか?」


「あ、そうだね」


 考えつきもしなかったが、それはいいとクノンは頷く。


 クノンとイコが住んでいるここは、クノンが住みやすいように建てた離れだ。

 家族たちは本館に住んでいる。


 本館は使用人がたくさんいるので、風呂の準備なんて大して手間でもないだろうが――今のクノンが家族のためにできる数少ないことであるなら、喜んで務めたいと思う。


 ――以前の引っ込み思案なクノンなら、そんな気にもならなかったかもしれない。だが、今のクノンはだいぶ前向きに物事を考えるようになっていた。


 まだあまり自覚はないが、魔術や体力の鍛錬を通して、己に自信も付いてきているのだ。





「クノン様」


 魔力を使い切った後、オウロ師匠に手取り足取り教わった型で杖を振る。

 全身に汗を掻き、今度は体力がなくなりかけてきた頃、イコに名を呼ばれて集中が切れた。


 気が付けば、頬を撫でる風が冷たい。

 もう夕方くらいかもしれない。


「もう夕食?」


「はい。部屋に戻りましょう」


 素振りを切り上げて、イコに手を引かれて自室に戻る。

 汗で気持ち悪いので、まずは風呂だ。


 が――


「クノン様、ミリカ王女殿下からお手紙が届いていますよ」


「えっ」


 それは、充実した日常を壊す非日常の訪れである。


 このタイミングで、なんという悪い知らせだ。

 背筋が寒くなったのは、冷えた汗のせいだけではない。


「詳細はあとでお話ししますが、用件は『会いに行っていいか』という確認でした」


 クノンは手紙が読めないので、クノンに当てられた手紙はイコが開けて読んでいいという許可が下りている。


 まあそもそも、グリオン家当主であるクノンの父親が先に確認し、それから手紙がこちらにやってくるようになっているのだが。


 ミリカ・ヒューグリアは第九王女、歴とした王族である。


 王家の秘密や口外できないことを手紙に書くほど愚かではないが、万が一ということがある。


 この場合、意図せず知ってしまって立場が危うくなるのはイコなので、大丈夫かどうかの確認が入った上で回ってくるのだ。


「えっと……僕は風邪を引いているから」


「それは一ヵ月前に使いましたね」


「お腹が痛いから」


「それもこの前使いましたね」


「……ころんで突き指して膝を擦りむいたから、とか」


「それくらいなら会えるでしょ、って言われたら困りません?」


「…………」


 クノンは困った。ミリカに言われるまでもなく困った。


 もう二ヵ月も前になる、魔術に未来を見出した時から、許嫁であるミリカとは会っていない。


 彼女とは、二週間に一回会う、という決まりがあった。


 だが今のクノンには、ミリカと会っている時間などない。

 だからずっと仮病を使い、会うのを断っている状態が続いている。


 ――そもそもミリカも、クノンに会いたいわけではないだろう。


 国王陛下が決めた許嫁だ、だから嫌々会いに来ているのだ。

 むしろクノンが仮病を使えば、ミリカも会う理由がなくなって嬉しいはずだ。


 はずだ、が……


「……そろそろ限界かな?」


「そうですねぇ。国王陛下と旦那様の決めたことですから、これ以上拒むと問題が発生するかもしれませんね。

 たとえば、お見舞いとしてミリカ王女殿下が陛下と一緒にやって来るとか」


 それは避けたい。

 国王陛下がわざわざやってくるなんて、想像するだけで申し訳ない。


「……はあ。わかった。会うって伝えておいて」


 気が重いが、こればかりは仕方ない。


 ――こうして、数日後にミリカがやってくることになった。





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