49.筆記試験、そして面接へ
「はいそこ、ナンパはやめようね」
完全に聖女に無視されているが、それでもめげないクノンを振り向かせて、サーフは言った。
「実技試験は以上だ。次は筆記試験を受けてもらうから、希望するコースに行けるよう頑張ってね。
あとクノン、君ほんとナンパやめようね。レイエスが嫌がってるから――」
嫌がってるから、辺りで逆にクノンから「先生!」と言葉をかぶせられた。
「聖女が僕の誘いに全然乗ってきません! パフェ三杯は確約してるのに! 注意してください!」
「……いろんな告げ口は聞いてきたけど、ナンパに応じないからどうにかしろって文句は始めて聞いたなぁ。なあセイフィさん?」
助手に話を振ると、小声で「何さっきの試験。本気でやれよ。チッ」と罵られた。舌打ち付きで。
「あー……ごめんね」
どこの世界のどの業種に、見習いの入学試験に本気を出す試験官がいるというのか。
だが、泣いている子供と怒っている女性に男が勝てる道理はないので、余計なことは言わず話を進めることにした。
「とにかく。試験が終わるまでナンパはなしだ。今も一応試験中なんだからな。
こんな大事な時に、他者の心の平穏を乱すようなことはしないように。試験が終わってから存分にしなよ」
「あ、そうか……わかりました。ごめんね」
話が通じたようだ。
クノンは聖女に詫びを入れた。
「魅力的な紳士に口説かれたら女性はどきどきするからね。心も乱されちゃうよね。ごめんね、何度も誘って」
なんというプラス思考。
自分をはっきり「魅力的な紳士」と言い切る辺りがすごい。大した子供である。
「――試験、落とした方がよかったんじゃない? あの子絶対にトラブルを起こすタイプよ」
「――うーん……」
セイフィの囁きに、サーフはなんとも答えられなかった。
サーフ、セイフィの案内で校舎へ向かい、次の筆記試験を受ける。
「――今年の受験者はみんな優秀だなぁ」
集めた答案を眺めつつサーフは呟き、横のセイフィに奪われた。
これに関しては、受験者四人とも特に引っかかることなく、制限時間を大幅に残して完了した。
唯一の心配はクノンだったが。
周囲の者たちは、眼帯をしている――目が見えないクノンはどう筆記試験を受けるのかと心配していたが、当人はまるで見えているかのようにすらすら解いていた。
どういう原理なのか。
実技で見せた魔術といい、あのゼオンリーの弟子であるという話といい、性格も含めて謎の多い男の子である。
そして残すは、面接のみとなった。
「これから順番に面接を行います。まずハンク・ビートから」
「はい」
筆記試験を受けたその場が、そのまま待機場所になるようだ。
セイフィに呼ばれたハンクは、共に教室を出て行った。
「先生」
残った試験官であるサーフに、クノンは話しかける。
「面接って誰に何の話をするんですか?」
「会えばわかるよ。何の話かは人それぞれだな」
「えぇ……好みの女性のタイプとか、これまで好きになった女性の人数とか聞かれたらどうしよう……」
誰がそんなことを聞くのか。
そしてなぜその質問に答えることに難色を示すのか。
言いづらいことでもあるのか。
この前十二歳になったばかりの子供が。
女性関係で。
深く考えるとなかなか恐ろしい発言だった。
「――リーヤ・ホース。こちらへ」
入り口こそあれだったが、クノンの魔術に関する質問に答えていると、セイフィが次に面接を受けるリーヤを呼びに来た。
「あ、はい……」
サーフと同じ風属性だけに興味深い話を聞いていたリーヤは、後ろ髪を引かれる思いで教室を出て行った。
「あれ? もしかして面接が終わったら即解散ですか?」
先に行ったハンクが戻ってこない。
「どうかな。面接官の気分次第だろ」
サーフは言葉を濁してごまかした。
今ここでそれがバレたら、またクノンが聖女を口説き出してしまいそうだったから。
――お察しの通り、面接が終わったら解散である。
ここで聖女と別れたら、しばらくクノンは彼女をナンパする機会はないだろう。
「僕、水と土以外の他の魔術ってほとんど見たことがなくて。とても興味深いですね。まあ見えないんですけど」
「見えないんだよな? でも筆記試験は受けてたじゃないか。どういう原理なんだ?」
「知りたい?」
聞いたのはサーフだが、「知りたい?」と問うクノンの顔は聖女に向いている。
「……」
聖女は無視した。
見えないのに見える。
筆記試験を受けられる。
きっと魔術が関係しているはずだ。
魔術師として気にならないと言えば嘘になるが、構うと長そうだし、気にするそぶりを見せたら確実にナンパが始まると推測しての無視だ。
いずれ、機会があれば、話してみてもいいだろう。
サーフに対する魔術の質問を聞くに、本当にナンパ目的だけというわけでもなさそうだ、と思えたから。
でもナンパも目的だと睨んでいるが。
「――レイエス・セントランス。どうぞこちらへ」
「はい」
聖女の番が来て、彼女は行ってしまった。
「二人きりになっちゃいましたね」
「そうだな」
「僕、二人きりになるなら女性となりたかったです」
「奇遇だね。私もだよ」
――いや。
ある意味では、この状況はサーフが待っていたものである。
「なあクノン。さっきの実技試験だが」
「はい」
「他にどんな突破方法を考えていた?」
「……」
「色を赤くしたのは、君の魔術が私の身体に触れたことがはっきりわかるように、だろ? それ以外に考えられないからな」
そう、クノンは水の色を赤くした。
なぜか。
サーフの身体に触れた時、証拠として残るからだ。
「君はあの持久戦の形から、更に先の展開を考えていた。そうだろう?」
クノンは平然と「はい」と答えた。
「正面突破を候補に入れていましたよ。浸食と融合と奪取でどうにかできないかな、って」
「……へえ」
サーフも魔術学校の教師だ。
多くを語らずとも、キーワードだけでも察しが付く。
「私の防風に『霧』を侵入させて風と融合させ、そこから私の魔力に干渉。後に防風を奪い取る、と?」
「そんな感じです」
「できると思ったか?」
「直感では。
相手の魔術を奪い取る時って、
だから『水』を入れる……いや、相手の魔術に干渉させるだけでいい。『水』は大抵のものに浸透しますから」
「……なるほどな」
「先生」
クノンは立ち上がり、歩き出す。
「――僕は水属性が最高だと思っています。本当は最高であり最強であることを唱えたいけど、師匠に勝てなかったから。だからまだ最高だけなんです。
ここでしっかり勉強して、多くを学び身に付け、きっと師匠を超えてみせます」
ドアへ向かい開けると、そこにはちょうど向こうからドアを開けようとしていたセイフィがいた。
「あ、びっくりした。どうしたの?」
セイフィは立ち聞きをしていたとかじゃない、本当に開けようとしていたのだ。だから驚いていた。
「そろそろ来るかと思って。次は僕の番ですよね? 行きましょう」
「あ、ええ……」
「エスコートを頼んでも? 僕は魅力的な女性にエスコートしてもらうのが好きなんです」
「あなたはゼオンの弟子だから無理ね。それに受験者を特別扱いできないから。何よりゼオンの弟子だし」
「はーい。つまりセイフィ先生はエスコートされる方が好きってことですね」
と、そんな話をしながら出て行くクノンを、サーフは見送る。そうじゃないだろ、と思いながら。
サーフはクノンが閉めたドアを眺める。
さっきの言葉を反芻しながら、首を振った。
「……あれが