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04.オリジナリティ





「…………」


 末恐ろしい、というのがジェニエの率直な感想だった。


 魔術学校を卒業してすぐに見つかった、魔術の家庭教師という仕事。

 働く時間は少なく、しかし報酬は高く、教える相手は魔術の魔の字も知らない真っ新な子供であること。

 水の紋章が現れてすぐ、まだ魔力の使い方も知らない素人である。


 魔術師としては凡庸なジェニエでも、余裕で教えられる相手だった。


 ――五ヵ月前までは。


 いや……正確には、二ヵ月前だろうか。

 己が口走ってしまった軽率な一言が、逆に教え子の学習意欲に火を点けてしまった。


 あれからあっという間に二ヵ月だ。


「…………」


 無口で、俯いて、言われたことだけこなす、良くも悪くも扱いやすい……いや、死んでいないだけだった子供が、あの日を境に生きるようになった。


 最初は喜ばしく見ていたが、喜ばしく見ていられたのは最初だけだった。


 週に二回の授業。

 日を跨いで見るたびに、何かが進化している。


 魔術に傾倒し始めたことは知っていたが……きっと、ジェニエが思う以上に、教え子は魔術にのめり込んでいるのだろう。


 成長が、早すぎる。


 教え子の周囲には、七つの水球が浮かんでいる。

 そしてそのまま維持し続けている。


 最初は二つ浮かべるのが精一杯だった「水球(ア・オリ)」は、今では七つもの数を出せるようになっていた。

 しかも、不安定に揺らいだりしない。しっかりした球状である。大きさも全部同じで揃っている。


 揺らぎがないのは、魔力が安定している証拠だ。

 形と大きさの統一は、細かく制御できている証拠だ。


 初歩の初歩、「水を生み出す魔術」としては、かなり完成度が高い。


 ――ここまで精度が高く繊細な「水球(ア・オリ)」は、ジェニエには無理だ。自分はせいぜい五つや六つ発生させるのが関の山だろう。しかも不安定で、こんなにも長く維持などできない。


「……どうしたものかしら」


 ジェニエは内心頭を抱えた。


 教え子――クノン・グリオンは、まだ七歳の子供である。


 魔術は便利な力である。

 だが、決して安全ではない。


 便利である反面、それはいつでも凶器になりえる。

 それが力というものだ。


 魔術には、子供の力でさえ大人を殺せるほどのものも存在するのだ。


 親の意向で、初歩の魔法しか教えないよう言われている。

 子供に凶器を持たせる親などろくなものではない――そう思うジェニエは、グリオン家の教育方針に賛成である。


 だが、クノン・グリオンはすでに、次の段階に進めるくらいには魔術を解している。

 今のままでは、ジェニエが教えられることは、あまりないのだが……


 しかし、やめるわけにはいかない。

 生活ができなくなる。

 せめて次の仕事が見つかるまでは、このおいしい仕事にしがみついていたい。


 だから悩むのだ――どうしたものか、と。


「――あ」


 閃いた。


 新しい魔術を教えることはできないが、ならば初歩の初歩「水球(ア・オリ)」を、更なる進化の道へ導くのはどうか。


 魔力も安定し、制御もできている。

 すでにこれだけ精度が高いのであれば、もっと変化を付けることもできるだろう。


「――これだわ」


 さすがに今すぐ職を失うと、生活ができなくなる。


 せめて一年、あと半年はここで頑張りたい。

 もちろんグリオン家の教育方針が変わって、ほかの魔術を教えてもいいという話になることだってありえる。そうなればもう一年くらいは延長できるはず。


 ジェニエは優秀な魔術師ではないが、落ちこぼれというわけでもない。

 あまり得意ではないが、魔術のアレンジを教えてみよう。


 それに――ただの同じ魔術師として、クノンがこれからどこまで登り詰められるか、興味がある。


 もしかしたら、この子は世界最高峰の称号、「蒼の魔術師」まで行けるかもしれない。









「――今日から、少し変わったことをしましょう」


 マンネリ化しているクノンの魔術の実技訓練が終わり、侍女が庭先に用意したテーブルに着く。


 いつもなら、こうしてお茶をしながら魔術に関する話をする流れだが――魔術の先生は今日はそんなことを言い出した。


「変わったこととはなんですか?」


 正直に言えば、クノンはこのままでいいと思っている。

 まだまだ足りないのだから、このまま愚直に魔術の訓練を続けたい。


 ようやく倒れることなく午後の訓練をこなせるようになってきたのだから。

 ここまでは準備期間で、これからが本番だとさえ言えるのに。


「クノン様が使っている『水球(ア・オリ)』は、水魔術の初歩です。この系統の魔術師が一番最初に覚える魔術と言っていいでしょう。単純に水を生み出す、というものです」


「はい」


「では、この魔術の性質を分けてみましょう」


「……分ける?」


「特徴を一つずつ分けてみましょう。分けるとどうなると思います?」


 クノンは考える。


「えっと……『水を生み出す』、『水を浮かせる』、『水を球状に保つ』、……とかですか?」


「すばらしい」


 先生は拍手する。侍女も拍手する。


「ついでに言うと、水の温度や粘度、成分、色形つや香りにと、細分化すればもっと多くなります。一言に『水』と言っても多種多様なのです。

 ――『水球(ア・オリ)』」


 先生の魔力が動いたことがわかる。

 クノンの前に、「水球」が二つ浮いているはずだ。


「今クノン様の目の前に『水球』を二つ出しました。触れてみてください」


 言われるまま、クノンは目の前の魔力に触れる、と――


「冷たいのと温かいのですね」


 左は冷たかった。

 右は温かかった。


「その通りです。この手のアレンジを加えることで、魔術師たちにはオリジナリティが生じるのです。才能の差異とも言えるかもしれません」


「オリジナリティ? ……たとえば先生と王宮魔術師では、同じ魔法でも全然違うって意味であってますか?」


「はい、合っています。王宮魔術師の『水球(ア・オリ)』と私の『水球(ア・オリ)』は、似ても似つかない別物というくらい違うはずですよ。

 彼らは国でもっとも優秀な魔術師たちですからね。……私も魔術学校の成績は悪くなかったんですが、如何せん上には上がいました。王宮魔術師の門は非常に狭いです。その分お給料も――」


 聞いておいてなんだが、クノンはもう聞いてなかった。


 先生が愚痴っぽくなっているのを聞いているふりをしつつ、頭の中では憑りつかれたように「魔術のオリジナリティ」について考えていた。




 つまり、魔術の細かい部分を変えることもできる、という話だ。


 この話は、外に目玉を作りたいというクノンの野望に、きっと大きく関わっている。


 そう、ただの「水球」では目にはならないのだ。

 そこに変化を、アレンジを、オリジナリティを加えることで、魔術で目を作る。


 ――また一歩目標に近づいた、とクノンは愚痴を言っている先生を無視して思った。





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