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47.実技試験 前編





「ハンク・ビート」


「はい」


 サーフに呼ばれたのは、大人の受験者である。


「もうレット先生の助手は卒業か?」


「はい。機は熟したと判断しました。……試験に受かる自信がなかったから受けなかっただけですので」


 どうやら試験官と受験者は顔見知りのようだ。

 そして試験に不合格がないと知って最も愕然としているのも彼のようだ。


 察するに、下積み時代があったのだろう。

 試験に関して誰も教えなかった辺り、もはや暗黙の了解以上の決め事があるようにしか思えない気もしないでもない。


「だいたい知ってるけど、形式だから聞くね。紋章の属性とランク、使える魔術の数を教えてくれ。ああそれと希望するクラスも」


「火の紋章の二ツ星。使える魔術は七つです。特級クラスを希望します」


 ハンク・ビート。

 火の紋章の二ツ星で、使用できる魔術は七つ。


「だってさ、セイフィさん?」


「聞いてました」


 助手のセイフィが書類に書き込む。


 と同時に、クノンも赤いトカゲに巻かれている彼の人の情報を頭に入れておく。全ては考察のサンプルである。


「じゃあ実技に入ろう。君が一番得意な魔術を使ってみてくれ」


 サーフの言葉を受け、ハンクの魔力が地面に走る。


「――『火走り(カ・リュ)!』」


 導火線のように先に入った魔力を追うようにして、ものすごい速度で火が地面を走り抜ける。


「ほう……!」


 クノンは感心していた。


 本で知っている魔術ではあるが、どんなものかを見たのはこれが初めてだ。見てはいないが。


火走り(カ・リュ)」。

 火属性の魔術師が初期に覚える、難易度はさほど高くない魔術だ。


 先行させた魔力に添って火が燃える、そういうものだ。

 火そのものより、先にルートを決定する油代わりの魔力の方が重要そうだ。そこがこの魔術の秘訣だろう。


 燃え走る速度もあるし、恐らくもっと大きな規模の火も起こせるはずだ。


 ――単純な構造だけに、いくらでも応用が利きそうだ。これは参考になる、とクノンは思った。


 渦を巻くように走り抜けた火は、外側から円を描いて中央に走り、渦の真ん中で消えた。消えた後から白い煙が昇る。


「うん、悪くない。特にコントロールが素晴らしい」


 そう。

 これは魔力の制御、コントロールが必要な魔術だ。


 それに、ただ火力が強いだけの魔術ではなく、技巧に凝った魔術を選んで見せた辺りも、ハンクのセンスを感じる。


 彼とは話が合いそうだ、とクノンは思った。





「リーヤ・ホース」


「は、はい」


 ハンクの実技試験が終わると、次は紙吹雪をまとった少年が呼ばれる。クノンより一歳か二歳くらいは年上だろうか。


「属性とランクと、使える魔術の数、希望するクラスをどうぞ」


「あの、属性は風で、二ツ星です。使える魔術は八つです。二級クラスを希望します」


「その歳で八つも使えるのか。そりゃすごい。ねえセイフィさん?」


「そうですね」


 すごいな、とクノンも思った。

 自分が使える魔術は相変わらず二つのみだ。


 ……他の受験者と比べて自分の使える魔術が少ないことが、ちょっと不安になってきた。


 そして今回も助手の人が記入するのに合わせて、自分の頭にもリーヤの情報を記憶しておく。


「私も風の紋章なんだよね。なんだか個人的に応援したくなっちゃうなぁ」


 試験官が依怙贔屓しそうなことを言っているが、どうせ合格は決まっているので、特に問題ないだろう。


「それじゃあ、一番自信のある魔術を見せてくれ」


「はい――『風牙王(フ・ガル)』!」


 上空に魔力を停滞させ、空気を集めて風にして放つ魔術だ。「風牙(フ・ガ)」の上位版である。


 上から下に放たれた巨大な空気弾は、地面を大きく抉った。

 ものすごい威力である。人が当たったら確実に吹き飛ばされるだろう。


「これはなかなか。その歳で中級魔術まで使えるのか」


 単純に使用する魔力が多い。


 まだ初歩二つしか使えないクノンには、その魔力の使用量の多さに驚いた。

 中級魔術は、中級と言うだけあって、初級とはかなり違うようだ。


 興味深いな、とクノンは思った。





「レイエス・セントランス」


「はい」


 次は聖女である。


 先の「光は他属性より上位」という発言からクノン以外の受験者からは少々反感を買っているが、それでも、この場の面子で一番興味深いのは彼女だ。


 光属性はとても珍しい。

 試験官はともかく、受験者は全員使い手も然ることながら、光魔術を見るのさえ初めてである。


「属性とランク、使える魔術の数、希望するクラスを」


「属性は光。三ツ星。使用できる魔術は五つ。特級クラスを希望します」


 光属性の上に三ツ星。

 クノンはますます興味を持った。


「ついでに言っておきますが、私は聖女です」


「らしいね。でも固有魔術は実技の対象外だから、君が聖女でも今はあまり関係ないかな」


「そうですか。ついでにもう一ついいですか?」


「うん? どうぞ」


「あまり自覚はないのですが、私は『英雄の傷跡』のせいで、感情が大きく欠落しているそうです。

 私の言動で不愉快な想いをされるかもしれませんが、本意ではありませんので」


 英雄の傷跡。

 クノンと同じ、魔王の呪いを受けて生まれた者だ。初めて会った。


 俄然興味が湧いてきた。


「そうか。なんか大変そうだね。今のところ私は不愉快じゃないよ。セイフィさんは?」


「問題ありません」


 そんな一幕もあったが、それこそ問題なく試験は進む。


「――『聖光線(ラ・セラ)


 一番得意なのは治癒系だといったが、怪我人がいないと披露できないので、レイエスは絵持ちの中で唯一治癒系ではない魔術を見せた。


 掲げた手から、高速の光熱線を発射するという光属性初歩の魔術だ。


 何かに当たったわけではないので威力はよくわからないが、注目すべきは速度だろう。


 恐ろしく速い。

 放たれる前に反応しないと、とてもじゃないが避けられない速度の光線だ。


 もうクノンは、興味を抱くなというのが無理なくらい興味しかない。





「クノン・グリオン」


「はい」


 いよいよクノンの番がやってきた。


「えーと。君は特別扱いするよう頼まれてるんだけど、いいかな?」


「……はい?」


「あ、やっぱり何も聞いてないんだ。……なんか可哀想だね、セイフィさん?」


「でも仕方ないですね」


 なんだか話がよく見えないが、今一瞬、助手の悪意を少しだけ感じた気がする。


「掻い摘んで説明すると、君の師匠に、君の試験は難しくするように頼まれたんだよ」


 師匠。

 クノンの師匠と言えば。


「ジェニエ先生?」


「あ、そっちじゃなくてゼオンリーね」


 最近魔技師として名前が売れているゼオンリーの名が出ると、受験者三人が反応した。


 まだ魔術師見習いの身には、魔術師として成功している人は、誰であろうと憧れの人なのだろう。


「ゼオンリーがね、俺の弟子はどんな試験をやらせても受かるから特別厳しくしろってさ。この俺の弟子の実力を見せてやるから驚け愚者どもが、だってさ」


「チッ」


 助手の悪意の理由が少しわかった気がする。

 彼女は、クノンではなくゼオンリーと何か因縁があるのだろう。


「そうですか。師匠がそういうなら仕方ないですね」


 ゼオンリーの弟子自慢に付き合う気はない。


 が、師匠がやれと言うならやるしかない。

 師匠の命令は絶対。それが弟子というものだ。


「やる? あ、そう。さすがはあのゼオン(・・・・・)の弟子だな、自信が違う。ねえセイフィさん?」


「この子落としてあの男に送り帰そう」


 師への悪意が弟子にも伝播する。

 クノンはとんだとばっちりである。


「思っても言っちゃダメでしょそれ」


 やれやれと肩をすくめると、サーフはお決まりの質問をした。


 紋章の属性、ランク、使用可能な魔術の数、希望クラス。


 クノンは堂々と答えた。


「二ツ星の水属性。使える魔術は二つ。特級クラスをお願いします」


「え?」


「――え?」


「――え?」


 聖女を除いたこの場の誰もが、「え?」と口走ったり思ったりした。


「……使用できる魔術、二つ?」


 恐る恐る問うサーフに、クノンは堂々と答えた。


「はい。二つです。初歩の『水球(ア・オリ)』と『洗泡(ア・ルブ)』です」


 水を生み出す「水球(ア・オリ)」。

 水の泡で汚れを落とす「洗泡(ア・ルブ)」。


 以上が、クノンの使える魔術である。


「……その二つで、実技やるの?」


 クノンは堂々と答えた。


「はい!」


 …………


 すごい空気になった。


 居た堪れないような。

 ゼオンリーの弟子という触れ込みの期待度に反する返答にがっかりしたような。


 この場この状況でなぜ自信満々で立っていられるのか理解できないクノンに、何を言っていいのかうまく言葉が見つからないような。


 こんな弟子を自信満々で推し出して来たゼオンリーを張り倒してやりたいような。


 いろんな思いが言葉もなく交錯する、なんだかすごい空気になった。





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