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403.幕間  サンドラの話





「――ユシータ、届け物」


「――え?」


 派閥の仲間と朝食を取っていた、ユシータが振り返ると。


 カシスが立っていた。

 布に包んだ長い板を二つ持って。


「合理の派閥」が拠点としている地下迷宮。

 出入り口に近い一室は、広間となっている。


 派閥のメンバーが集まる時は、だいたいここだ。


 また、隣に台所がある。

 だからここで食事をすることもできる。


 言わば休憩室、あるいはダイニングである。


「私に?」


「ええ。今『調和』の代表が来て、渡していった。あと手紙も」


「そう。ありがとう」


「ねえ、これ何?」


 板を差し出すカシスに聞かれた。


 同じテーブルに着いている友人たちも、興味津々という顔だ。


「たぶん飛行盤だね」


「調和の代表」シロトが来たらしい。


 彼女とは一週間くらい前に会った。

 例の試乗会で。


 きっと正式に発売が始まったのだろう。

 だから渡しに来たわけだ。


「飛行盤?」


「見ていいよ」


 飛行盤のことは仲間たちに任せ、ユシータは手紙を開く。


「――何これ?」


「――飛行盤、でしょ? 飛行盤っていうくらいだから、飛ぶんじゃない?」


「――飛ぶ? ……飛ぶ!?」


 仲間たちが騒ぎ。

 同じ広間にいた者たちが、なんだなんだと近寄ってくる。


 その横で、ユシータは手紙の確認だ。


 内容は短い。


 やはり特許を得て販売が始まったことが書かれている。


 それと。


 正式名称は「魔道式飛行盤」に決まり。

 お礼を兼ねて、試乗会に拘わった者、皆に完成品を渡すことに決めたそうだ。


「調和」のオースディだけに試作品を渡すのは不公平だから。


 彼にも「売る」のではなく。

 全員に配る、という形にしたらしい。


 追伸で「これ見よがしに乗り回して、ぜひ販促をお願いする。」と書かれていた。


「そっか……」


 シロトらの意図はわかった。


 貰えるのは嬉しいが。

 しかしユシータは、これは得意じゃない。


 バランス感覚が悪いと思ったことはないが。

 案外悪いのかもしれない。


 練習するべきか。

 何せ飛ぶのだ、乗れれば非常に便利である。


 それとも、乗りやすい形に改造するのが無難だろうか。


 確か円盤型なら安定するとか言っていたが……。


「ちょっと乗ってみようぜ」


「この足跡のところに足乗せて、魔力を通せば飛べると見た」


「――あ、待った待った」


 ユシータは仲間たちを止める。


 試すのはいい。

 だがここは屋内だ、さすがにここで乗るのはまずい。

 落ちたら大惨事である。


 それに加えて。


「それ、私用だから。水属性しか使えないと思う。

 あと乗るなら外で乗ってね」


 全属性分は作れるはず。

 しかし、属性ごとに構造が違う、という話だったはず。


 魔術師なら誰でも乗れるが。

 しかし、専用の飛行盤が必要なのだ。


「え? 水?」


「そっか。じゃあ私が乗っちゃおうかな」


 わいわい言いながら、メンバーは休憩室を出て行った。


 残ったのはユシータとカシス、そして数名だけ。


 一緒に食事していた友人たちも行ってしまったようだ。


「あんたは行かないの?」


 と、まだ一枚板を持っているカシスが問う。


「私あれ苦手なのよ」


 試乗会で散々落ちた。


 あの時は草原だったから、まだいいが。

 硬い地面の上で乗りたいとは、絶対に思えない。


「カシス、もう一つは誰に渡すの?」


「うちの代表。――あの時の用件が今わかった、って感じ」


「あの時?」


「ユシータ、飛行盤に試しで乗ったんでしょ?

 それに代表も誘われたみたいでね。


 そのお誘いの手紙を私が渡したの。読む時も傍にいたしね」


 そして今、また。

 飛行盤やら手紙やら渡すよう、カシスが言付かったわけか。


 なんだか縁がある話だ。


「これ飛ぶの?」


「飛ぶよ。結構制約もあるから、風属性ほど自由ってわけじゃないけどね」


「ふーん」


 しげしげと、ルルォメットに渡す予定の板を見詰めるカシス。


「風属性としては微妙?」


「ん? ぜーんぜん。私の『飛行』を超えてるとは思わないから」


 なるほど、とユシータは頷く。


 カシスは性格はアレだが、魔術の腕は非常にいい。


 特に「飛行」だ。

 三派閥あわせてもトップクラスだろう。


「それよりこれ、誰が作っ――」


 と、カシスが何か言い掛けたところで。


「――ユシータいるか!?」


 同じ派閥のサンドラがやってきた。


 小脇に飛行盤を抱えて。


 そして、さっき出て行ったメンバーたちも続く。

「返せ」だの「持ってくなバカ」とか言いながら。


「ここ。どしたの?」


 手を上げると、彼女はまっすぐにやってきて。


 なんだか土汚れだらけの姿で、言った。


「これ、しばらく貸してくれ!」


「飛行盤?」


「ああ! 私たぶん、これで魔力のコントロールが身に付きそうだ!」


「え?」


 聞くところによると。


 あれこれやっていた集団に乱入したサンドラは、試しに乗ってみて。

 動かせなかったらしい。


 飛行盤は、魔力を流して操作する。


 魔力のコントロールが非常に苦手なサンドラは、強い魔力を流したせいで、反応しなかったらしい。

 恐らく事故防止の制御機能に引っ掛かったのだろう。


 少しずつ魔力を弱めることで……今度は急発進して、直後に落ちたらしい。ごろごろ地面を転がったらしい。


 で、今に至る、と。


「練習の仕方さえわからなかった魔力の操作だが、これならできると思うんだ!

 弱い力じゃないと動かせない! その感覚を憶えたい!」


 大出力の魔術が得意なサンドラ。

 大規模魔術に限れば、彼女ほどの魔術師は稀有である。


 しかしその反面、細かな操作は苦手だ。


 だから、大出力が必要な開発や実験には向かない。


 そのせいで、毎年単位に難儀しているのは、皆が知っていることだ。

 ゆえに協力したり実験に混ぜたりもするが……。


 ……一応本人も、悩んではいたらしい。


「まあ、貸すくらいならいいよ」


 ユシータは、飛行盤が苦手で。

 サンドラは、己の問題解決、欠点克服のために欲している。


 ならば、断る理由はない。


「あ、ありがとな!」


 ――そしてこの日の夕方。


 真っ二つに折れた飛行盤が、ユシータの手元に戻ってくることになる。





 サンドラ・ドナ・アコビスタ。


 アクサリス王国の辺境伯の娘。

 王家の血を引いている、歴としたアコビスタ家の姫君である。


 魔道式飛行盤。

 後にサンドラは「運命の出会いだった」と語る。


 実際、大きな影響を与えた。


 細かい魔力操作が必要な魔道具との出会い。

 直感で感じた通りだ。


 これを通して、サンドラは魔力のコントロールを身に着けることに成功する。


 ただし。


「――貰い物なんだけど!」


「――ごめん! ほんとごめん!」


 犠牲になる飛行盤の数は、少なくなかった。





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