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402.幕間  あの件とあの件





「これは何事だ、グレイ」


 唐突に聞こえた男の声に。

 足を投げ出して桶風呂に入っている子供は、すらりと応えた。


「若いもんが作った新しい玩具じゃ。いいだろ」


 砂浜。

 湖。

 ヤシの木。


 冬空の下、ここだけ南国のようだ。


「へえ。気になるじゃないか」


 そう言って、桶風呂の隣に椅子を出して座ったのは、四十半ばほどの中年男。


 ノアダンティ。

 このロジー邸の主の友人であり、


「面白いぞ。これが概要じゃ」


 風呂に入ってくつろいでいる子供――グレイ・ルーヴァの直弟子である。


 虚空から出された書類を受け取り。

 目を通しながら言う。


「来た用件を伝えるぞ。


 各国の王から手紙が届いている。

 早く中を確認してほしいと、クラヴィスが言っていた」


「あ? 王? どこの?」


「各国。六ヶ国合同計画の件だろう」


「――あれか!」


 振り向いたグレイの顔は、非常に明るい。


「進展があったか!?」


「わからん。手紙の内容は自分で確かめてくれ」


 それもそうだ。


 一瞬、グレイの右腕が黒く染まり。

 色が戻ると、十通ほどの手紙の束を持っていた。


 手紙の差出人を確認していく。


 封筒。

 封印。

 差出人の名前。


 実に豪華だ。

 ポーカーだったら最強の手になる。


 だがそんなことどうでもいいグレイは、楽しそうにニヤニヤしている。


「クックックッ……いいな、ノア。若いのは実に活動的でいい。


 年寄りはどうにも思考が保守的になる。守りに入りがちだからな」


「そうだな」


 ――六ヶ国合同計画。


 新たな魔術学校を作ろう、という計画である。


 グレイはこれを知った時から、ずっと楽しみにしている。


 まず、お伺いが来た。

 各国の国王から、直筆、かつ連名で。


 ディラシックにある魔術学校とは違う学校を作りたいが、許してくれるか、と。


 当然グレイは賛同した。

 推奨もした。

 できることなら支援してもいい、と返事をした。


 長く魔術師をやっているグレイだ。

 魔術界の歩みは遅く、やや停滞気味であると認識している。


 別の魔術学校。

 ところ変われば気候、常識や文化が変わる。


 土地が変われば、生活が変わってくる。

 生活が変われば、何事も変わってくる。


 当然、魔術の考え方も変わってくる。


 そこでしか生まれない新たな魔術、新たな形態や技術もあるだろう。

 それが楽しみで仕方ない。


 グレイはこの若い発想を認める。


 そもそもの話。


 そんなことをグレイに聞く必要もない。

 勝手にすればいいだろう。

 

 まあ、いざという時に邪魔されたら困る。

 そんな理由もあるのだろうが。


「なあグレイ、これ生徒が作ったんだよな?」


 と、ノアダンティは資料を指す。


「ああ。最近公表されたらしいぞ」


「――すごいな。恐ろしいまでの単純構造だ。


 だからこそ魔術師なら誰でも扱えそうだし、どこまでも応用を思いつく」


 感嘆の息を吐き、目の前のリゾート地を見る。


「素直に建築物を作らなかったところに、老いた魔女の意地を感じるな」


「まあな。若造の言う通りの魔術なんぞやらん」


「可愛くない年寄りだ」


 そんな嫌味を言えば、若い顔をした老女は笑うのだった。


「この砂浜の術式は?」


「ほれ」


 と、今度はペンを渡す。


 一見ただのペンだ。

 だがペン先はないので、これで字は書けない。


 字は。 


「……なるほど。自動筆記で地面に直接術式を描くわけか」


 資料にある魔建具。


 これは術式を描いた敷物の上に、建物が発生するそうだが。


 グレイが作ったこのペン。

 これは、登録した術式を地面に描くようだ。


 魔力を込めて投げれば、ペンが勝手に描いてくれる。

 魔力で術式を。


 そして、建物を出す。


 ――目の前のリゾート地のようなものを。


「ちょっと借りていっていいか?」


「ああ、いいぞ。構造は理解した。すぐに作れるのもその玩具の利点だな――お、聖女から手紙が来とるじゃないか」


「ん? 聖女?」


「少し前に、神の酒樽を貸した。酒を造ってくれと依頼したんじゃ」


 雑に手紙を開き、ほうほうと中を確認する。


「よし、これぞという酒ができたか。ふふふ。楽しみが増えたな」


「師匠、久しぶりに今夜は語り明かしましょう」


「なんだ、いつも呼び捨てのくせに。嫌じゃ。一人で飲む」


「クラヴィスにも声を掛けておきますね」


「やめろ。酒が減るだろ。……本当に言うなよ? 絶対に言うなよ、あいつは小言が多いんだ」


「まあまあ。うまい酒なら皆で飲んだ方がきっとうまいですよ。ね、師匠」


「……」


 憎たらしい弟子である。

 もう言葉も出ない。


 こうなれば、聖女が多めに酒を用意してくれたことを、祈るばかりだ。





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