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401.初めての手紙





「――というわけで、お願いしたいのですが」


 レイエスの言葉に、彼女は「はあ」と、気のない返事をよこした。


 問題ない。

 彼女の目は、資料に釘付けだ。


 気がないわけじゃない。

 むしろ夢中なのだ。


「……ふうん。さすがクノン先輩、面白いことをしていますわね」


 待つことしばし。

 彼女は資料を置いて、顔を上げた。


 セララフィラである。


「爆発の力で飛ぶ。いいですわね。爆発って女の子の憧れですものね」


 その感覚はよくわからないが。


「どうでしょう? できそうですか?」


 まずは形を作らねばならない。


 だからこそ、土属性のセララフィラを、レイエスの研究室に呼んだのだ。


 金属加工は土属性の領分だ。

 入学からずっと魔術を磨いている彼女なら、できると考えた。


 加えて、他に用事もあった。


 遠征に行っていた間の、不在中の話。

 問題がなかったか確かめたい。


 それと、彼女に預けたレイエスの家の鍵の返却だ。 


 話すべきこともあるので丁度いいと思い、来てもらった。


「これを小さいサイズで再現する、という認識で間違いありませんか?」


 クノンから預かった資料を見てもらった。


 これはセララフィラとの共同制作になる。

 彼女が了承すれば、だが。


「多少デザインは変更しますし、爆発はしませんが。

 大きさはこれくらいですね」


 これくらい、と両手で示すと。

 セララフィラは「わかりました」と答えた。


「構造を見るに、簡単にできると思います。

 これだけデータがあるなら、細かい部分も再現できるかと。


 でもレイエスお姉さま、これは何になるのでしょう?


 こちらの資料では人が乗れるようですが……」


 レイエスが「これくらい」と言っているサイズでは、人は乗れない。


 ならば、この飛ぶ魔道具は、何に使用するのか。


「まだ漠然としていますが、考えていることがあります」


「そうですか。ではわたくしからはもう聞きません。


 でもこれ、構造上の欠陥がありますわね。

 ここには『上の翼が回ると本体も回る』と記述が――」


「問題ありません。そこは――」


 二人は長く話し込んだ。





 セララフィラとの共同開発が始まって、一週間が過ぎた。


「これで完成、ですか?」


 といっても、セララフィラは形を作ってくれただけだが。


 彼女も特級生だ。

 急に開発実験に誘っても、スケジュールが押さえられない。


 あまり時間を取らないよう、微調整だけしてもらった。


 内部構造はレイエスが作った。

 入学から、ずっと植物のことだけやっていたわけではない。


 他のことも学んできた。

 魔道具もだ。


 クノンの影響である。

 こういうのできたらいいな、と思い、隙間時間に学んでいた。


 まあ、できるのは基礎程度だが。

 彼とは比較するまでもない。


「一応は完成です。少し試した限りでは、問題なさそうです」


 一週間前、資料があったテーブルに。


 今は完成品がある。


 資料にあった形とは、少々デザインが変わったが。

 しかし原型は留めている。


 上部に八枚の翼。

 下部に、フラスコのような容器。


 翼が回転することで空を飛ぶ。

 構造は、資料とほぼ同じだ。


 違う点といえば。


 下部の容器。

 楕円形で、球体を押しつぶしたような形だ。

 ここは人が乗り翼を操作する仕掛けがあったが、それは全部排除された。


 そして、翼。

 翼の中央……軸になっている棒が上に突き抜けているのが、少々不自然だろうか。


 大きさ以外で明確に違う点は、その二つだろうか。


「お姉さま、これはどういう魔道具なんですか?」


「水撒き機です」


「水まき?」


「はい。上部の翼の速度が一定を超えると、容器に入れた水が遠心力でこぼれる、というものです」


「へえ」


 確かに、よく見たら下部の容器のでっぱった側面に、小さな穴が空いている。


 ここから、容器に入れた水が撒かれるわけか。


 飛んで、上から水を撒く。

 合理的といえば合理的である。


 ――この植物だらけの教室を見ると、確かにあると便利なんだろうな、という感じである。


 ただ、結構、地味である。


「こうして、こうです」


 レイエスが魔力を込めると。


 翼が高速回転し、ふらふらと飛び上がる。


「今は水を入れていませんが、こういう感じになります」


「へえ……」


 ――やっぱり地味だな、とセララフィラは思った。


 元は人が空を飛ぶ、という魔道具である。

 それが、水撒き機になったわけだ。


 まあ、便利だとは思う。

 なんとなく見ていて面白い、とも思う。


 だが、なんだ。


 地味である。





 ふわふわと教室を漂う魔道具を見ていると――ノックの音がした。


 誰か来たようだ。


 レイエスが「どうぞ」と答えると、教師キーブンが顔を見せた。


「なあ、できたって本当――おお、それか!」


「ええ、これです」


 この魔道具を作る際、キーブンにも相談に乗ってもらっていた。


 そう。

 この魔道具は、レイエスやキーブンにとっては、念願の物でもあるのだ。


「早速試してみよう!」


「はい。ちなみに自宅では成功しました」


「そうか! あとは……なんだ? 持続時間か!? 持続時間の問題だな!?」


「そうですね。その辺は耐久テストを重ねていく必要がありますね」


 ――植物好きが盛り上がっている、とセララフィラは思った。


 特にレイエスだ。


 可憐な聖女様が、はしゃいでいる。

 こんなにも。


 セララフィラくらい愛を込めてねっとり見詰めていると、結構わかるのだ。


 レイエスの感情が。

 一見しただけではわからない、彼女の気持ちが。


 無表情の中にある、ほのかな感情の昂ぶり。

 興奮する。


 が、まあ、それはさておき。


 なぜだろう。


 確かに便利な魔道具だとは思う。


 思うが、大の男や清楚な聖女が、そこまで盛り上がるものなのだろうか。


「セララフィラ、行きましょう」


「あ、はい」


 三人は水撒き機を持って、外へ出た。


 そこで、セララフィラはこの魔道具の真の力を見ることになる。





 セララフィラは驚いた。


「ええっ!?」


 なんだ今のは。


 出た。

 なんか出たぞ。


 飛んでいる水撒き機から、出た。


 恐らく、光線が出た。


 翼の軸である、突き抜けた棒の先から。


 その強い光に打たれた鳥が、びっくりして逃げて行く。 


「――やった! やったぞレイエス!」


「――ええ、やりましたね」


 キーブンとレイエスは、硬く手と手を取り合った。

 がしぃっ、と。

 音がするほどに。


 鳥。

 それは植物を愛し、植物に愛された者たちの天敵。


 鳥害。

 それは全人類が憎むべき明確な悪。


 卑劣にも空を飛び。

 その対なる翼は、厄と禍を連れてくる。

 どこからでも舞い降りる悪の化身。


 それが鳥。


 もはや奴らは魔王と言えるかもしれない。

 いや、さすがに言えないか。


 とにかく。


 悪を打つのは、光の役目。

 聖女の役目である。


 魔道具に光属性を仕込んだ、この水撒き機。

 これが飛んでいる限り、鳥の悪行を許すことはないのだ。








敬愛なる友人様へ


 陽射し、風、植物、景色。

 少しずつ冬の帳が上がり、舞台は春に変わろうとしていますね。


 そちらはいかがお過ごしでしょうか?



 念のため、名詞は書かないでおきます。

 友人である貴女の名は、私の心の中でだけ呼ぶことにしますので、悪しからず。



 先の遠征から、少し時間が経ちましたね。

 私が預けた植物はどうなっていますか?

 スケジュール通りに植えて、育てていただいていますか?


 急かすつもりはありません。

 でも、一日でも早く報告していただけることを、期待しています。



 実は今、とても興奮しています。

 誰かに話したいという欲求が押さえきれず、この手紙を書いています。


 ずっと頭を悩ませていた問題がありましたが、解決の糸口を発見しました。


 どうしたらいいか。

 何をすればいいか。


 たとえ相手が悪であっても、それは生きるための行為。

 傷つけるようなことはしたくない。


 そんな思いと願いを兼ねた解決法の目途が立ったのです。



 貴女の婚約者の助力のおかげです。

 念願の道具を作ることに成功したのです。


 完全な完成までは、まだ掛かるかもしれません。

 しかし、いずれ必ずそちらへ送りますので、ぜひ活用してください。



 仕事や公務。

 あるいは用事で手紙を書くことはありましたが。


 仕事や公務以外の用事で、友人に手紙を書いたのは、初めてかもしれません。


 いずれまた会いましょう。

 再会を楽しみにしています。



  貴女の友人より 貴女の無事を神に祈りながら





追伸


 貴女の婚約者も、変わらず元気に活躍していますよ。










第十一章完です。




お付き合いありがとうございました。






よかったらお気に入りに入れたり入れなかったり入れたりしてみてくださいね!







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