400.しつこい紳士は
「人が乗る? どこに?」
「え?」
打ち上げ式飛行落下傘の概要を説明すると。
聖女はまず、そんな質問をした。
――熱源式飛行盤、二回目の試乗会の翌日。
聖女の教室にやってきたクノンは、魔道具の資料の引き渡しをしていた。
彼女が所望した、打ち上げ式飛行落下傘。
関係者に相談すると。
全員が「教えていいよ」と返事があったからだ。
まあ、グレイちゃんからは条件が付いたが。
人は乗せるな、と。
開発は続けてもいいが、絶対に人は乗せるな、と。
それはクノンも同感である。
グレイちゃんだから乗ってもらったのだ、他の人には危険すぎる。
……という話を、今したのだが。
「あの、ここの柵があるところにね。人が乗るんだよ」
と、クノンはメモを指差すと。
「ああ、そうですか。これは人が乗れる大きな物だったわけですね。
私はこれくらいのものかと思っていました」
これくらいの。
聖女が両手で示したのは、ちょっとした鉢植えくらいである。
存在しない鉢植えを抱えているように見える。
見えないが。
「なんか誤解があったみたいだね」
クノンたちは、人が乗る前提で考えていた。
最初から大きいことを知っている。
しかし、聖女はその前提を知らなかった。
荒い絵だけでは、大きさまで把握できなかったらしい。
人の姿でもあれば通じたかもしれないが。
「となると、もう興味はない? 君の関心を惹く一輪の薔薇の代わりにはならないかな?」
果たして聖女は、鉢植えくらいの大きさの何を考えたのか。
クノンはとても興味があるが。
だが、聖女が誤解していたなら、話はここで終わりそうだ。
「いえ、よろしければ譲ってください。
それこそ、クノンたちの思い描いた物にはならないとは思いますが。
私こそあなたの期待に応えられないかと」
「あ、まだ興味ある?」
よかった。
聖女の関心は消えていないようだ。
「ふう」
聖女への引継ぎを済ませ、クノンは教室を後にする。
――これで、色々と区切りがついた気がする。
熱源式飛行盤は、正式に特許を得ることになった。
シロト、アイオンらと話し合いをして。
近々申請を行うつもりだ。
その時、試作した飛行盤を、取引先に引き渡す予定である。
オースディのウッズペターを除いて。
――昼食の後、「勝手に約束してしまったがオースディに売っていいか?」と、シロトに聞かれた。
もちろん許可した。
試作品をあそこまで気に入ってくれたなら、渡さない理由がない。
打ち上げ式飛行落下傘は、凍結予定だったが。
聖女に託すことができた。
どんな形にするのか、非常に楽しみだ。
もちろんできないかもしれない。
それも含めて、展開が気になるところだ。
とにかく。
これで、「風属性以外での飛行」の開発実験は一区切りだ。
一定以上の成果は得られたと思う。
校舎を出る。
これからまたロジー邸へ行く予定だ。
魔人の腕の観察をしなければ。
日々変化し、シロトと同化していくあの腕は、やはり興味深い。
「……もうすぐ春か」
陽射しが温かくなってきた気がする。
もうすぐ春だ。
随分長い冬だった気がする。
遠征をした。
しばらくミリカと過ごすことができた。
イコにも会えた。
家族にこそ会えなかったが、楽しい帰郷になった。
魔人の腕開発実験。
あの高度な造魔学の実験は、今なお興味深い。
クノンにとっては、レベルに見合わぬ難しいものだった。
それだけに学ぶことが多かった。
そして魔建具の正式発表と、飛行の魔道具開発。
グレイちゃんの登場。
アイオンの強肩。
どれもがとても印象強く、密度の濃い冬だったと思う。
今年度は、あと三、四ヵ月ほど残っている。
シロトの腕の観察をしつつ、まだ何かできるだろうか。
「単位は足りてたかな……」
色々あったし、色々やった。
だから、たぶん大丈夫だと思うが。
――今年度を振り返りながら、クノンは歩き出した。
「そうだ」
一区切りついたし、ミリカに手紙を書こう。
「……あ」
いや、待て。
前回送ってから、あまり日が経っていない。
書くことが、ない。
魔術関係の開発や実験のことなら、いくらでも書くことがあるが。
守秘義務の関係から、書けない。
特許による金銭問題も絡むし。
クノン以外の人も関わっているから。
グレイちゃんのこともまずいだろう。
造魔学のこと……いや、これこそ絶対にダメだ。
一緒に遠征に行った仲間の話。
……前にちょっと書いたし、書くほどのこともない。
強いて書くほどのこととなると、聖女が帰ってきた話しかない。
だが、聖女とミリカは友達になった。
手紙なら聖女自身が書きそうな気がする。
「しつこい紳士は嫌われるって言うもんなぁ……」
このタイミングで手紙を出すのは、しつこくないだろうか。
この前会ったばかりなのに。
なんなら、しばらく一緒に住んだくらいなのに。
あいつまた手紙送ってきたよ、暇なのか、なんて思われたらどうしよう。
ああ、どうしよう。
どうするべきだ。
魔術よりも難しい問題を考えながら、クノンは魔術学校を後にした。