399.聖女の興味
「――わかった。わかったから一旦返せ。正式に発売が決まったら、その飛行盤は売ってやるから」
「――本当に!? 嘘じゃないよな代表!?」
ついにシロトが折れた。
ごねにごねたオースディが、ようやく押し勝ったのだ。
「ああっ、俺のウッズペター!」
「勝手に名前を付けるな。キスをするな。……いや、もういい。
そのペターをよこせ。
引き渡しは後日だ。どうせ売り出すまでは秘密だからな、乗れないぞ。ならば手元にない方がいいだろう」
試乗二回目なのに、名前まで付けていたという事実。
そんなにも愛着があったのか。
クノンとシロトにとっては未完成の試作品に過ぎないが。
彼にとっては、すでにそうじゃなかったらしい。
まあ、気に入ってもらえたなら、何よりだ。
「では、一応これで解散ということで。皆さんありがとうございました」
クノンの宣言で、お開きとなった。
こうして、二回目の試乗会は終了したのだった。
「なあ代表、どんな風に売るんだ? ボードを売るのか? それとも技術とかライセンス的なものを売るのか?」
「まだ考えていない」
「調整の仕方ってどうするんだ? 俺はもう少し速度が欲しい。速度が欲しいんだ。あとボードの形な。板状なのはいいんだが、なんかこう、いい感じの形がありそうな気がする。どう思う? あとペイントだよなー。早くウッズペターを俺色に染めてやりたいぜ。代表はどんなペイントがいいと思う? こういうのこそこだわりどころじゃね?」
「それらは全て個人の好みに寄ると思う」
解散はしたものの。
昼食を取るため、全員が食堂へ移動することになった。
ついさっき、クノンがメモを落とし。
拾ってくれたお礼に、ランチをご馳走することになった。
全員参加である。
男性陣は忙しいだろうと思ったのだが、わざわざ時間を作ってくれた感じである。
クノンは「無理しなくていいですよ」と三回くらい言ったのだが。
まあ、全員参加である。
ちなみに熱源式飛行盤の試作品たちは、布に包んでシロトが小脇に抱えている。
少し風で浮かせている。
枚数もあるので、実際は結構重いのだ。
「クノン」
まあ学校の食堂だしお酒は置いてないしヴィンテージワインなんて絶対ないし、ならばこの人数でも怖いことなんてないし。大丈夫大丈夫。たとえ全員が一番高いメニューを頼んだとしても一万ネッカもいかないだろう。ああ大丈夫。あれ? なんかいくつか結構高いメニューがあったような……。
なんて、いつか心に負った傷がずきずき痛むクノンの名を、聖女が呼んだ。
「な、何かな? お酒はダメだよ。昼間から学生がお酒なんて絶対ダメだと思うからね。レディはそういうことはしないんだよ」
「お酒? それより、先ほど落としたメモに関して質問してもいいですか?」
「メモ? ヴィンテージワインじゃなくて?」
「ワイン? ワインの話など……あ」
――聖女は思い出した。
預かっている「酒を捧げよ、神の渇きを癒せ」。
あの神の酒樽で作った、特別な酒のことを。
酒樽も酒も、グレイ・ルーヴァに引き渡さねばならない。
教師に話を通せば、連絡がつくだろうか。
……いや、それも今はいいのだ。
「拾ったメモに描いてあったものの話です。
恐らくボツにした魔道具だと思います。名前は打ち上げ式飛行落下傘」
「え? あれのメモあった?」
打ち上げ式飛行落下傘。
あの魔道具は凍結が決定した。
だから、メモや資料は全部自宅にしまったはずだが。
どうやら他のメモに混じっていたらしい。
ポケットの中まで整理整頓が覚束ない。
せめて手の届く範囲くらいはちゃんとしたいものだ。
できる自信など、ないが。
「あれ、気になった? わかるよ。素敵なレディは全員気になるやつだからね」
何せ爆発するのだ。
すごいのだ。
あんなの女子なら全員好きだろう。
いつか形にしたい。
きっとミリカも喜んでくれるはずだ。
「あれは何をするものなのですか?」
「飛行盤と同時期に開発していた、飛行するための魔道具だね。
でも色々と問題が多くて、開発は中止になったよ」
「中止に? どれくらいの期間の中止ですか?」
「はっきりは言えないけど、すぐはないかな。
数年後とか、もしかしたら何十年後になるかも」
「ではその魔道具、私が形にしてもいいですか?」
「え?」
予想していなかった提案に、クノンは驚いた。
「形にできるの?」
「わかりません。
ただ、非常に気になっています。
形にできるかどうかもわかりませんが、知りたいし考えたいと思っています」
「……珍しいね。レイエス嬢が植物以外に興味を持つなんて」
というか、初めてではなかろうか。
植物以外で、ここまで明確に興味を示すなんて。
いや、そういえばあったか。
入学してすぐの金欠時代。
彼女はお金に興味津々だった。
あの頃の聖女は尖っていた。
お金に貪欲だった。
「そうだなぁ……」
クノンとしては、任せてみたい。
あの魔道具を、聖女がどんな形にしてくれるのか。
非常に興味深い。
できなくてもいいのだ。
失敗から学ぶことは多い。
もちろん何かができれば、それもよしだ。
植物以外に興味が向いている今の聖女には、いろんな刺激になると思う。
「――わかった。二、三日待っててくれる?」
あれの開発には、クノン以外の者も参加している。
オースディに質問攻めされているシロトもそうだし。
今ロジー邸に住んでいるアイオンもだ。
一応グレイちゃんも、だろうか。
試乗してくれて、凍結を決めたのも彼女だ。
さすがに無関係とは言いづらい。
任せるなら、彼女らに許可を貰わねばならない。
「約束はできないけど、関係者に聞いてみるよ」
「よろしくお願いします」
翌日、聖女は打ち上げ式飛行落下傘の詳細を知ることになる。