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39.実家へ

2021/08/27 修正しました。









 魔術学校は、魔術都市ディラシックにある。

 いや、もはや一つの国と言ってもいいのかもしれない。


 周辺三方を大国に囲まれた魔術都市は、どこにも属することのない、独立都市だ。


 気が遠くなるほど昔から生きていると言われる、不老不死の魔術師グレイ・ルーヴァが支配する地。

 偉大なる彼の方を中心にして人が集まり、栄え、大きな都市になった。


 いろんな人、いろんな物が集まったが――特に集まったのが、魔術師である。


 世界中から多くの魔術師が集まった。

 ぜひともグレイ・ルーヴァから教えを受けたいと望んだ、神秘と奇跡、そして少しの欲望と闇を感じる魔術の深淵に挑まんとする、求道者たちである。


 結果として魔術学校を建設、今に至る。


 そして大国の度重なる交渉や侵略戦争を跳ね除け、今では共存の道を歩んでいる。





「すごいよね。要するに、グレイ・ルーヴァ一人で帝国と聖教国と新王国の三国と戦争して生き残った都市、ってことだよ」


「へえ。そのグレイ・ルーヴァさんってすごい人なんですね」


「そうだね。世界一有名な至高の魔術師と言われているから、魔術師で知らない人はいないだろうね」


 まだ旅は始まったばかりである。


 道中、侍女に「魔術学校はどういうところか」と暇つぶしに聞かれ、クノンは父親から用意された資料を元に話して聞かせる。


 クノン自身、もう二、三回は読んでいる。

 楽しみな感情が強いのでもう二、三回、あるいは四回から五回は目を通したいと思っていた。


 正直、すでに内容は覚えているが。


「極めし魔女とか、天使と悪魔を従える者とか、そんな風に呼ばれることもあるみたい」


「なるほど。かわいい天使とかわいい悪魔を従える魔女ですか」


「可愛いって付けると意味が変わってくる気がするね。僕は嫌いじゃないけど」


「嫌わないとダメですよ。クノン様は可愛い天使なんですから。気を付けないと」


「ほんと? 悪魔じゃない?」


「悪魔だったらこんなに仲良くなってませんよぉ」


 あっはっはっ、と笑い合う二人。

 旅は順調である。





 馬車の旅は続く。

 窓から見える景色は、クノンにはやはり少々異常に見えていた。


 流れる雲が渦巻く、紫の空。

 どこまでも続く真っ白な草原に、強風に乗って銀色の粉のようなものが舞っている。


 遠くに見える水だけが、覚えのある色である。


 ――だが、それでも、初めて見る念願のグリオン侯爵領の景色だった。


 旅程は三週間から一ヵ月である。

 そして魔術都市に着いてから、約一ヵ月ほどの猶予がある。この間に入学手続きと準備を整える予定となっている。


 無理のないペースで進む旅はゆったりとしていて、五日ほどを掛けて、ここグリオン侯爵領までやってきた。


「――久しぶりだなぁ」


 目が見えなかったクノンは、滅多に屋敷の敷地内から出ることはなかった。


 そんなクノンが唯一、子供の頃に出掛ける先だったのが、このグリオン侯爵領の屋敷である。

 いや、正確には出掛けた先から帰る場所、というべきか。


 いわゆる実家だ。

 王都にある屋敷は別邸であり、本来はこちらがグリオン家の居場所である。


「本当に久しぶりですね。四年ぶりくらいですか?」


「あ、もうそんなになる?」


 魔術に傾倒するようになってからは、王都の別邸の離れから滅多に動くことはなかった。


 父親も母親も兄も、領地の仕事や他家との付き合いで戻ってくることがあったが、クノンは同行しなかった。


 最後に来たのは、もう四年前になるらしい。


「四年前ってどうして帰ってきたんだっけ?」


 四年前と言えば、ジェニエから魔術を学んでいた頃だろうか。


 ゼオンリーの弟子になる前だから、きっと目玉を造ることに夢中になっていた頃のはずだ。ならば王都の屋敷の離れから出る理由はないはずだ。


 四年前。

 確かに家族と一緒に実家に帰ってきた記憶はおぼろげにあるが、何かした記憶がない。


 きっと魔術の訓練と読書と調べものに明け暮れていたのだろう。いつも通りだからまったく印象に残っていないのだ。


「え? 本当に忘れたんですか?」


「え? 何が? 僕が?」


「実家の図書室が大きいから魔術に関する本もあるかもって聞いて、仕事がある旦那様と奥方様とついでにイクシオ様まで強引に誘って帰ってきたんじゃないですか」


「え? 僕が?」


「『一緒に行くって言うまで踊るのをやめない!』って言って、ずっと変なダンスを踊ってましたけど、本当に忘れたんですか? あの社交的とも挑発的とも扇情的とも言えない独創的なダンスを忘れてしまったんですか?」


「あ、いつだったか踊り狂ったのは覚えてる。アレその時のアレか。なんで踊ってたのかは忘れてたんだよね」


「……あの頃のクノン様、『足りない』と言っては調べものも魔術も剣術も頑張っていて、いつも疲れてましたからね。ご両親はクノン様の療養も兼ねて帰ってくることを決めたんですよ。ついでにイクシオ様も」


 知らなかった。

 いや、憶えていなかった。


 どうやらクノンは、記憶にないことでも周囲に手間を掛けていたようだ。


「ちなみにあの時のダンスですけど」


「憶えてないよ。どんなだった?」


 一応、図解入りの教本と、フラーラ・ガーデン男爵夫人の礼儀作法の授業と、ミリカの助力もあり、基本の社交ダンスだけは習得しているクノンである。


 上手くはないと思うが、形にはなっている。


「ダンス自体はいいんです。私はクノン様が終始真顔だったことを評価したいです」


「真顔かぁ」


 クノンは想像する。


 家族の前で真顔で社交的とも挑発的とも扇情的とも言えない独創的なダンスを踊り狂う自分を。


「ということは、父上たちは僕の真剣な顔と誠意あるダンスに心打たれたから連れて帰ってきてくれたんだね」


「ええ、間違いないですね、きっと」


 きっと間違っている。

 伝わったのは誠意じゃなくて、精神的にも疲弊しているように見えたクノンの疲れの方だろう。





 馬車は脇目も振らず、グリオン家へと向かっている。

 実家で二泊を過ごすことになっている。


 そして、侍女と別れ、魔術学校への付き添いをする新たな使用人と会う予定である。





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