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398.試乗会 二回目





 聖女らと話をした、翌日。

 早くも二回目の試乗会が行われた。


「これだよこれ!」


 午前中、場所も同じく第十二校舎特別野外実験室。

 草原の教室である。


 クノンとシロトが、飛行盤を持ってやってくると。


 オースディがすでに待っていた。

 そわそわしながら、教室の前で。


 そんな彼は、いち早く空を飛び初めて。


 それから、ぱらぱらと数名がやってきた。


 昨日声を掛けた同期。

 聖女、ハンク、リーヤ。


 それから「合理の派閥」からユシータがやってきた。

 クノンが声を掛けて、来てもらった。


 今回は「実力」代表ベイル。

「合理」代表ルルォメットは不参加だ。


 一回目も、今回も。

 急に決まった試乗会である。


 さすがにそう何度も、予定を変えるのは不可能だそうだ。


 これに関しては問題ない。

 もう、だいたい完成したからだ。


「どの属性でも、問題なさそうだな」


「そうですね」


 その辺をひゅんひゅん飛び回る面々を見て、シロトとクノンが言葉を交わす。


 前回の試乗会の感想を元に、改良を加えた熱源式飛行盤。


 属性によっては、熱以外の力で飛んでいる。

 だから最終的な名称は変わると思う。

 

 あとは、クノンが考えた通りである。


 速度が出るとか。

 曲がりやすいとか。

 上昇・下降の出力とか。


 そういう細かい部分は、使用者が自分好みにすればいいと思う。


 それこそ、用途によっても変わると思う。


 どうもあの板状だと、形状的に、飛ぶと身体中の筋肉を使うらしい。

 気を張り、バランスを取って、全身で操作するそうだ。


 漏れ聞いた話では、ルルォメットが見事に全身筋肉痛になったそうだ。

 最近運動不足だったから……とのことだ。


 思ったより身体の負担が大きい。

 だから長距離移動には向かないと思う。


 この形状では。


 そう、調整と飛行盤の形次第で、長距離用にもできると思うのだ。


 板のような、両足を使う形ではなく。

 オリジナルとも言える、アイオンの「桃色の(ローズピンク)浮遊板(ボード)」のように。


 座って乗れる形なら、落ち着いて乗れるだろう。

 全身の筋肉も使わない。

 きっと安定すると思う。


 ただ、そうなると操作が重くなりそうだ。

 グイグイ曲がる、直滑降から建て直す、みたいなことはできなくなる、と思う。


 ――というわけで、何に使うかで形状も調整も変わる、と想定する。


 ゆえに、真の完成は使用者が決めるのがいいだろう。


 自分好みにカスタマイズしてほしい。

 用途に合わせて。


 今日の試乗会で、大きな問題がなければ。

 近い内に特許申請を行う予定だ。


 ただ。


 意外と言えば意外で。

 意外じゃないと言われれば、それで納得もできるような。


「フゥゥゥゥーーーーー! ついて来いよ聖女ちゃん!」


 ビュンビュン飛ばして。

 宙返りとか急旋回とかして。


 派手な飛行と、誰がどう見ても楽しくて仕方ないという様子のオースディが目を引き。


「……」


 無表情、無感情で。

 寸分のズレもなく、オースディに続いて飛ぶ聖女の姿も目を引く。


 あんなに楽しくなさそうに飛ぶのか、と。

 あんなに大胆かつアクロバティックな飛行で派手なのに、と。


 感情が乏しいせいだろうか。

 飛ぶ、態勢が傾く、足元がふわふわする。


 それらに対する恐怖心が薄いのか、聖女の操縦は非常に安定している。


「レイエス嬢、すごいですね」


「そうだな。心なしか楽しそうだ」


「…? そうですか? そう見えますか?」


「楽しくなければ、あそこまで無意味な飛び方はしないだろう」


 クノンにはわからないが。

 シロトの目には、そう見えるらしい。








「――そろそろ集まってくださーい!」


 そんなクノンの声に、飛び回っていた魔術師たちが集まる。


「なるほど……」


 オースディに続き、レイエスも着陸する。


 光で空を飛ぶ。

 確かにそういう魔道具だった。


「聖女ちゃん、やるじゃん! この俺について来れるなんてな!」


「はあ、どうも」


 試乗二回目のオースディが、ベテランのようなことを言っているが。


 しかし、確かに彼の飛び方は興味深い。


 なぜ無意味に宙返りをしたりしなかったりするのか。

 意味はあるのか。

 無駄ではないか。


 その謎の答えは、レイエスの中にはない。


 やればわかるかと思ったが、そうでもなかったし。


 ――だが、レイエスは気付いた。


 あれだけ自由自在に飛べたこと。


 意味があるなし。

 無駄かどうかではなく。

 初めて扱う魔道具で、なんの知識もないのに、あそこまで飛べたのだ。


 魔術の造詣が深まると、こんなものまで作れるのか。

 魔術の可能性には驚くばかりだ。


 広い草原を自由に飛んでいたハンクらも、戻ってきた。


「……ああぁぁ……私苦手かも……」


 ユシータが疲れ切った溜息を吐く。


 だいぶ苦戦していた彼女は、何度か草原を転がっていた。


 その点、リーヤはさすがだ。

「飛行」に慣れているせいか、かなり上手に飛んでいたと思う。


「まっすぐは飛べましたよね?

 ならユシータ先輩は板じゃなくて、大きな円盤型などどうでしょう? 座って乗る感じですね」


「円盤型? そんなのもできるの?」


「形は、ある程度はどうにでもなりますよ。

 大事なのは形じゃなくて、使用用途。何に使うかです。


 円盤型だったら、ある程度荷物も運べそうだし。

 要は速度を捨てて出力と安定性に特化させれば、って感じです」


「ああ、なるほど……わざわざ不安定な板に乗らなくてもいいわけだね」


「その通りです。

 大きな飛行盤を作って、綺麗な夜景が見える丘などに、好きな男の子を連れていくといいですよ」


「え? 好きな男の子? なんの話?」


「で、言いますよね。

『綺麗な夜景だね。でも夜景よりあなたの方が紳士的よ』ってね」


「ああ…………そうだね。機会があればやってみるね」


 まあ、夜景はともかくだ。


「各々、何か気づいたことはあるか?

 もし構造上の欠点がなければ完成と見なし、特許申請を行おうと思っている」


 シロトが説明すると、オースディが持っていた飛行盤を抱きしめた。


「嘘だろ、もう完成するのか!? ついにこいつが俺のものになるのか!?」


「それは試作品だ。返せ」


 オースディとシロトが揉め出した。


 レイエスは考える。


 使用用途。

 そういえば、この飛行盤というものは、何に使うのだろう。


 移動する。

 物を運ぶ。

 それ以外、何かあるだろうか?


 いや、それだけでも充分だとは思うが。


「ハンクは何に使うといいと思いますか?」


 レイエスは、一般常識を持つ年上の同期に聞いてみることにした。


「ん? これの使い道か?

 そうだな、私は燻製肉の取引で街中の店を巡ることがあるから、こういうのがあると便利だな。


 取引先までひとっ飛びだ。

 やっぱり風属性の『飛行』は便利だからな。多少の制限はあっても、それが再現できるとなると、ただただありがたいよ」


 なるほど、街中の移動か。

 いわゆる配達になるだろうか。


「リーヤはどうですか? 自力で飛べるからいらないですか?」


「いや、これはこれで楽しいと思うよ。

『飛行』より手軽に飛べるからね。僕、売り出されたら買っちゃうかも」


 楽しい。

 娯楽か。

 なるほど、そういう面もあるらしい。


「……」


 レイエスは、持っている飛行盤を見た。


 ――やはり「結界」で再現できそうだ、と思った。 

 

 昨日、説明を聞いた時から思っていた。


 これを「結界」で作り、乗って、飛ぶ。

 たぶんできると思う。


 だが、やはり違う。

 違うと思う。


 レイエスのそれは「自分だけ」だが。

 こうして魔道具に落とし込めば、「誰もが使える」のだ。


 聖女だから使える固有魔術「結界」。

 今の自分には、それしか価値がない気がする。


 聖女としてではなく。

 一人の光魔術師として、何かを成し遂げたい。


 ここにいる特級生たちは、全員それができている。

 だが、自分はまだだ。


 自分にしかできないことでは、何も残らない。


 最近、クノンが言ったあの時の言葉を、よく思い出す。


 ――「結界」なしで霊草シ・シルラの栽培を成功させてほしい。


 最近ようやく理解できた気がする。

 言葉そのままの意味ではなく、それが何を意味するのかを。


 この飛行盤こそが、クノンと自分との差。

 魔術師としての差なのだ。


 一つでいい。

 自力で、何かを成し遂げたいものだ。


「――あっ」


 オースディとシロトが揉めたり。


 ユシータがリーヤ、ハンクに飛ぶコツを聞いたりしていると。


 珍しくクノンが焦った声を上げた。


 見れば、白い紙が何十枚も舞っていた。

 そよぐ風に乗り、遠くへ飛んでいく。


「すみません拾って!」


 メモだろうか。

 どうやらうっかりクノンが飛ばしてしまったようだ。


「ハッハァーーーー!」


 オースディが嬉しそうに紙を追って飛び。


 レイエスらも、近くにあるものを追って拾っていく。


「……?」


 その一枚に、レイエスの目が止まった。


 普段なら、全然気にならないのだが。

 他人のメモの書いたメモや書類など。一切。


 きっと絵のせいだ。


 この絵が、形が、レイエスの目を奪ったのだ。


「……打ち上げ式飛行落下傘……?」


 大きくバツが付いているので、きっとボツ案である。


 だが、気になった。


 これは何なのか。

 魔道具なのか。

 何に使うのか。


「――すみません、助かりました。


 レディたちはお礼にこの後ランチをおごらせてください。男性陣は忙しいでしょうからあえて誘いませんけど暇があれば来てくださいね」


 どうやらメモは全部集まったらしい。


 ――この打ち上げ式飛行落下傘とはなんなのか。


 ぜひ聞いてみよう、とレイエスは思った。





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