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295.洗いざらい





「――よしわかった! こうしましょう!」


 パンと手を打ち、レーシャは言った。


「ミリカの王族権限で命じて、クノンから魔力溜まりやらなんやら隠し事を聞き出す!

 その情報を私が王城へ持って帰る!

 それから後のことは国の方針で決める!


 魔力溜まりに関する情報は、さすがに黙っているわけにはいかない。うまく利用できれば莫大な利益に繋がるからね。

 ヒューグリアの元王族としても、王宮魔術師としても、秘匿は許されない」


 やはりその辺が落としどころになるか、とクノンは思った。


 魔力溜まりの解明は、魔術界の大きな課題である。


 もしかしたら。


 どこぞでは、すでに解明されている、かもしれない。

 どこぞでは、すでに利用もされている、かもしれない。


 ただそれが広まっていないだけ、かもしれない。


 だが、ヒューグリアではまだなのだ。

 それは間違いない。


 そして研究や実験も進められているはずだ。


「やっぱり言わないとまずいですよね?」


「まずいね。

 魔力溜まりが何に利用できるかで、世界情勢さえ変わりかねないから。それくらいの大事だと思う」


 だから、余計に、思うわけだ。


 ――面倒臭いことになってきた、と。


「そう、ですね……。


 幸いというかなんというか、ここには王族と王宮魔術師がいます。

 侯爵家次男の僕は、立場上あなた方に逆らうことはできない。


 もちろんお二人の木漏れ日が織りなす光と影の芸術がごとき美貌の前に逆らえる紳士なんているわけもないですが」


 そう前置きして、クノンは身体ごとミリカに向き直った。


「ミリカ様、王族として命じてくれれば僕は話せます。

 あなたの立場としては、追及しないわけにはいかないでしょう?」


 王族が、国益に繋がるかもしれない重大な情報を、見逃す。


 これは下手をすれば反逆罪である。


 ただでさえミリカは第九王女。

 上の王子王女(きょうだい)に好ましく思われていない、微妙な立場にある。


 はっきり明確な瑕疵は、非常によろしくない。


「……面倒臭いことになるかもしれませんよ?」


 ――見逃すことはできない。


 それはミリカもわかっている。

 わかっているが。


 その情報を上に伝えた場合、何がどうなるか。


 予想が付かないのが、怖い。


「黙っていてあなたが被る被害の方が大事です。やましいことはないんだから堂々と報告しましょうよ」


 ――確かにやましいことはない。


 ないが。


 秘密にしたいことはてんこ盛りで。


 それも含めて、面倒臭いのだ。





「蟹……」


「羽……」


 クノンは洗いざらい話した。


「鏡眼」という、一時的に視覚を得る魔術。

 それを通して見る世界の異常。


 そして、人に憑いている何か。


「蟹……?」


 レーシャは、クノンの背後を見ている。


 当然何も見えない。


「羽……?」


 ミリカは己の頭を撫でてみる。


 当然何も刺さっていない。


 ――というか刺さってるってなんだ。


「もう少し細かくわかっていることもありますが、大雑把に言えばこんな感じです」


 あとは、魔術師の属性ごとで憑いているものの系統だとかだ。


 この辺は、ミリカには本当にわからない話になる。


 ただでさえ忙しい彼女だ。

 これ以上、時間を取らせるわけにはいかない。


 そもそもの話。


 森の中で立ち話、というのも、あまりよくないだろう。


「クノン、私には何が見える?」


「時々光の線が走って見えます。風属性は周囲に色や形が見えるパターンが多いですね。あなたにピッタリの線だ」


「ふうん。

 クノンは蟹なのね。水属性は水棲生物っていう共通項があるとか?」


「レーシャ様、突っ込んだ話は後にしましょう。ここでするべき話でもないと思いますし」


「あ、そうね」


 魔術師であるレーシャの興味を引く話なのは、わかる。


 だが、今はそこが本題ではない。

 言わば本題に入る前の予備知識の段階だ。


「それで、その『鏡眼』で魔力溜まりを見たら……穴? ヒビ割れがあった、と」


「はい」


「そこに、見える何かが吸われる、と?」


「はい」


「なるほど……」


 ――全然わからない、と思いながらレーシャは考え込む。


 クノンが嘘を吐く理由はない。

 だから本当のことを言っているのだと思う。


 だが、これは報告が難しい。


 クノンにしか見えない何か。

 嘘を吐く理由はないし、魔術師ならそういうこともあるかも、と。


 無条件で可能性を信じることはできる。


 しかし魔術師以外はどう思うか、という話である。


 まあ、その辺はまだいい。 


 別にクノンが信じてほしいわけではない。

 信じないなら信じないで、特に気にもしないだろう。


 自分がやるべきことが変わるわけではないから。


 問題は――そう。


「クノン」


「はい」


「この話は王城まで持っていく。まあもうちょっと詳しく聞いた後でね。


 で――きっと来るわよ」


 きっと来る。

 誰が?


 聞くまでもない。


「本当ですか? 麗しき王宮魔術師の女性たちが僕に会いに来ますか?」


 来るのは王宮魔術師たちだ。

 色々と調査しに来るに違いない。


 と、考えているクノンの前で、レーシャは「いや」と首を横に振った。


おっさん(そうかん)が来る」


 こんな不思議な話、あの人が見逃すわけがない。


 王宮魔術師総監ロンディモンド・アクタード。


 あの人が、きっと、来る。





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