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292.三人で





「――まあ? 私は最初から? クノン様を信じてましたけどね?」


「――またまた。僕が見たことない顔して驚いてたくせに。見えないけど」


 あっはっはっはっはっ、と笑い合うクノンとイコ。


 そんな一幕を挟んで。


「どちらにせよミリカ様には話すつもりでした。

 ただちょっと、現段階では不確定なことが多いので、後から伝えてもいいかと」


 とりあえず朝食の席に着いたミリカとレーシャ。


 クノンは二人に簡単に説明する。


 ――ちなみに使用人イコは笑いながら給仕を済ませ、笑いながら食堂を出て行った。


「不確定なこと、ですか?」


「はい。ミリカ様、魔力溜まりについての知識は?」


「領内にあってはならない、くらいでしょうか」


 ミリカはすらりと答えた。


 これも支配者階級の教育の賜物か。

 彼女は「魔力溜まり」がどういうものか、ちゃんとわかっているようだ。


「もしや、この開拓地周辺にあるのですか?」


「らしいです。それを確かめるためにレーシャ様と行こうかと」


「納得しました」


 ――ならば確かに二人きりで行きたいだろうな、とミリカは思った。


 魔力溜まりは、聖地や聖域である可能性がある。


 可能性としてはかなり低いが。

 しかし、それでも可能性だけはあるのだ。


 もしそうなら大きな利益になる。

 もっと言うと国益になる。


 これを調べるのは、他国の者がいてはならない。

 ヒューグリア籍の者だけで行った方がいいだろう。


 だとすれば、今クノンが誘える魔術師は、レーシャのみである。


 そして、クノンへ報告が行った理由も察しがついた。


 お察しの通りだ。

 ミリカは報告を受けたら、調査がてらレーシャに頼み、そのまま潰してもらうよう頼んでいたと思う。


 聖地・聖域じゃなければ、クノンには報告しなかっただろう。


 だが――この様子だと、クノンは自分で調べたいようだ。


「……魔力溜まりか」


 それは一種の毒地帯、とミリカは認識している。


 世界的に有名な魔力溜まりもある。

 広範囲に及ぶものもあるし、また小さなものもある。


 聖地や聖域と言われる場所もある。

 かなり数は少ないが。


 しかし――


「クノン君」


「はい」


「私も同行していいですか?」


 ミリカの問いかけに、クノンは即答した。


「もちろん僕は歓迎しますよ。でもなぜか理由を聞いても?」


 受け入れてから理由を聞く。

 紳士として否の選択などあるわけがない。


 だが、行きたい理由は気になる。


 まさかレーシャと二人きりで行かせるのが嫌だ、とか。

 そういうわけでもない、と思うが……。


「魔力溜まりを見たことがないからです。

 立場上、どういうものか知っておいた方がいいかと思いまして」


「あ、わかります。僕も同じ意見です」


 そもそもミリカがいて不都合なことはない。


 何やら危険なことをしたい。

 そんな尖った理由がないのであれば、連れて行かない理由はない。


 こうしてミリカも同行することが決定した。





 で、だ。


「レーシャ様、魔力溜まりについて詳しく教えてほしいんですが」


 彼女は王宮魔術師である。

 その知識と実力は、クノンよりはるかに上だ。


 だが。


「魔力溜まりは管轄外だから、詳しくはわからないなぁ」


 と、あまり嬉しくない返答。


「土魔術師なら研究の範囲内だと思うんだけど、私は違うから」


 レーシャは風属性。

 なので魔力溜まりには興味が向かなかったようだ。


「たぶん知識量も、クノンと同じくらいしかないかな。

 ごめんね。ゼオンリーなら色々意見を出すと思うんだけど」


 確かに、師ゼオンリーなら色々と知っているかもしれない。

 土属性だけに興味も向いたことだろう。


 実際行ったことがある、とも言っていた。


「謝らないでください。そんなの知識がある師匠が悪いんですから。いつか僕が説教しておきますよ」


 いやゼオンリーは悪くないだろう。

 とんだとばっちりである。


 でも理由なんかどうでもいいからあいつは説教されればいい。


 レーシャとミリカはそう思った。


 だから、それについては、何も言わなかった。


「――まあ、色々気になるけど。


 でもやはり魔力溜まりと言えば、幻視よね」


 幻視。

 魔力に酔い、意識を失うまでの間に見る、正体不明の幻。


 目が覚めたら何も憶えていないことから、何らかの法則があるのではないか。


 とは言われているものの。


 知れば知るほど。

 研究すればするほど、謎は深まるばかり、という話である。


 ――ちなみに、目が覚めたら憶えていない幻を、どうやって認識するのか。


 メモである。

 スケッチである。


 意識が朦朧としている中、必死で書き残して力尽きるのである。


 ただ。


 そもそも意識が途切れそうな状態で書くのだ。


 絵は絵の体をなしておらず。

 文字は文字になっておらず。


 幻視を記録に残す行為は、色々と難しいらしい。


「幻視……そうですね。魔力溜まりといえばそれですよね」


 と、クノンはミリカを見る。


 正確には、頭を。


 ――今日も凛々しく羽ペンが突き刺さっている。


「鏡眼」で見えるこの幻は、幻視の一種なのだろうか。

 それとも別の何かなのか。


 その辺の謎も解明できれば嬉しいのだが。





 朝食を済ませた三人は、早速現地に飛んだ。





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