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289.クノンは美点を盛りすぎた





「今日はクノンがいますから」


「水は便利ですな」


 地下室での観察を終えて。

 食べ頃の野菜を持って、温室の外へ出てきた。


 クノンの魔術で野菜を洗い。

 文官ワーナーが用意していた火と網で、野菜を焼いていく。


 ネギ、ナス。

 じゃがいも、トマト。

 ニンジン。


 手際よくワーナーが切り分け、串を刺し、網に並べられていく。


 全て少しずつだ。

 食事ではなく味見の量である。


「へえ……」


 以前、水の中で呼吸する実験の際に、海へ行った時。


 こんな感じで、クノンも海産物を焼いて食べたことがある。


 こういうのも結構いいな、とクノンが思っていると。


 開拓地の子供たちがやってきた。


「うめぇ!」


「めぇ!」


 焼けた端から二、三本食い散らかして、去っていった。


 あっという間の出来事だった。

 飢えた野生動物かな、とクノンは思った。


 まあ、聖女もワーナーも特に反応がないので。

 子供たちの襲来も、恒例なのだろう。





「――あ、美味しい」


 クノンは熱々の野菜を口に運ぶ。


 やはり間違いなかった。


 単純に焼いただけ。

 味付けもしていない。


 なのに、うまい。

 そしてなぜだか贅沢な気さえする。


「クノン、味のレポートをお願いします」


「あ、うん」


 聖女に言われ、クノンは頷く。


 そうだ。

 これはただの食事や間食ではなく、観察の一環なのだ。


 ワーナーも同じようにメモを取っている。


 クノンが見ている――いや。

 意識を向けていると察した彼は、穏やかに微笑んだ。


「肥料、温度、注ぐ水の量や育成具合などで、毎日差異を付けているのです。大きな味の差はありませんが、それでも確かに違うんですよ」


 ほぼ毎日やっている網焼きだが。

 同じ野菜を焼いて味見している、というわけではないと。


 そういうことだ。


 割とちゃんとした味見の場であるらしい。

 聖女らしい、真面目な研究なのだろう。


「味か……」


 そう言われてみれば。

 クノンは味のレポートなんて書いたことがない。


 これまでたくさんのレポートを書いてきたが。

 こと「味覚」に関するものは、触れたことがない。



「レイエス嬢、悪いけど僕はあまり詳しくは書けないと思う」


「構いません。思ったままをお願いします」


「こんな不甲斐ない僕を許してくれるなんて。君は優しさに溢れた聖女のようだね」


「優しいは言われたことがないので、あなたの気のせいですね」


 気のせいらしい。


「私は優しくない、ドライすぎる、とよく言われますので」


 ドライすぎるらしい。


「そんなことないよ。君が植物を見る目は慈愛に満ちていて、まるで聖女のようだよ」


「聖女っぽいとはよく言われますね。実際聖女ですから」


 いまいち会話が噛み合ってない気がするが。


 まあ、聖女のことはいいだろう。


 思ったまま。

 思ったままレポートを書けばいい。


 聖女の注文通り、言われるままに、クノンはメモ用紙に記入する。


 ネギ、ナス。

 おいしい。僕は好き。


 じゃがいも、トマト。

 断然あり。僕は好き。


 ニンジン。

 実は一番好き。


「……素直すぎたかな。僕の美点だと思っていたけど、欠点でもあるのかも」


 素直に書いてはみたものの、クノンは少し愕然とした。


 なんのひねりもない。

 情報も中身もない。


 できあがったのは、実に率直すぎる感想の羅列である。


「書けましたか? ――ふうん。なるほど」


 横からクノンの手元を覗き込んだ聖女は、一つ頷いた。


「完璧な感想ですね。さすがクノンです」


「えっ? これでいいの? 僕の美点が過ぎる素直さじゃない?」


「私の意見と一致していますので。何の問題もありません」


 果たしてこれでいいのだろうか。

 本当に問題はないのだろうか。


 まあ、聖女がこれでいいと言うなら、いいのだろう。


 文句を言われても困るし。

 これ以上書くことが思いつかないし。


「レイエスさん、こちら私のレポートになります」


「ありがとうございます、ワーナーさん」


 ワーナーから用紙を受け取る聖女。


 その横につき。

 今度はクノンが彼女の手元をのぞき込む。


 ――軽やかな甘味は口当たりがよく、一口噛むたびに口の中に豊かな風味が広がる。香味野菜でありながらしっかりした触感で、調理次第で食事の主役にもなりうる。

 昨日の物と比べて少々甘味が強いが、代わりに風味が損なわれているように感じられた。料理の用途でどちらかを選べると良いかもしれない。


「おお……」


 ちゃんとしてる、とクノンは思った。


 それに比べて自分のメモだ。

 己の美点を盛りすぎたとしか思えない。


「ふふふふ……今日も実に素晴らしい味でしたな」


 そしてワーナーは、含み笑いを漏らしながら。

 焼いた野菜を綺麗な紙に包んでいく。


 どこかへ持ち運ぶつもりらしい。


「……」


 それがどこへ行くのか。

 クノンは知っている気がする。


 というか、ついさっきまでいたと思う。


 彼もきっと、あっちの地下室の常連なのだろう。





「ありがとう、レイエス嬢。助かったよ」


 網焼きを片づけて、クノンは聖女らと別れた。


 聖女は、収穫した野菜を屋敷に持っていくそうだ。

 そしてちゃんと昼食を取るのだとか。


 ワーナーも同じように昼食を取るために戻り。

 その後は……たぶん地下室へ行くのだろう。


 ――それはいいとして。


 聖女の手伝いをしながら、神の酒樽について話をした。


 酒樽に使用された木材。

 彼女の意見は大いに参考になった。


 今すぐどうこうはできないが。

 魔術学校に戻ったら、ちゃんと調べてみたいところだ。


「――さて、行こうかな」


 二人を見送り、クノンは再び温室へ向かう。


 あの地下室で、魔道具探しの続きだ。


 何がどれだけ仕込まれているか。

 どんなものかあるのか。


 クノンにとっては宝探しのようなものである。 

 実に楽しみだ。





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