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282.これからの造魔学と先輩





 自動荷車の下準備は、午前中には終わった。


 材木貯蔵庫から、三点の目的地へ続く下地作り。


 最低限に木と草を拓き。

 上下起伏の激しい地面をなだらかにして。


 聖女が作った焼石土を混ぜて、ハンクの火で焼き。

 ただの地面よりは丈夫で、しかし石よりもろく、だが雨水に溶けない道ができた。


 あとは木路を敷くだけだ。

 聖女や開拓民に聞いたところ、やはり防水加工などをしないと野外には使えない、とのことだ。


 つまり、完成は数日後になるということだ。


 ――クノンが正式にこの領地を賜ったら、金属で作り直すつもりだ。


 それまでは。

 少し手が掛かるとは思うが、これを使用してほしい。


「――これでも充分役に立つんだよな」


 あっという間にできた三股の道を眺めつつ、開拓民の一人が言った。


 整地された下地、焼石土の道。

 木路がないので、自動で動く荷車では道を外れそうだが。


 しかし、人力で荷車を押して調整する分には、不都合はない。


 材木を始めとした重いものを運ぶなら、これでも充分だ。


 歩きやすい。

 森の中はなかなか歩きづらいので、これだけでもメリットは大きいのだ。






 自動荷車開発は一旦終わり、昼前には解散となった。


 魔術師たちは散っていく。

 それぞれの用事を済ませるために。


 聖女は温室へ向かい。

 ハンクはそのまま材木貯蔵庫に残り。

 レーシャとセイフィは連れ立ってどこかへ消えた。


 そして、クノンとカイユは、屋敷に戻る最中である。


 少し距離があるが、飛ばずにのんびり歩いて移動していた。


「――なあ、さっきの泥玉の核って、造魔入れてるよな?」


 周囲に誰もいないことを確認し。

 それでもカイユは少し声を伏せて、クノンに問う。


 さっき皆で見た、泥玉の核という金属球。


 まだ名前は決まっていないらしいが――構造は単純だ。


 複雑そうに見えるかもしれない。

 しかし、作用はたった二つ。


 一、粘着性のある水を発生させる。

 これで土を付着させ、混ざり、泥にする。


 二、流動させる。

 コロの原理を成立させるために動く。

 もっと言うと、決まった動きをするだけ、だ。


 ――クノンと知り合ってから、造魔学と魔道具との親和性が以上に高いことに気付いた。


 それ以来、カイユも魔道具に関して学び始めている。

 師ロジーと一緒に。


「さすが先輩、気付きましたか」


 クノンは隠すことなく頷く。


「筋繊維使ってるだろ」


「はい。膨張と縮小を繰り返す運動を動力にしてます。水圧に作用させることで、小さな動きで力強い運動を可能にしている感じです。

 水の補助と、隙間なく埋めつくす泥で、力を分散させないよう荷車に伝える感じで」


「おもしれぇ使い方するよな。

 生体パーツなんて、生き物にしか使えないと思ってたんだが」


「――僕としては、これくらいが丁度いいかもしれません」


 クノンはまだ、造魔学の基礎中の基礎を学んだだけ。


 ここから先は、より専門的になる。


 より生命の神秘と可能性に触れ。

 もしかしたら、生命に対する冒涜にも触れるかもしれない。


「もう学ぶのやめるのか?」


「ちょっと迷ってます。開拓地に来てからできることを探している時、造魔学でできることの優先順位が低かったんです」


 いくつか何かできそうな気はしていた。


 だが、大っぴらに造魔は使えない。

 あれはあまり人目に付いてはいけないものだから。


 だとすると。


 いずれ本格的にやるだろう開拓作業。

 ここに、これ以上高度な造魔学は必要ないのではないか、と。

 そんなことを考えた。


 それよりは、他のことを学ぶべきなのではないか?


 魔術学校で過ごせる時間は限られている。

 もっと多く、そして広く学ばねばならないのだ。


「でも医療関係に役に立つと思うし、いざという時を考えると、絶対無駄にはならないんですよね」


「おまえが学びたい理由ってそれだけか? 他にはないのか? 目はもういいのか?」


 目。

 クノンが視界を得るため、目の研究は絶対にしたいとは思う。


 思うが、それも今は優先順位は低い。


「目のことも気になるけど……たぶん現段階でもう作れるんじゃないかって思うんですが。どうでしょう?」


「まあ、そうだな。おまえもう生体パーツが作れるし、目も作れるだろうな。

 ロジー先生も、聞かれればレシピを教えてくれると思うぜ。今のおまえなら、まだ早い、なんて言わないだろ」


 だとすると、クノンの心残りは激減する。


 今のところ、視界では困っていない。

「鏡眼」で見る景色は色々おかしいが、もう長い付き合いだ。


 すでに慣れている。

 おかしい込みで。


「もし医療関係で造魔学が必要なら、その時は呼べよ」


「はい?」


「いざって時は俺かロジー先生を呼べ。金は貰うが助けてやるよ」


「え? ほんとに!?」


「医者はロジー先生の副業だろ。俺も簡単な治療ならできる。金さえ貰えば仕事でやるさ」


 その手があったか、とクノンは思った。


 今から必死で学んでも、ロジーやカイユに追いつけるかどうかはわからない。

 しかし、彼らが手を貸してくれるなら。


 だとすれば。

 これ以上、造魔学に踏み込む必要はない、かもしれない。


 ――造魔学は怖い、という気が進まない単純な理由もあったのだ。


 散々ロジーに脅されたせいで。

 クノンの心には、少々の忌避感が芽生えている。


 だが、これで気は楽になった。


「すごーい! 素敵な先輩がいつもよりかっこよく見えますよ!」


 まさに画期的な発想だった。

 これ以上造魔学を学ぶ必要がなくなる、かもしれないくらいに。


「バカ言え、俺はいつでも格好いいだろ。……なんて言いたいところだが」


 と、カイユは溜息をついた。


「俺も――私も、いつまでもこのままじゃいられないんだけどね」


 それは。

 そのセリフは。


 造魔学の先輩としてではなく。

 訳ありの男装の麗人としてのものだった。


「おまえの婚約者。ミリカさんを見てると、私も結構考えることがあるよ」


「……それって僕が聞いていいことですか?」


「ダメなんだけどな」


 と、カイユは苦笑する。


「でも、時々無性に誰かに話したくなるんだ。

 私の訳ありなんて、ミリカさんと比べれば大した問題でもないんだけど」


「ミリカ様と比べて……?」


「――あの人、王族だろ?」


 クノンは驚いた。


 王族や貴族と関わると、後々面倒なことになりかねない。

 そんな理由から、身分のことは明かしていないのだが。


 ミリカが貴族関係の人であることは、すぐにわかると思う。


 だが。


 王族であることを見抜いている人がいるとは思わなかった。


「もしくは限りなくそれに近い身分の人だ。ああ答えはいいからな。知りたいわけでも確かめたいわけでもないから」


「……もしかして先輩もそれに近い訳ありですか?」


「知りたい?」


 意味深に微笑むカイユに、クノンは首を横に振った。


「いいです。僕、男の秘密に興味ないですから」


 そう言うと、カイユは笑った。


「――ありがとな、とことん男扱いしてくれて。おかげで俺ももう少し頑張れそうだ」





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