281.コロ
聖女の、いやクノンの号令で、自動荷車開発が始まった。
「さてと」
クノンも動き出した。
これだけの魔術師がいるのだ。
木路の下地は今日中にできるだろうし、木材さえ揃えばあっという間に完成するだろう。
クノンも急がねば。
「――という感じなんだけど、どうかな?」
と、クノンは振り返る。
その先には、屈強な男たちが三人。
力仕事を担当している、働き盛りの開拓民だ。
昨日の内に、彼らには軽く説明をしておいた。
「水球」を使って完成図も見せた。
反応は……まあ、悪くはなかった。
あると便利だよな、程度の反応だったが。
きっと、まだ。
それができることでどう楽になるのか、想像できていないのだと思う。
あるいは、想像できるけどその程度、と見ているか。
……まあ、もし後者だったら、発案クノンはがっかりするだけだが。
彼らも、少し離れたところから、こちらの様子を見ていたのだ。
そもそもの話。
起点とどこを繋ぐかは、彼らの意見を大いに参考にした。
やはり使う人の意見が第一だと思ったから。
聞くべきは森に入る者たちの言葉だ。
「俺らは別に問題ねぇよ」
「あっても邪魔にはならないだろうしな」
「俺は木の道はいいと思う。森で迷った時の目印になりそうだしな。俺らはともかくガキどもが心配だ」
色々意見はあるようだ。
まあ、反対がないならそれでいい。
「頼まれた荷車も、だいたいできてるぜ」
「本当? 早いね」
頼んだのは昨日なのだが。
「作りが簡単だからな」
さすがは大工仕事もこなす男たちだ。
あのくらいの物を作るのは朝飯前らしい。
ならば話は早い。
「じゃあ僕も始めようかな」
昨日の夜、核は作った。
あとはちゃんと機能してくれるかどうかだ。
――何か妙なことを言い出した。
昨日、材木貯蔵庫にやってきた眼帯の魔術師のガキ。
そのガキは、自分を手伝ってくれと言ってきた。
完成図を見せて。
ここで働く男たちにとっては、魔術師は上役である。
仕事が捗るのだ。
自分たちが数日以上掛かる仕事を、あっという間にこなしてしまう。
魔術師だろうがなんだろうが関係ない。
自分たちより仕事してくれる。
それだけで充分だった。
そこに――今回は
頻繁に来ていた魔術師たちは、ヒューグリア国の魔術師だ。
けれど今度来た連中は、そうじゃないのもいるとか。
難しいことはわからない。
ただ、ミリカの客だから受け入れている。
当然、手伝えと言われれば手伝う。
別に邪魔をしているわけでもないし、手の掛からない範囲なら、何も問題ない。
この開拓地の責任者で、誰よりも働くミリカが認めている。
だから否はない。
今、白い姉ちゃんの号令で、ミリカの客たちが動き出したところだ。
ある者は飛び。
ある者は地面を掘り。
そんな感じで作業を始めた。
そして――こいつだ。
「なあ……それなんだ?」
聞かずにはいられなかった。
「魔道具だよ。土を集めて大きくなるんだ」
確かになっている。
眼帯のガキは、ポケットから妙な金属球を取り出し。
地面に落とした。
それが勝手に転がり出して。
どんどん土が付着し、大きくなって。
膝下くらいの土球になった。
「ふむ。ふむふむ。こんなもんかな」
ガキが触ると、それはぶよぶよと変形して、元の球体に戻る。
見た目より柔らかいようだ。
「荷車を出してくれる?」
何をしているかよくわからない。
そんなものを、ただただじっと見ていた男たちは。
クノンに言われて、慌てて荷車を持ってきた。
昨日と今朝で急いで作ったが、注文通りである。
飾りもないし外観も整えていないが、機能に問題はないはずだ。
「この泥玉の上に乗せて。潰していいから」
男たちは指示通り、謎の土球の上に荷車を置いた。
そして――
「前進」
ガキの声に反応し、荷車が勝手に動き出した。
前に進む。
ゆっくりと、だが。
「あ、できた。よかった」
ちゃんと動いてよかった、とガキは頷く。
「でもあんまり早く動かないな……土が足りないかな?」
なんだこれは。
男たちは怪訝な顔で顔を見合わせる。
魔道具自体は、ここにたくさんある。
ミリカには「見せるな」と言われて、今は隠しているが。
魔道具のおかげで開拓作業は捗っている。
だが、しかし。
これだ。
今荷車を動かしている、この魔道具だ。
確かに荷車は動いている。
しかし、どうして動いているのか。
原理もわからなければ、理屈もわからない。
自分たちの知っている単純明解な魔道具とは、違いすぎる。
「――お、これくらいなら使えるかな?」
少しずつ速度が上がっていく。
恐らくは、進みながら土を集めたのだろう。
今や大人が早歩きするくらいの速度で進んでいる。
自動荷車。
昨日、「自動的に動くんだよ」と言っていた眼帯のガキの言葉。
嘘じゃなかった。
確かに自動で動く荷車だった。
「――あ、すごい。それどういう原理?」
クノンが荷車の調整をしていると、レーシャがやってきた。
作業は終わったのだろうか。
まあ、王宮魔術師には簡単な仕事だったのだろう。
「やあ、輝く君。二度目の朝が到来したかと思いましたよ」
「それでもいいけど?」
「ではこれからは太陽レディと呼びましょう。そっちは終わりました? 確か通り道の木とか草とか刈るんでしたっけ?」
「うん。ちょっとやったけど、まだ出番には早いみたい。
セイフィが終わってからでいいかも」
準教師セイフィは土を耕しに行っている。
あとで耕した場所を焼石土にするのだ。
「太陽レディ、コロの原理って知ってます?」
「コロ? ……確か丸太なんかを置いて、その上を転がして重い物を運ぶとか、そんなのだっけ?」
「それです。
今この荷車の下で、それが行われています。そして動力付きなので動いています」
「魔道具?」
「はい。傍目には全然わからないでしょう? そういう風に造ったので」
全ては荷車の下で行われている。
核を中心に動く土――泥は、パッと見た限りでは魔道具にも見えないだろう。
まあ、それはともかく。
魔道具仕掛けであるのは丸わかりだが。
だって勝手に動いているから。
「いいですか太陽レディ。こう、核を中心に円運動を行うことで――」
クノンの説明が始まる。
レーシャは興味津々で聞いているが、さすがに専門的すぎることは、開拓民にはわからない。
わかるのは――
「お、おいちょっと待て!」
「乗るな! おい乗るな!」
いつの間にか、この辺をグルグル回っていた荷車に。
ここの子供たちが乗っていたことだ。
きっと面白い物を見つけたとばかりにやってきたのだろう。
「――うぇーーーい!!」
「――うぇいうぇーーい!!」
追いかける男たち。
それを煽り立てる子供たち。
開拓地は今日もにぎやかだった。