280.自動荷車完成図
翌日の早朝。
クノンから指名を受けた面子が、屋敷の前に揃っていた。
同期ハンク。
聖女レイエス。
準教師セイフィ。
そして造魔学の兄弟子カイユ。
更に、王宮魔術師レーシャがいた。
ついでのように。
「――あんたいいの?」
魔術学校時代の知り合いであるセイフィが、こそっとレーシャに囁く。
レーシャは王宮魔術師だ。
本来ならここにいてはいけない人だ。
――「この地の支援をするため一時的に許可が出てるの。でも皆には内緒ね?」と、少しだけ事情は聞いているが。
だが、大っぴらに動いていい役職ではない。はずだ。
少なくともセイフィはそう認識している。
王宮魔術師の技術と知識は、国の宝だ。
どの国でも重宝されているのである。
「――だってクノンが面白そうなことするって聞いたから。見逃せないじゃない」
そんな軽い気持ちで動いていいのか。
王宮魔術師なのに。
そう思ったが……セイフィはそれ以上は何も言わなかった。
本人がいいと言うならいいのだろう。
きっと。
――レーシャとしても、クノンの魔術をちゃんと見るのは、あの黒の塔訪問以来である。
あの時の少年が、どれだけ伸びたか。
どれだけ成長しているか。
再会してからずっと確かめたかったのだ。
ディラシックでも色々やっているのは知っている。
特級クラスに入った。
画期的な発明をした。
帝国の皇子と勝負した。
そんな噂だけは聞いている。
それだけに、興味を抱かないわけがない。
なのに、開拓地に来て、クノンは数日動かなかった。
レーシャだってずっと焦らされていたのである。
動くと聞けば、見に来ずにはいられないくらいに。
少しばかり待っていると、クノンがやってきた。
「お待たせレディたち。僕が来たよ。あとハンク」
見ればわかる。
準備があるから、と。
少し遅れてきた彼の手には、丸めた紙があった。
「それじゃ早速だけど、説明しますね。
ここに、この辺の地図があります。ちょっと見てください」
「水球」で机を作り。
その上に、手にあった地図を広げる。
今朝、同期リーヤに借りたものである。
まだ作りかけだが、それでも、できている部分は細かく描かれている。
ちなみにリーヤらは、騎士たちと一緒にさっき出発した。
今頃はまた地図作りをしているはずである。
「ここと、ここと、ここ」
森にある休憩所、西側。
同じく休憩所、南側、
少し離れたところにある湖。
「まずここを起点に、この三つに木路……あ、荷車が通る木の道を引きます」
起点は、開拓地にある木造貯蔵庫近くである。
ここから三股に分かれ。
さっき指差した休憩所などへ、木路を設置する予定だ。
「なるほど。私は地面の整地をすればいいのね?」
セイフィは土属性である。
地面を掘ったり均したり、というのは得意分野だ。
「はい。えっと、焼石土ってわかりますか?」
「しょうせき……あれよね? 焼くと石のように硬くなるって土よね?」
「ええ。再現できます?」
「ごめん、やっとことない」
名前を知っているだけだ。
教師志望の準教師としては恥ずかしいばかりだが、やったことがないのは事実。
見栄を張っても恥の上塗りだ。
だから素直に告げる。
「そうですか。まあ特殊な土ですから、興味がないとそうですよね」
そんなフォローをされたが。
――セイフィは内心苦々しい顔をする。
なんとなく。
いや。
恐らく。たぶん。……あるいは必然か。
師である教師ウィーカーが、クノンに自分を貸した理由。
きっとこういうところにあるのだろう。
教師採用試験に受からない理由も。きっと。
「じゃあレイエス嬢、お願いできるかな? 作り方わかるよね?」
「問題ありません。私が用意しましょう」
植物に傾倒する聖女である。
土の研究にも余念がない。
土に混ぜ物をして、人工的に焼石土を作るのだ。
「察するに、焼くのは私かな?」
「うん。頼むね、ハンク」
さて。
簡単に概要を説明し、一行は移動する。
まず起点となる、材木貯蔵庫までやってきた。
「方向は……あっちと、あっちと、あっちだね」
地図で指した休憩所と湖。
ここからあの場所まで、木路を引くのだ。
地図上では手のひら程度だが。
実際は結構遠い。
だからこそ、自動荷車がいいとクノンは判断した。
「カイユ先輩、線をお願いします」
「線? ……ああ、地面に直線を刻むんだな」
ここから三ヵ所へ、まっすぐ。
地面に線を引き。
土魔術で掘っていき、焼石土で埋めて。
その上に木路を敷く。
作業としては単純だ。
それぞれ専門の魔術師が揃っているので、今日中に終わるだろう。
現段階の問題点は、木路に使う木の準備だ。
それに時間が掛かるかもしれない。
「だいたい作りたいものはわかってると思いますけど、一応見せますね」
と、クノンは空いたスペースを向く。
「まず、一人歩けるくらいの焼石土をまっすぐ敷く」
クノンの足元から、まっすぐに地面の色が変わる。
まるで一人用の絨毯を転がしたようだ。
「木路を引く」
絨毯の両端が盛り上がる。
変幻自在のクノンの「水球」は、色も質感も再現する。
本当に細長く加工した木材を、そこに設置したかのようだ。
「そして、荷車」
大人が二、三人乗れるくらいだろうか。
車輪が四つ付いた箱が生まれ、絨毯の上に置かれる。
木路は、荷車がずれないようにするため。
まっすぐ走るためのものだ。
「これが完成図です」
ごろごろと音を発てて車輪が回り、荷車がゆっくり動き出す。
「どうです? 結構わかりやすいでしょ?」
確かにわかりやすい。
わかりやすいだけに、疑問もある。
「もっと大きくていいんじゃねえか?」
と、カイユが言った。
それは、ほとんどの者が考えていたことである。
この荷車は、人の移動はおろか、運搬に使える。
重い木材などを運ぶのに重宝するだろう。
そもそも起点は材木貯蔵庫だ。
荷運びは想定されている使い方のはず。
ならば、もう少し荷車が大きい方が利便性は高いだろう、と。
そういう当然の疑問だ。
「このくらいの規模がいいと思います。
これなら、作り方だけ知っている開拓民たちが頑張って作った、そう言える範囲にある代物だと思うので。
まだあまり大っぴらにはできない集落だから……便利さより目立たないことを選んだ、と思ってください」
なるほど、と頷いたのは聖女だ。
「もし故障や破損があっても、ここの人が修理できる。それくらいの技術に抑えたんですね?」
まさにそれだ。
だからこそ、耐久性に疑問が残る木材を使うことを選んだ。
そう。
この仕組みは、時間さえあれば開拓民が作れるのだ。
作れる以上、もちろん修理もできる。
自分たちがいなくなった後、もし故障しても、自分たちで直せるのだ。
仕組みだけは。
「さすがレイエス嬢、僕の気持ちなんて手に取るようにわかるんだね」
「いえ全然わかりませんけど」
「今日も僕の心を惑わせるイタズラな聖女だねっ」
「――それでは始めましょう」
概要は聞いた。
完成図も見た。
ならば、あとはやるだけだ。
皆それぞれ他に用事もあるのだ。
やるべきことはさっさとやってしまいたいのだ。
というわけで、聖女の号令で全員が動き出した。
「じゃあ俺は線を引いてくるから。……多少ズレても大丈夫だよな?」
「私は焼石土を作ります」
「じゃあ……まだ火の出番はなさそうだし、私もレイエスを手伝おうかな」
「私は線に沿って耕す感じでいいのかしら。レーシャ、草刈りとか木の処理お願い」
「わかった」
ばらばらと動き出す。
そして――クノンは言った。
「じゃあ、開始! みんなよろしく!」
もう誰もいないが。
クノンは持ち前の紳士らしさを発揮して、めげずに言い放った。