27.突然の訪問もあった
「――あれ?」
侍女を連れてグリオン家本館の玄関まで出迎えに出てきたクノンは、違和感を覚えた。
今、少し離れたところに、外から来た馬車が止まった。
そこまではいいが――御者を除いて、降りてきたのは三人だった。
「クノン君!」
しかも一人は覚えがあると思えば、やはりミリカだった。
「殿下?」
今日来る予定はなかった。
予定だけで言えば、やってくるのは魔術の師となるゼオンリーだけだったはずだ。
「来ちゃいました!」
「あ、はい」
「……あら、嬉しくないですか?」
若干沈んだミリカの声に、クノンは即座に「いいえ」と答えた。
「思いがけず会って驚いているだけです。殿下と会う時は毎回ちゃんと心の準備をしているので、急に会うとその可愛らしさと美しさに緊張して、何も言葉が出て来なくなっちゃうんですよね。まさに蛇に睨まれたカエル的な? でも見えないから睨むとかそういうのよくわかりませんけどね! あっはっはっ! あれ? 香水変えました? 今度の香水は大人っぽくて素敵ですね。よく似合っていますよ」
「も、もう……香水はまだ早いと言われているから、元々付けてません。……まあ、石鹸は変えましたけど……」
よくわからない言葉の乱打で煙に巻かれたミリカは最後にだけ反応して照れ、クノンはなんとか予定になかった出会いによる戸惑いを隠し通した。
こういう何気ない時の反応が、意外と心に残るのだ。
万が一にも女性の心に傷を残すくらいなら、多少軽薄に見られる方がましだ。
これぞ紳士の心意気である。
「――おいダリオ、なんか将来浮気に狂いそうなガキがいるぞ」
「――やめろ。あれがクノン・グリオン様だ」
ミリカの後ろにいる男二人の片方の暴言がしっかり聞こえたが、クノンは気にしなかった。
女性を悲しませるくらいなら、多少評判が落ちる程度は許容できる。
これも紳士の心意気である。
「初めまして、ようこそ。僕がクノン・グリオンです」
ミリカが察して避けたので、クノンは一歩出て挨拶をする。二人いるが、どちらかが待っていたゼオンリーだろう。
いや、恐らくは左の男だ。
右の男は、声を覚えている。
「おまえがクノンか」
そう言ったのは、左の男だ。
「俺がゼオンリーだ。ロンディモンドが面白いガキがいるから会いに行けって言われて来た。言っておくが、面白くなかったらこれっきりだ。いいな?」
「――」
クノンはごくりと喉を鳴らした。
別にゼオンリーの粗野な口調に引いたわけではない。
あと数歩という距離まで近づいて、ようやく感じたゼオンリーの魔力に、圧倒されたからだ。
なんと濃密な魔力か。
非常に濃く、粘りがあるというか。
ロンディモンドもブルーチーズのように濃いと思ったが、ゼオンリーの魔力は、まるで蜂蜜のように濃い。
「あなたがゼオンリー……」
思わず呟く。
正直、想像していた以上に、すごい人が来たようだ。
ロンディモンドは別として、先日会った王宮魔術師の誰よりも、きっと魔術に精通している。
魔力を通して直感でそれがわかった。
「様を付けろよ。いいか、俺はガキは嫌いだ。泣いたりわめいたりしたらすぐに帰るからな。俺は好きで来たわけじゃねえ、忘れるなよ」
「つまり縦社会のしがらみで来たんですね。そういうのありますよね。わかります!」
「しがらみっつーか…………ああ、まあいいや」
ニコニコしているクノンに毒気を抜かれたゼオンリーは、もう念押しを諦めた。
「そちらの方は、先日王城でお世話になった騎士様ですね」
「はい。先日は……なんといっていいかわかりませんが。私も仕事でしたので、あれはあれ、これはこれということでお願いします」
叱った方と叱られた方の関係である。
確かになんと言っていいのか困る関係である。
クノンが「お世話になりました」と言うのはいいが、真面目な騎士は「お世話しました」とは返せないだろう。この場で先日の注意を繰り返すのもしつこいし。
「私は第三騎士隊所属ダリオ・サンズです」
これで、城から来た者たちとの自己紹介は終わった。
正直、ミリカとダリオがなぜ来たのかはわからないが、事情を聞くのは後でいいだろう。
「ではこちらへどうぞ。僕離れに住んでるんです。ところでゼオンリー様って美貌の魔術師であってます? 僕見えないからあなたの顔がかっこいいかわからないんですけど」
「あ? かっこいいに決まってんだろ」
「へえすごいんですね!」
「……おまえさ、若干俺のことバカにしてない?」
「してないですけど? 何か不満でもありましたか?」
そう言われると、言葉の上では失礼はない。
ただ、クノンの言葉が異様に軽く感じられるだけだ。
――今まで接してきた子供とは一味違うクノンに、ゼオンリーは早くも少々戸惑っていた。
ゼオンリーが来ることを知っていたので、離れの庭先にはテーブルを用意してある。
まずはお茶を飲みながら対話をしようと思っていたからだ。
だが予定にないミリカとダリオもいるので、侍女に言いつけ、椅子を二つ追加してもらった。
「――いえ、私はミリカ殿下とゼオンの護衛なので」
ダリオは断ったが、結局テーブルから離れた場所に椅子を置き、そこで待機となった。
あくまでも護衛なので、護衛の距離を保ちたいのだろう。
「クノン君は聞いたことありませんか? 王宮魔術師は、あまり自由に動けないのです。肩書きとしては国一番の魔術の研究者となるので」
「あ、父上に聞いたかも」
王宮魔術師を師に欲しいと言った時、父親はそのようなことを言っていた。
「だから護衛なんだね。そうだね、魔術の情報って貴重だからね。誰が狙ってもおかしくないよね」
表に出ている魔術の情報は、世界的に発表されたものだけに限られる。
あるいは、実験と試行の足りない不確かなものか。
それ以外は独自の研究なるので、魔術師を抱える国か組織か、もしくは魔術師個人がその成果を独占している状態にある。
それらはおいそれと外には出ない情報であり、またその筋の人が血眼で欲しがる情報でもある。
要は、王宮魔術師というだけで営利目的で誘拐される可能性があるということだ。
普通の魔術師ならそうでもないらしいが。
「で、ミリカ殿下は……?」
「表向きは、私のグリオン家訪問に、護衛としてゼオンリー様とダリオ様が同行した形です」
「あ、そうなんだ。そういうのもできるんですね」
「少々強引なやり方らしいですが、私も詳しくは……ただ、王宮魔術師を動かすには相応の理由が必要なので」
つまり、理由としてはミリカの付き添いでゼオンリーとダリオが来た、という形になっているようだ。
ゼオンリーも、大っぴらに王宮魔術師としてやってきたわけではないだろうから、傍目には小さなお姫様と護衛二人に見えるのだろう。
「僕のためにゼオンリー様を連れて来てくれたわけですね。ありがとうございます、殿下」
「い、いえ……私もクノン君に会いたかったですから……」
「僕もですよ。可愛い僕のお姫様」
「――おいやめろ。俺も同じテーブルにいるんだぞ。ガキのイチャイチャなんて見てらんねぇよ」
大人しくお茶を飲んでいたゼオンリーが、あらぬ方に脱線しそうになっていた話に割って入る。
「それぞれの事情はわかっただろ? 今度はお兄さんと楽しい魔術の話をしようや。なあ坊主」
「はい。よろしくお願いします」