271.視点をずらして
「――まあ、何に悩んでるかはだいたいわかってるんだけど」
捕まえたセイフィと並んで座り、話を聞いてもらう。
この開拓地に来て、翌日の朝。
クノンは言った。
目立ちすぎるのはよくない。
やりすぎるのはよくない、と。
――その辺を踏まえると、セイフィにもクノンの悩みは理解できる。
まだ名前のない開拓地である。
今派手にやれば、周囲にいる領主たち……貴族たちは、あまりいい顔をしないだろう。
その結果どうなるかわからない。
無視してくれれば儲けものだ。
しかし、そうじゃなかった場合が困る。
だからクノンは悩んでいる。
何をすればいいのか、と。
要するに。
現状の最善を目指す。
それができないから、悩んでいるのだ。
中途半端に。
ほんのささやかに、発展させる。
そんな力加減ができないのだろう。
まあ、こんな状況でもなければ、必要な力加減とも思えないが。
「先生はこの集落で色々やってますよね? 見て回ってどう思いましたか?」
何せ、セイフィはすでに人気者の土魔術師だ。
いろんな人に呼ばれ、華々しく活躍して。
一目置かれているのである。
人気がない、というか。
一人何もしていないクノンとは大違いなのだ。
「そうね。あなたの気持ち、少しわかるわ」
――確かにこの集落、開発が進んでいるのである。
こんなにも小規模で、少人数なのに。
異常なほどに設備だけは整っているというか。
背後にある屋敷も含めて。
不自然に高い技術、過剰な発展を見せている部分が多々見られる。
今朝聖女に頼まれて同行した温室もだ。
あれは、すごい。
外観こそ落ち着いて見せていたが、中はとんでもない代物だった。
あれは、ただの市井の大工が建てられるとは思えない。
こんな辺境の地にあるのは不自然だ。
――つまり、だ。
「この状況で更に手を入れると、確かになんか、もう開拓地って呼べなくなりそうよね」
「そうなんですよ……」
同じ感想を抱いたであろうセイフィの言葉に、クノンは肩を落とす。
「仮に何かやったとするでしょう?
で、もし問題が発生するとしたら、きっと僕らが帰った後なんです。
僕らがいない時に何が起こるか……それが怖いんです。
慎重に動かないとまずいと思うんです。
だからこそ――」
思いつかない、と。
いや、正確には。
思いつくが、やっていいのかどうかわからないのだろう。
「そうね。あまり考えたくないけど、派手にやりすぎると賊の標的になったりするものね」
それも、周囲の貴族や権力者たちが、
色々と難しい場所だとはセイフィも思う。
――そして、ここで慎重になれるクノンも、少し評価してもいい。
周囲のことなど一切考えない、
「クノン。こういう時は、少し視点をずらすといいわ」
「視点、ですか?」
「ええ」
「あなたの素敵な横顔も見えない僕の視点を?」
「そうよ」
クノンの軽口を軽く流し、セイフィは目の前の集落を見回す。
「今あなたはどこを見ている?」
「どこ、と言うと……」
「どこで悩んでいるの?
どこで何をしたいから、何をしてはいけないから悩んでいるの?」
「……あ」
クノンは気付いた。
そうだ。
確かにそうだ。
ここでやる理由なんてないのだ。
目の前でやる必要などないのだ。
視点をずらせ。
そう――ここじゃない、ほかを見ればいい。
「……」
――察しのいい子だ、とセイフィは思った。
悔しいが、強く認識させられる。
この子は間違いなく、
優秀じゃないわけがない。
「先生ありがとう! 何か思いつきそう!」
俄然元気を取り戻したクノンを残し、セイフィは籠を持って屋敷に向かう。
クノンがこれから何をするか。
セイフィも楽しみである。
――しかし、だ。
「どうにも不自然な点が多いのよね……」
裏口へ向かう途中、心にある疑惑がぽろりと漏れた。
不自然な発展を見せる開拓地である。
所々、出来すぎなほどの技術を感じる。
この人数、開拓期間から考えうる発展速度。
冬に備えた十全な備蓄。
全てが納得いかない。
開拓地なんて、足りないものだらけである。
そのはずなのに、民の健康状態や食生活もかなり良い。
ここには、人並みの文明と文化が、確かにある。
「やっぱり
ここがクノンと関係する地であるなら。
というか。
納得いくのである。
この開拓地の、不自然の全てが。
どうせ便利な魔道具でもばらまいているのではなかろうか。
遠慮なく、自重もせず。
弟子の気も知らずに。
あいつはそういう男だから。
――まあ、なんだ。
セイフィはあくまでも、クノンの付き添い。
この集落の真相を暴く気など一切ない。
だから、これ以上考えることはない。
それより――
「ああ、セイフィさん。野菜持ってきてくれてありがとな」
野菜を厨房まで運ぶと。
昼食の準備に追われるコックの一人、大柄な男が籠を受け取る。
「ねえねえ、このナスなんだけど」
と、セイフィは
立派なナスである。
時期ではない野菜なのに、非常に大きく瑞々しい。
こういうのが温室で育っていた。
それも、光っている野菜が。
「焼いてくれない? お昼」
「あ、焼きナス食べたい? 焼いちゃう?」
「焼いて。昨日の夜の焼きナス、ものすごくおいしかった」
「わかった。俺も好きなんだ」
――よし。
セイフィは一つ頷き、食堂へ向かった。
あの光る野菜。
味がばつぐんなのである。
あれを味わえただけでも、開拓地に来た甲斐があったとさえ思っていた。