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270.開拓地にやってきて三日目のこと

更新再開します。

よろしくお願いします。










 開拓地の朝は早い。

 日が短い冬、人が活動できる時間は短い。


 しかも開拓中の集落だ。

 足りないものが多いだけに、明るい内にやらねばならないことも多い。


 今日は晴天。

 雲一つないヒューグリアの辺境は、遠く遠くまで済み切った青が広がっている。


「……」


 人々が家から出てくる。

 それぞれの役割をこなすため、活動を開始する。


 ここの開拓民たちは働き者が多い。

 暇そうにしている者などいない。


 子供さえ元気に走り回っている。


「……」


 連れてきた魔術師たちも、もう活動している。

 個々で何をしているかまではわからないが。


 とにかくやることはあるようで、動いている。


 皆忙しそうだ。

 まだ人の少ない集落だが、それでも、人数に見合わない活気を感じる。


 寒風に負けない、人の熱意。温度。

 確かに感じられる。


 生きた集落だと思う。

 きっといい街に育つのだろうと思う。


「――それじゃクノン君、行ってきますね」


 この地には場違いな屋敷の前に、水で作った椅子に座り。

 ぼんやりと集落を眺めているクノン。


 陽に当たって。

 何をするでもなく。

 ただただ人々の活動を眺めるばかりで。


 そんなクノンを措いて。

 婚約者であるミリカも、クノンの前を通り過ぎようとする。


 屋敷から出てきた彼女は、とんでもなく簡素な服装で麦わら帽をかぶっていて。

 その辺にいる村娘のような格好で。


 恐らく、肉体労働的なことをしに行くのだろう。


「あ、はい。あ、僕も」


 反応が遅れた。

 あまりにもぼんやりしすぎていたせいだ。


 慌てて立ち上がろうとするクノンだが。


「いいからクノン君は好きなように過ごしてください」


 ミリカはそう言ってクノンを椅子に戻すと、スタスタ行ってしまった。


 振り返ることなく。


「……うーん」


 クノンは思った。


 ――これは本当にダメだ、本当にダメな時間の過ごし方をしている、と。





 クノンらが開拓地にやってきて、早三日。


 思ったより発展していた開拓地だが。

 それでも、足りない物は多い。


 一緒にやってきた魔術師たちは、もう動いている。

 その足りない物を埋めるべく。


 今この集落で動いていないのはクノンだけだ。


 ――いや、動かないのではなく、動けないのだが。


 連れてきた魔術師たちの指揮を執らねばならない。

 だが、指し示す方向が見つからないのだ。


 集落はミリカに任せるので、そちらはいい。


 そのミリカが、魔術師たちに色々と頼んで動かしているのだが……それもまあいい。


 無理がない程度にはこき使っていいと思う。

 同行してきた以上、それは当人たちも覚悟しているはずだから。


 しかし、本来彼らがやるべきことは、そうじゃない。


 本来は、クノンの指揮の下で。

 魔術師として大いに才能を発揮してもらうために来たのである。


 今の起用方法は、連れてきた魔術師じゃなくても事足りるのだ。

 彼らにしかできないことをしないと意味がない、と思う。


 意味がないと、思うのだが。


「――おはようクノンさま!」


「――ようクノさま!」


 思い悩んでいると、子供たちが駆けてきた。


 この集落にいる子供は、赤子を除いて三人だけ。

 その内の二人が彼らだ。


 彼らはまだ五歳と四歳。

 労働力としては数えられておらず、主に大人の伝言を運ぶという手伝いをしている。


 あとは遊んでいる。

 元気で何よりだ。


「あ、はい。おはよう」


「――うぇーい!」


「――うぇいうぇーい!」


 返事とともに「水球」を出すと、子供たちはその中に飛び込んだ。


「――うぉぉぉぉぉぉ!」


「――うぃぃぃぃぃぃ!」


 そして、「水球」を突き抜けてどこぞへと走り去っていった。


 実に猪突猛進である。


 ――あんな子供な彼らなのに、彼らなりに仕事をしているわけだ。


「……参ったなぁ」


 この集落で何もしていないのは、クノンだけ。


 正真正銘のお姫様であるミリカでさえ、働きに出ているのに。

 クノンだけここでひたすら立ち止まっている。


 ――思いつかないのだ。何も。


 今この地で、魔術師たちと何をすればいいのか。


 クノンはずっと考えていて。

 しかし、答えが見つからないのだ。


 ミリカは「ゆっくり考えていい」と言う。


 何も言わないし、急かすこともない。


 だが、彼女が許してくれたとしても。

 自分が自分を許せない。


 婚約者だけ働かせて、自分はただただ無為に過ごすだけ。

 そんなの紳士のやることではない。


 だが、ないのだ。

 やるべきことが思いつかないのだ。


 この開拓地は進みすぎている。

 クノンらが手を入れる必要がないくらいに。


 目のことがあり、労働は無理だ。

 きっと変に手を出しても、周囲に気を遣わせて邪魔をしてしまう。


 じゃあ水魔術師しかできないことを……とも考えるが。


 正直、夜の風呂の準備くらいしか出番がない。

 ほかは足りているのである。


「……ほんとに参ったなぁ」


 こうして人々の動きを観察していれば、何か見えてくるかもしれない。

 そう思い、一昨日からずっとこうしているが。


 何も思いつかない。

 ただただ働き者たちを怠惰に見ているだけである。


 まあ、見えはしないが。


 久しぶりに自分の無力さを感じ、焦燥感に心が震える。


 ――こうして、今日もクノンは無為に一日を過ごすのだった。









 などという状況が、いつまでも許せるわけもなく。


「先生! セイフィ先生!」


「うわ、あ、何? どうしたの?」


 昼頃。

 聖女レイエスと一緒に戻ってきた、準教師セイフィに泣きついた。


 二人は温室に行っていたようだ。


 聖女が温室へ行くのはいつも通りだが。

 今日はセイフィも一緒だったらしい。


 野菜を入れた籠を抱えて帰ってきた二人。


 その片方、準教師セイフィ。


 土魔術師は、開拓地では大人気である。

 ここへ来てまだ三日だが、彼女はもう引っ張りだこである。


 クノンとは大違いだ。

 通りすがりの子供にしか声を掛けられないのに。


 それに比べて。


 セイフィはもう、この集落で知らない人がいないほどの知名度を誇るのだ。


 侍女たちはそれぞれの仕事で忙しいし。

 全然相手にしてくれないし。


 こうなると、クノンも結構寂しいものがある。

 一人だけ何もしていないことも含めて。


 まあ、その辺はいいのだが。


「先生助けて! 何も思いつかない!」


 クノンは素直に泣きついた。


 何も思いつかない、だからどうすればいいか、と。


 連れてきた魔術師の中では、年長者になるセイフィである。

 相談するには打ってつけだ。


「これだけ考えても何も思いつかないなんて初めてなんです! 僕どうしたらいいですか!?」


「えぇ? そう言われても……」


「――お先に失礼します」


 と、呼び止められたセイフィを残して、聖女は屋敷へと消えていった。


 さすが聖女。

 開拓地に来ても、植物以外にはあまり興味がないのだ。





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