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264.王宮魔術師のことは秘密





 応接間にやってきたのは、王宮魔術師レーシャだった。


「あ、来てる。久しぶりー」


「うわー本物のレーシャ様だー!」


 会ったのは一度だけ。

 しかし、一度会っただけとは思えないくらい、お互い印象深い。


 一日に三回も一緒に怒られた、クノンとレーシャだけに。


 なんだか親近感が湧いていた。

 仲間意識が非常に強い。


 本当に、会ったのは一度だけなのだが。


「……」


 ――なんだかよくわからないが。


 手を取り合って再会を喜ぶ二人に、ミリカは少しイラッとした。


「お姉さま、何か用でした?」


「いや。クノンが来たって聞いたから会いに来ただけ」


 じゃあまず手を放せ、とミリカは思った。


 しかし、まあ、好都合ではある。


「ついでなのでお姉さまもお座りください。あとクノン君もさっさと座ってください話はまだ終わってませんので」


「あ、うん」


「あ、はい」


 二人ともミリカの不機嫌を察知して、椅子に座る。

 特にクノンは素早く戻った。


 良くない流れだと、ちゃんと理解していた。

 理由はわからないが。


「こほん」


 咳払いをして不愉快な雰囲気を壊し、ミリカは言った。


「お姉さま、事前にお話しした通りです。思ったよりお客様が多いので注意してください」


「わかったわ。あとで、しばらくは来ないようにって手紙も出しておくから」


「よろしくお願いします」


 なんの話だろう、とクノンは思った。


 と同時に、ミリカの視線が向いた。


「クノン君、さっきの話の続きです。

 この開拓地にロンディモンド総監がやってきたことで、王宮魔術師とこの地の垣根が、だいぶ低くなっているようです」


 ――正確に言うと。


 国王陛下の許可を得て、正式に連れてきたロンディモンドを。

 同じく、国王陛下の命令で城へ呼び戻した。


 この一連の流れは、国王の約束の反故に近い。


 そこで、約束の反故の見返りとして、ロンディモンドは要求した。


 王宮魔術師がこの地に出入りする許可を。


「垣根が……ということは、レーシャ様がここにいる理由って、それですか?」


 王宮魔術師は、基本的に王城の敷地から出られない。

 出られても王都までがせいぜいだ。


「レーシャお姉さまだけちょっと例外なので、他の王宮魔術師を指します。


 クノン君も知っての通り、彼らは情報漏洩などの心配から、限られた敷地でしか活動できません。

 当然、本来ならこの開拓地にいることも許されません」


 ――ミリカは思い違いをしている。


 度々王宮魔術師が遊びに来る理由。

 それは、ロンディモンドが国王と話を付けたからだ。


 ミリカはそのことを知らない。

 だから「来やすくなっている」程度にしか思っていない。


 ゆえに、静観している。


 真偽を確かめたら王宮魔術師が来なくなるかもしれない、と思っているから。

 だから、下手につつくようなことは、言わない。


 彼らがいると開拓作業が大きく前進するのだ。

 拒む理由など一切ない。


 聞けばすぐ判明する事実なのだが。

 しかし、ミリカは確かめないし、確かめる気もない。


「なので、クノン君も秘密にしておいてくださいね。

 特にお姉さまの場合、王宮魔術師であり王族でもあるってことになりますから」


 こうして聞くと、なかなかの要人である。


「レーシャ様は第二王女でしたよね?」


「そうよ。王族の地位返上と、王位継承権の放棄はもう済んでるけどね」


 まあ、話はわかった。


「つまり、王宮魔術師が関わっていることは秘密にしろ、ということですね」


「ええ」


 確かに隠した方がいいだろう。


 クノンが連れてきた者は、ほとんどが魔術師である。


 ヒューグリア王国の王宮魔術師として。

 他国の魔術師に、知識を与えるわけにはいかない。


 それは国家機密の漏洩になる。


 気にしすぎでは……という気持ちもあるが。


 世間的にはこれが正常なのだ。


 ディラシックが特殊なのである。

 国の事情や地位、権力さえまるで考慮しなくていい場所が、あまりにも特殊なのである。





 その他、簡単な打ち合わせをして。


 最優先で話すべきことを聞くと、クノンは椅子を立つ。


「――クノン様、お部屋に案内します」


 控えていたローラに続き、応接間を出る。


 案内された先は、この屋敷でクノンの居場所となる部屋である。


 広い部屋だった。

 しかしここも、やはり、テーブルとベッドという最低限の家具しかなかった。


「ここがクノン様の私室になります。

 隣が執務室ですね。まだ何もありませんが」


「へえ」


 内扉を開けて、隣の執務室を覗いてみた。


「あ、クノン様」


 確かに何もない部屋だった。

 だが、掃除をしているイコがいた。


「あれ? 家具の代わりに素敵なレディがいるじゃないか。そこのレディ、僕とお茶しない?」


「や、やめてください。私は人妻ですよ」


「いいじゃないか。僕は紳士だよ。お金も持ってるよ。ちょっとお茶するだけで大金をあげるよ」


「どうしましょう。私が美人な人妻すぎるせいで男たちの運命を狂わせてしまうわ」


「君に狂うなら本望だよ――さあ僕の手を取って」


「ああ、ごめんなさい旦那様……私はお金のためにお茶をしてきます……って何やらせるんですか」


 あっはっはっ、と笑い合う二人。


 ――仲いいなぁ、とローラは思った。





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