263.更にもう一つの再会
クノンは驚いていた。
開拓地にやってきたばかりで、本当に時間は経っていない。
それなのに。
もう何度も驚いていた。
人のいない場所で、人を発見する。
その人が現役騎士だった。
そして、かつての侍女との再会。
他にも、開拓地の発展具合。
とりわけ領主邸として存在している、大きな屋敷である。
着いて早々驚くことばかりだが――
これで終わりではなかった。
「――ほらジーナ、遊んできていいぞー」
ジーナ。
聞き覚えがある名前に反応して視線を向けて――クノンは驚いた。
「でも遠くに行っちゃダメだぞー。夜には帰れよー」
カイユが持ってきた箱から、黒いウサギが出てきた。
造魔ウサギだ。
ロジー・ロクソンの家にいたやつである。
紹介された時に会って以来、二度目の目撃だった。
見えないが。
連れてきたことにも驚いたが――
もう一つの可能性に気づいて、クノンは更に驚いた。
もしかしたら。
あのウサギを介して、ディラシックにいるロジーと連絡が取れるのではないか。
ならば連れてきた理由に納得がいくのだ。
この開拓地で、ロジーらは魔伝通信首を完成させたいと言っていた。
やはり最低限の連絡は取れないと。
そうじゃないと開発は難しいだろう、とは思っていたのだ。
あのウサギが距離の問題を解決するんじゃなかろうか。
――質問したところで兄弟子が明かすかどうかはわからないが、これはちょっと気になった。
「――クノン様、紹介します」
ミリカの案内で一行は屋敷に通される。
それを見送るようにして、クノンは待った。
そして最後に続こうとした時。
婚約者と再会の挨拶を終えた、侍女リンコが声を掛けてきた。
「えっ……」
振り返って、驚いた。
侍女の隣に立っていた男を、見上げる。
大きい。
これまでに会ってきた人の誰よりも、大きい。
クノンが知っている一番大柄な人と言えば。
恐らく、魔術学校の教師キーブン・ブレッドである。
彼も相当大きいと思ったが。
「紹介します。こちらが私の許嫁のユークス・カタタン。通称ユックです」
ユック。
ユークス・カタタン。
やれ手紙が返ってこないだの。
氷の張った湖に落ちて助けようとした皆を道連れにしただの。
食べるのが好きで、料理人の修行をしているだの。
そんな噂だけは聞いていた、彼。
この人が、侍女リンコの幼馴染で婚約者なのだそうだ。
こんなにも大きな人だなんて思ってもみなかった。
というか。
こんなにも大きな人が存在していることにも驚いている。
キーブンより大きい人がいるのか。
世界は広い。
「初めましてクノン様、ユックとお呼びください」
見下ろして名乗った、がっちりした大柄な男。
しかし、表情は結構優しい。
少しだけ口調がのんびりしていて、まるで草を食む牛のような印象がある。
「初めまして。大きいね」
クノンが言うと、彼は笑った。
「たまに言われます」と応える彼の横で、侍女がすかさず「よく言われるでしょ」と突っ込んだ。
「そう? よく言われてる?」
「はじめて会う人にはだいたい言われるでしょ」
「そうかな? 『大きい』だけなら珍しいよ。
だいたいが『山賊だったら絶対に頭領とかお頭とか呼ばれてそう』とか、『食費が大変そう』って言われるから」
大きいのもそれなりに大変そうだ。
「――おいユック、こいつ運ぶの手伝ってくれ!」
開拓民の一人が、黒毛の羊を運べと声を掛けてきた。
「あ、ごめん。俺非力だから大ジョッキ以上重い物は持ったことないんだ」
「そんなどうでもいい嘘いいから手伝え! もてなし料理に使う……とにかく運ぶんだよ!」
そのもてなす相手であるクノンがまだここにいる。
それに気づいて、彼は言い直した。
もはや手遅れだが……まあ、クノンは聞かなかったことにした。
「すみませんクノン様、俺仕事に戻ります」
「あ、うん」
これが侍女の婚約者。
「――俺一人でいいよ。非力だけど今だけ限界までがんばるから」
「――おまえのその非力アピールなんなんだ」
「――だって非力な方が可愛いだろ?」
「――その図体で何言ってんだおまえ……」
ユックはひょいと羊を肩に担ぎ、屋敷の裏手に運んで行った。
あれがリンコの婚約者。
なんだかすごく納得できる気がした。
屋敷に入ると、見覚えのある使用人に声を掛けられた。
「ローラ、だったかな」
「はい」
彼女はミリカ付きの侍女ローラだ。
先日ディラシックでも会っているので、見覚えがあって当然だ。
「ミリカ様が、先に打ち合わせをしておきたいそうです。こちらの応接室でお待ちください」
「わかった。君の美しい後姿にどこまでもついていくよ」
侍女に荷物を任せて。
クノンは応接室と案内された部屋に通された。
簡素なローテーブルと椅子。
それだけの部屋だった。
部屋自体は広く立派なのに。
飾りも絨毯もなければ、最低限の家具しかない。
外観も中身も立派な屋敷である。
だが、中に置くべきものが、まだ揃っていないのかもしれない。
「――お待たせしました、クノン君」
ローラと話をしていると、程なくミリカがやってきた。
「本当に来たんですね……この日をずっと待っていました」
「ええ、僕もですよ。可愛い僕のお姫様」
「……時間さえあれば、もうちょっとこのままだらだらおしゃべりしたいんですけどね」
と、ミリカは苦笑する。
――まだやることがあるだけに、ミリカはちょっと忙しいのだ。
だから、必要な話だけ。
今すぐしておきたい。
再会の余韻もそこそこに、ミリカは本題に入った。
「まず報告することがあります。
クノン君も気になっているであろう、この屋敷についてです」
「はい」
そう、気になっていた。
これほど大きくて立派な屋敷。
建てるのに一年くらい掛かりそうなものである。
なのに、開拓作業が始まって、まだ一年経っていないのだ。
「この屋敷ですが――王宮魔術師総監ロンディモンド・アクタード様が建てました」
「……え? えっ!?」
予想外すぎる名前の登場に、クノンはまたまた驚いた。
「ロンディモンド総監!? あの王宮魔術師のトップの!? あの人!?」
一度だけ会ったことがある、あの人だ。
一度だけしか会っていないのに、忘れることができないあの人だ。
「長くなるので仔細は省きますが。
私がお城から出る時、国王陛下の計らいで、お城から人を連れて行っていいという許しを得たのです。
その結果、あの人を連れていくことになりまして」
どの結果そうなった。
仔細を省いただけに、意味がわからない。
いや。
もしかしたら。
省かなくてもわからない話なのかもしれない。
世の中、理解の及ばない話なんてたくさんあるから。
「なんで!? どういうこと!? だってあの人……王都から出られない人なんじゃないんですか!?」
何しろ王宮魔術師がそういう人たちなのだ。
滅多に城の敷地から出られない人なのたちなのだ。
そこのトップともなれば、もっと自由に動けるわけがないはずだ。
しかも、だ。
今ならクノンもわかる。
王宮魔術師総監ロンディモンドは、四ツ星である。
魔術学校でもいなかった四ツ星。
今ならその珍しさ、その貴重さがわかる。
そんな人がふらふら開拓地になんて出向いていいわけがない。
絶対に国が許さないだろう。
――というクノンの気持ちがよくわかるミリカは、苦笑するしかない。
「私も予想外でしたし、連れていく気なんてありませんでした。
大物過ぎて普通にやりづらいですからね。その上私は、立場上そんな人に命令して開拓をしなければいけなかったんですから……」
指揮を執る者は大変である。
ミリカには悪いが、クノンは自分じゃなくてよかったと思うばかりだ。
あのロンディモンドに命令する。
そんなのミリカにしかできなかったと思う。
だって彼女は王族だから。
クノンなんて所詮は侯爵家次男である。絶対無理だ。
「それで、一週間くらいで建てちゃいました。この屋敷を」
「……」
クノンは何も言えなかった。
なんて言っていいのか、本当にわからなかった。
さすがロンディモンド、と言えばいいのか。
やりすぎだよロンディモンド、と言えばいいのか。
なんで来たのロンディモンド、というのは一番言いたいことではあるが。
「なんか……色々あったんだね」
ディラシックに来た時、どうしてその辺の話をしなかったのか。
今わかった気がする。
――きっとミリカも説明に困るからだろう。
――実物を見せないと、さすがに信憑性も怪しくなるから。
でたらめのような気になる話をされたって、真偽が気になって終わるだけだ。
それはクノンへの配慮に他ならない。
「それでですね、クノン君。この話には続きがありまして」
正直なところ。
クノンはもう、ちょっと、続きを聞きたくなくなってきた。
開拓地で大変なことが起こっていた。
将来自分が貰う土地で、自分が知らない大事件が起こっていた。
その上、まだ続くそうだ。
まだ驚かされることになるそうだ。
だが、聞かないわけにはいかないだろう。
数々の重責と驚愕を、ミリカだけに押し付けてきたのだ。
聞かずに居られるわけがない。
聞きたくは、ないが。
「……もしかしてロンディモンド総監がいるんですか? ここに」
確かめるのが怖かったが、聞いてみた。
「あ、いえ。あの人は陛下に呼ばれて、割とすぐ帰りましたよ。そもそも王都から離れられない人ですから」
よかった。
世界の魔術師を知った今、彼に会うのは少し気後れしてしまう。
まあ。
会ったら会ったで魔術の話で盛り上がりそうだ、とは思うのだが。
「でも無関係ではないんです。実は――」
ミリカが言いかけ、ノックの音がそれを遮った。
「――クノンいる?」
そして、間髪入れずドアが開き――
「えっ!?」
それが誰かに気づき、クノンは更に驚くことになった。
「そのミリカ様とそっくりなそこはかとなく美しく可憐な雰囲気は、レーシャ様ですか!?」
王宮魔術師レーシャ。
彼女のことは、強く記憶に残っている。
何せ、初めての登城で。
彼女と一緒になって、三回も怒られたのである。
憶えていないわけがない。