258.ヒューグリアに到着して
旅は順調に進んだ。
五日目にはまた国境を超えた。
聖教国セントランスとヒューグリア王国を隔てる検問所を通過し、ようやく一息。
昼と夕方の間の休憩にて、ここからの進路を確認する。
「僕の貰える領地は、この辺らしいです」
と、クノンは地図を広げてルートを示す。
街道の脇にあった空き地には、誰かの使ったキャンプの跡があった。
恐らく旅人が利用する休憩所なのだろう。
そこを利用して火を起こし、暖を取る。
冬の旅だけに、体調管理を疎かにはできない。
油断するとすぐ調子を崩してしまう。
――まあ、今回の旅は楽なものだが。
神の酒樽のおかげである。
酒の味はクノンにはわからないが、疲労回復効果が非常に高く、重宝している。
おかげで順調な旅となっている。
計算より一日は短縮できているので、ありがたいことである。
「このままの速度で移動できれば、あと二日か三日で到着すると思います。もう少しだけよろしくお願いします」
顔を合わせているのは、風の魔術師三人だ。
ほかの面々は、思い思いに過ごしている。
消耗品の残りをチェックしたり。
次の街で補給するものを確認したり。
探索がてら周囲を警戒したり。
クノンが渡した兄お手製グルメマップを見ていたり。
そして、すごくいい匂いがしていたり。
腹が減ってくる匂いだ。
昼食はちゃんと食べたのに。
が、腹の虫は無視するとして。
風魔術師たちには何度も旅程を説明している。
何度やっても無駄にはならないだろう。
慣れている場所ならともかく。
慣れない土地を移動しているのだ。
できるだけ無駄なく、そしてトラブルを避けるためにも。
進行ルートは間違えられない。
「わかりました」
その中でも、聖女の侍女フィレア。
先導している彼女には、この確認は特に大事な作業である。
クノンにはわからないが。
カイユ、リーヤが彼女に先頭を頼んだそうだ。
「魔術師として自分より腕がある」と判断したから。
聞けば、彼女も魔術学校の卒業生ではあるらしい。
年代的には、カイユより少し先輩だろうか。
「クノン君」
確認を終えて地図をたたむクノンに、リーヤが言った。
「向こうに着いたら何をするの? えっと……開拓地に行って、開拓を手伝わせるんだろうなっていうのはわかるんだけど」
――そこまでは、誰もが想定していることだ。
クノンは多くを語らず、これだけの面子を集めた。
自分の開拓地に行く。
だから旅行感覚で一緒に行こう。
こんな感じで。
非常にアバウトな説明で。
冷静に振り返れば、リーヤだって思う。
こんな適当な話を呑む人はいるのか、と。
こんな話で一ヵ月以上も拘束されていい人がいるのか、と。
リーヤ、ハンクなどは報酬が出るので、仕事と割り切れるが。
中にはそうじゃない人もいるのだ。
では、なぜついてきたのか、といえば。
――単純に、クノンが何をするのか、興味があるからだ。
その証拠に。
ルート確認は終わった。
なのにフィレアとカイユも、この場を離れようとしない。
この二人も、クノンのやることが気になるのだろう。
「その通り、開拓だよ?」
それは知っている。
普通に考えれば開拓作業以外がないだろう。
さすがにそこは外れている気はしない。
実際クノンもそう答えた。
だが、気にするべき点はそこじゃない。
「どう開拓するの? もう話してもいいんじゃない? こうしてヒューグリアまで来てるんだし」
なんのひねりもなく、ただ開拓のために魔術師を集めただけ。
こんな意外性の欠片もない話も、なくはないだろう。
がっかりはするだろうが。
クノンだって、いつも予想外のことばかりするとは限らない。
だが、ここまで来た以上。
いかな理由でも、ここから引き返そうなんて者は、さすがにいないだろう。
「うーん……まだ漠然と考えている段階なんだけどね」
漠然と。
具体的とは言いづらいようだが――クノンは地図をしまって腕を組む。
「開拓地に必要なものって、僕は家だと思うんだ。とにかく住む場所、安全に休める場所が必要なんじゃないかって」
それはわかる。
人間に欠かせないものは、衣食住である。
これさえ揃っていれば生きていける。
人によっては左右されるとは思うが。
クノンは住、住処が一番大事だと考えたようだ。
「でも、家を建てるって簡単じゃないよね? 材料も知識も人手も必要で、手間も時間もかかる」
――魔建具を開発したからこそ、思ったことである。
あれがあったからこそ、これから次のステップに行ける。
クノンはそう考えていた。
「家造りを思いっきり簡略化できないかな、って思ってる。あとは現地を見てからできそうなことを探すつもりだよ」
簡略化した家造り。
その詳細を聞くことは、できなかった。
「――スープできましたよー。腹ペコなお客様はこちらへどうぞー」
もはや話どころじゃない。
クノンの侍女が発した言葉に、全員が群がった。
探索がてらちょっと遠出していた者も、走って帰ってきた。
寒い時期。
火を囲んで。
温かいスープ。
隠し味に神の酒樽の酒入り。
酒樽の正体を明かされた翌日から、賄いのような料理が出るようになった。
これに抗える者など、いなかった。
なお、家は足りていた。
充分に足りていた。
現地の開拓は進んでいた。
クノンが予想するより、大きく。
まだ開拓が始まって一年も経っていないのに。
そのことに、クノンは驚くことになる。