250.同期たちの悩み
「――おう、どうした?」
クノンと別れて、寮の自室で一休みしたリーヤは。
「調和の派閥」の拠点である背の低い塔へとやってきた。
用事は、ハンク・ビート。
年上の同期に会いに来たのだ。
「少し片づけた方がいいですよ」
塔にある彼の研究室は、かなり散らかっていた。
リーヤが来たのは初めてではない。
前に来た時は、もっと整頓されていた……
というより、あの頃は単純に物が少なかった。
今やすっかり魔術師の研究所である。
「最近研究で忙しくてな。一段落したら片づけるよ」
――クノンと違い、ハンクは片づけが苦にならないタイプである。
今は本当にたまたまだ。
研究が佳境なので、片づけに割く時間が惜しいのである。
「今忙しいですか?」
「ちょうど休憩を入れるところだった。話をするくらいなら構わないよ」
と、ハンクは手早く片づけたテーブルを勧め、「ちょっと待っててくれ」と研究室を出ていき、すぐ戻ってきた。
手には水の入ったフラスコと、クッキーの乗った皿。
「キビ茶でいいか? あとサラ茶もあるけど」
「あ、どっちでもいいです」
「わかった」
ハンクは、その辺に転がっていたスタンドを拾う。
テーブルに置き、洗って水を入れてきたフラスコにセットし、瓶詰の茶葉を三杯。
ランプはいらない。
小さな火は、彼がいくらでも生み出せる。
沸騰すればお茶の完成だ。
「火って便利ですよね」
目の前でお茶ができていく。
田舎者のリーヤからすれば、こういうのはなんだかオシャレに感じられる。
そして、火属性にしかできない芸当である。
風ではお茶など淹れられない。
「ここまで気軽な使い方をするようになったのは、学校に入学してからだけどな」
ハンクは下積みが長かった。
それだけに、割と知識と経験は豊富な方である。
だが、火という性質上、日常的かつ気楽に使うことはなかった。
単純に危ないから。
火を使う時は注意しろ、と。
どんな火の魔術師も、まず一番最初に教えられることだ。
制御をしくじると一番怖い魔術。
魔術師界隈では、そういう認識をされている。
ハンクも間違っているとは思わない。
何せ、しくじれば術者でさえ火傷する。
自分の魔術で死んだ者さえいるのだ。
ほかの属性なら、投げっぱなしでもあまり問題はないが。
火だけはそうもいかない。
自傷行為になりかねないし、単純に火事も怖いし。
「君は確か、かなり遠くまで採取をしに行ってたんだっけ? 成果はどうだった?」
「不足なく。報酬も貰えたし、観察レポートも――」
少しの時間、近況を話し合った。
年齢も属性も違う。
それでも話は尽きない。
――同期という存在は、それなりに特別なのかもしれない。
「え? クノンが遠征に出るって?」
お茶一杯を飲み切る頃。
リーヤは、ここにやってきた本題に入った。
「クノン君、これからそういう予定があるみたいです。
それで、僕は雇われる形で誘われてて、今返事を保留にしているところです」
クノンと話をしたのは、今日の昼頃だ。
大事な部分は聞かされていない。
リーヤが承諾したら詳細を教える、と言っていた。
「一ヵ月から二ヵ月くらい掛かるかも、って話です」
「長いな。……どこに何しに行くんだ?」
「ヒューグリア王国に行く、とは聞いてますけど、それ以上はわかりません」
「クノンの故郷だな」
そう、ヒューグリア王国はクノンの故郷だ。
単純に考えるなら里帰りだろうか。
まあ、里帰りでもそうじゃなくても、リーヤを誘う理由はないはずだが。
「で、時間があればハンクさんにも声を掛けてほしいって言われました。ぜひ連れていきたい、って」
「え? クノンが俺をか?」
意外な話にハンクは驚き、リーヤはその反応を予想していた。
「先に言いますけど、理由はわかりません。そもそも僕だって僕が誘われた理由はわかってませんから」
リーヤ自身も、誘われた時は驚いたのだ。
「……こう言っちゃなんだけど、あいつ交友関係広いだろ」
「広いですよね」
「私より優秀な火属性も知っていると思うんだ」
「僕も同じ感想を持ちました。あ、僕の場合は風属性ですけど」
ハンク、リーヤ両名は特級クラスである。
その肩書に恥じない実力もある。
だが、事実として、特級クラスには自分たちよりできる魔術師がいる。
そしてクノンは知り合いが多い。
当然、二人よりできる火属性持ちと風属性持ちを知っているはず。
そう考えると。
わざわざ実力の劣る同期を誘う理由がわからない。
――ただ、そう。
「気になるな」
「なりますよね」
一見すると、誘う理由が見つからない。
にも関わらず、いったいなぜ自分たちを呼ぶのか。
クノンは優秀だ。
同期として悔しい面もあるが、それでも認めざるをえないほどに。
そんな彼が、自分たちをどう起用するつもりなのか。
何をさせようというのか。
興味はある。
友人としても、魔術師としても。
長期間ディラシックを離れることになるので、おいそれと返事はできないが。
悩むに足る案件である。
「君は行くつもりはないのか?」
「行きたい気持ちはあるんですけど、一ヵ月から二ヵ月って言われると迷いますね。単位の問題もありますし」
「だよなぁ……その場の勢いで決められないよな。
私も行きたい気持ちはあるが、うーん、どうかな。……悩むな」
当然だろう。
単位が足りなければ、自由に魔術を学ぶ環境を失うことになる。
ただの好奇心で頷くには、拘束期間が長すぎる。
「ところで、レイエスは誘われてるのか?」
クノンは同期二人に声を掛けているわけだ。
ならば、あと一人にも声を掛けている可能性はある。
「あ、クノン君、レイエスさんから催促された話だって言ってましたよ。だから彼女は来ると思います」
つまり言い出したのは聖女だということか。
「……同期会?」
「それは彼女の研究室で時々やってるじゃないですか。わざわざヒューグリアでやる理由はないと思います」
「だよなぁ。……ダメだわかんねぇ」
時間を取るか。
好奇心を取るか。
悩ましい日々が始まった。