249.珍しいという認識の一致
「自分で言うのもなんだけど、僕が男を誘うのは珍しいことだよ」
「そうだね。僕もそう思う」
クノンは偶然会った同期を誘い、近くの喫茶店にやってきた。
「珍しい」という認識の一致。
お互いに、寸分違わぬ一致であった。
悲しいほどの一致だった。
クノンとしては、特に避けているわけでもないのだが。
機会があれば、男だって普通に誘う。
現にこうしてリーヤと一緒にいる。
ただ、これまでそんな機会がなかっただけだ。
そして誘うなら男性より女性を優先する。
それだけの話だ。
まあ、自分でも男を誘うのは珍しいとは思うが。
「僕、昼食まだなんだけど。頼んでいい?」
――対する同期リーヤは、クノンの誘いに本気で驚き。
珍しいから了承し、ここにいる。
もし呼び止められなければ。
冒険者ギルドに行って用事を済ませて、適当に何か食べて、寮に帰って。
そして一眠りしているところだ。
泊りがけで出かけていたので、疲れている。
よく会う相手の誘いなら、たぶん断っていたと思う。
リーヤだってそれなりに忙しい。
急に言われても困る時もある。
珍しいクノンの誘いで。
かつ、久しぶりに会えた同期だから応じたのである。
「いいよ。あ、ここ季節のフルーツタルトがおいしいよ」
「へえ」
「レイエス嬢が育てた果実だよ。ここにも卸してるんだって」
「そうなんだ。じゃあそれ頼もうかな」
誘ったクノンのおごりである。
まあ、喫茶店の軽食くらいならお財布も痛まない。
「――そこの妙齢の色気が隠し切れないお嬢さん、注文をお願いします」
妙齢のお嬢さん。
クノンにとっては、妙齢でも老齢でもお嬢さんみたいなものだ。
――クノンは全然変わらないな、とリーヤは思った。
「それで、僕に何を聞きたいの?」
妙齢のお嬢さんに注文を終えて、リーヤは話を促す。
「率直に聞くけど、今リーヤの単位ってどうなってる?」
「まだまだ全然だよ」
二年度が始まって、約四ヵ月。
この段階で単位十点を取り切っている生徒は、相当珍しいだろう。
「クノン君は?」
「僕もまだまだ。早く単位が欲しいんだけど……
あのね、ちょっと遠くまで行く用事があるんだ。たぶん一ヵ月以上掛かると思う」
「長いね」
一ヵ月は長い。
だが、研究開発が長引くのはよくあることだ。
「リーヤ、採取って簡単?」
「簡単な物もあるし、難しいのもあるよ」
「そうだよね。
珍しいものであればあるほど、探すのって難しいよね。
僕なんて見えないから、何かを探すのは絶対向いてないと思うんだ」
だからクノンはフィールドワークはやらない。
街の外でできることもたくさんある。
しかし未整地の場所は、単純に動きづらい。歩くだけでも大変だ。
自分には向かないことを知っているので、最初から単位稼ぎの候補には入れていない。
だが、今回は違う。
むしろそれが狙い目だと思う。
「――お待たせしました」
注文した物がやってきた。
「――ありがとうレディ。今日も素敵なまつ毛だね。見えないけど」
苦笑する妙齢のお嬢さんを見送ると、クノンは言った。
「リーヤ、君を一ヵ月から二ヵ月くらい雇いたいって言ったら、いくら必要?」
「え?」
細かい話をしていたら、ちょっと長引いてしまった。
「検討する」と返事を保留したリーヤと別れ、クノンはロクソン邸へ向かう。
「――遅いぞ新入り」
お約束のように造魔猫に無視され。
造魔犬と少しだけ戯れて。
屋敷に入って実験室に顔を出せば、カイユに文句を言われた。
「カイユ先輩」
「なんだよ。いいから補助筋帯ベルト用の筋繊維作れよ。量産体勢に入るって先生言ってただろ」
先日完成した補助筋帯ベルト。
挨拶替わりに商業方面に配るため。
そしてロジーのためのストックとして。
しばらくは、量産する方向で動くことが決定している。
作りも仕掛けもシンプルなので、二、三日も集中すればそれなりの量が揃うだろう。
「僕、しばらくディラシックから出ることになりそうです」
「は?」
作業にかかり切だったカイユが振り返る。
「なんで? 家の都合?」
「それもありますし、単位の問題もありまして」
「そうか……いきなりだな」
――まだ造魔学を習い始めて日が浅いクノンである。
まだまだ序の口。
学問の入り口に立っているくらいのものだ。
それなのに、しばらくディラシックから離れることになるという。
「ひいてはカイユ先輩も一緒に来てくれないかな、と」
「は!? 俺も!? ……え、なんで!? おまえ何しにどこに行くの!?」
こうして、クノンの中で少しずつ計画が形になり始めた。
ヒューグリアへの帰還。
開拓地への一時滞在。
単位問題。
強く同行を求めている聖女レイエスとセララフィラ。
まだまだ構想の段階だが。
風魔術師であるリーヤが頷いてくれたら、計画は具体的に固まってきそうだ。
あとは――どれだけ人員を確保できるか、だ。