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247.雑談と、これからの予定





「え? もう帰ったの?」


 聖女の父は、聖教国に帰ったそうだ。


 彼と会った夜から数えて、四日目。

 聖女に呼び出されて仕事の話をしに来たクノンは、彼女の教室で、そんな話を聞かされた。


 あまりにも早すぎる帰還だった。

 ゼオンリーやミリカもかなり早く引き上げたが……


 やはり、立場のある人は忙しいようだ。


「元から滞在日程は短かったので、これでも予定通りです」


 と、聖女はいつも通りの調子で言う。


「わたくしはご挨拶しましたわよ」


 と、同じく呼び出されて仕事の話をしに来たセララフィラが言う。


「セララフィラ嬢とは元々会う予定があったって言ってたよね。僕もちゃんと挨拶したかったな」


 セララフィラは、秘密の温室の拡張という仕事をこなしたはずだ。


 聖女の父から直接指示を聞いて、調整していくとかなんとか。


「一つ一つの案件に、少しずつ所要時間が掛かりすぎた結果だと父は言っていました。

 予定の七割は済ませたけれど、時間切れだから帰る、と」


 ――正確に言うと。


 すべてにおいて、少しずつ。

 娘と過ごす時間を大切にした結果である。


 もっと言うと、予定にないデートとかしたからである。


「父も、ぜひともクノンとお話したいと言っていましたが、クノンは忙しそうなので今回は諦めたらしいです」


 確かにクノンは忙しい。 


 午前中は私用、午後はロクソン邸通い。

 急に会いたいと言われても、難しかったとは思う。


 しかしまあ、聖女の父が女性だったら頑張って時間を空けただろう。

 紳士として。


「仕方ないと思いますわ。そもそもあの方は国を離れられない身分ですから」


 ――セララフィラは知っている。


 帝国の祭典で、彼を見たことがあるから。

 聖教国セントランスの最高権力者の衣装を着ている、彼を。


 当然のように口止めされているので、これ以上は言えないが。


 絶対にまた来る、みたいなことも言っていたし。

 レイエスが心配でたまらない、とも言っていたし。


 権威の衣を脱ぎ捨てた教皇は。


 本当に聖女の父親のようだ、と思ったものだ。


「国を離れられない身分? ……まあいいや」


 少し気になったが、クノンはこれ以上の追及はやめた。


 女性だったら気にしたとは思うが。

 紳士として。


 それより気になることがある。


「セララフィラ嬢、マイラさんの調子はどう?」


「とてもいいですよ」


 例の補助筋帯ベルトのモニターとして協力してくれていた、セララフィラの使用人マイラ。


 一定の効果が望めたので、ベルトはそのまま使用してもらっている。

 経過も見たいし、使用者データもまだまだ欲しいから。


 ……と、思っていたのだが。


「実はあれ、完成したんだ」


「え、本当に? もう完成したのですか?」


 セララフィラは嬉しそうだ。


 そう、できたのだ。

 諸々の問題を解決した補助筋帯ベルトが。


 さすがはロジー・ロクソン。

 彼が乗り出しただけあって、開発の速度はあまりにも速かった。


 そして彼は今、ベルトの補助を得て、自分の足で歩き回っている。


「すごいよ。前のとは強度が違うし長持ちもするし、コスト面も少し下げられたんだ。あえて補助できる力は抑えてある……まあそんな話はいいか!


 新しくできたのを渡すから、マイラさんにはぜひ試してみてほしいんだ。いずれ充分なデータが取れたら商品化するよ」


「すばらしいですわね!」


 しかしこうなると、セララフィラは気になる。


「……でもお高いんでしょう?」


 魔術学校に入学してすぐ、お金で困ったことのあるセララフィラである。

 財布の紐はそれなりに固い。


 そんな後輩に、クノンは「大丈夫」と頷く。


「最初期から開発に協力してくれたマイラさんには、ずっと半額以下で提供するよ」


「ええー!? 安ーい!」


 ――確かに半額以下は安いな、と聖女も思った。


 何の話をしているかはわからないが。

 こちらもお金で苦労した聖女だけに、普通の金銭感覚が身についている。


 半額以下のご提供は、安い。お得だ。


 それは神の教えと同じくらい尊く、すごいことである。


「良いタイミングでしたわ、クノン先輩」


「ん? 何かあったの?」


「実は引っ越しをすることになりまして。これで選ぶ物件の幅が広がりそうです」


 ――本当にすばらしい、とセララフィラは思う。


 半額以下も含めてすばらしい、と。


 市場からの距離、周辺環境の利便性。


 足腰の悪いマイラは、その辺がネックになってしまう。

 だからその辺を考慮して家を選ぶつもりだった。


 補助筋帯ベルトもあるので、ある程度の距離なら問題ないとは判断していたが。


 それでも、まだ試作品の魔道具である。

 当てにしすぎるのは危険だと思っていた。


 そんな一抹の不安があったところで、完成したという報告。


 しかも商品化するなら、店で調達できるのだ。

 クノンに制作を頼んでばかり、というのも気が引けるから、願ったり叶ったりだ。


「へえ、引っ越すんだ? 素敵な女性にぴったりの花壇が美しい庭付きの家に?」


「はい。今の家だと使用人が入りきれないので。

 ――そうだわ、レイエスお姉さまも一緒に住みます? わ、わたくしと同棲しちゃいます?」


 言ったセララフィラは、冗談のわりには照れて恥ずかしそうだ。


 聖女はいつも通りの顔で返した。


「庭の規模は? 庭の提供は随時受け付けていますが?」





 さて。


 雑談交じりの打ち合わせをしつつ、ランチを終わらせ。


 午後はロクソン邸へ向かうクノンが立ち上がる。


「麗しきレディたち、名残惜しいけど僕は行くね」


「――クノン」


 そんなクノンを、聖女が呼び止める。


「ミリカのところへはいつ行くのですか?」


「えっ」


 ミリカ。

 さらりとその名前が出てきたことに、クノンは驚いた。


「父からの伝言です。

 その際、ゆっくり話をしたいからぜひ聖教国に寄ってほしい、とのことです。


 ――私もミリカと会いたいので、連れて行ってくださいね」





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