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242.勝負の行方と、旅装の四人





「本当にすごいですね。それって本来は、動く筋肉を補助するためのものなんですけど。

 先生、魔力で伸縮運動させてますよね?」


 ロジーならできるだろう、とは思っていた。

 だが、こんなにすぐにできるとは思わなかった。


 補助筋帯ベルトを装着したら、即座に立ち上がったから。


 だからさっきクノンは驚いたのだ。


「そうだね。

 まあ構造が単純だから操作しやすい、というのもある。伸ばすか縮むかしかない造りだからね。割と自然にやっている。

 私からすれば、自分の足を動かしているくらいにしか思えない」


 ――ロジーも少し驚いていた。


 こんなにも違和感なく動かせるのか、と。


 今は歩くだけでも大変だ。

 だが、すぐに慣れると思う。


 そうすれば、少なくとも屋敷内くらいは普通に歩き回れそうだ。


「もっと言うと、本当はズボンの上からじゃなくて身体に直接付けるんです。それで身体と一体化するような感じになって、動かすと連動して補助してくれるんです。


 誰でも使えるように、装着者に合わせて切って長さを調整できる細長い布型にしたんですけど……。


 だから、足がまったく動かないロジー先生だと……」


「動かせないのかい?」


「試す相手がいなかったので試してません。色々試すには制作期間が短かったので」


 試行不足は否めない。


 基本は、クノンの知り合いの足腰の悪い女性に頼んで試してもらったが。

 彼女の場合は、身体は動くから。


「理屈で言うと動かせないはずなんです。

 あくまでも補助ですから。


 先生の言う通り、筋繊維そのままの単純な仕組みなので、だからこそなんとか形にできたって感じです」


 短い制作期間で、クノンとカイユは補助筋帯ベルトを造った。

 対して、ロジーも同じ制作期間で、ワタン君を造ったのだ。


 あんなにも複雑なものを。

 あの完成度で。


 弟子たちと師の力量差は如実である。


「――面白いね」


 感心したようにクラヴィスが漏らす。


「魔術による身体強化は色々とあるけど、魔道具による身体強化は初めて見た。

 しかもそれ、魔術師以外も使えるよね?」


 クノンは頷く。


「はい。むしろ一般人の需要を考えて造りました。


 でも根本はやはり魔道具なので、魔力を吹き込む必要がありますが。

 それでも、一度吹き込めば二、三日は問題なく動くみたいです。


 ただ、細く薄い形状の筋繊維なのですぐに劣化して使い物にならなくなります。現段階では補助以上の使い方は難しいし、普通に使っても一週間くらいしか使えないかも。


 でもコストがなぁ。

 長い目で見ると高くつきそうなので、一般人向けだけど一般人向けにしては高い買い物になるかもしれません」


 つまり、まだ改良する余地がある、ということだ。


 クノンが言った通り、制作期間が短かったのが上げられる。

 時間さえあれば、もっと完成度は高くなるだろう。


「今後の課題としては、コスト面と長持ちする筋繊維か。

 ロジー、心当たりは?」


「ありますね。たくさん」


 即座に帰ってきた返答に、クラヴィスは「結構」と頷く。


「君の魔伝通信首は量産が難しいし、満足行く完成度も遠いだろう。


 しかしそのベルトは、すぐにでも実用化が可能だ。

 君が手伝えばもっと早いだろう。


 加えて造魔学とは程遠い見た目だしね。それは表に出しても問題なさそうだ」


 現時点ですでに使えるのだ。

 造りもシンプルなので、改良点・改善点もわかりやすいだろう。

 

「――では、私は帰ろうかな。後は若い人たちで頑張りなさい」


「あ、クラヴィス先生……」


「またね、ロジー」


 止めようとしたロジーに、見送りも気遣いもいらないとばかりに帰ることを告げ。


 クラヴィスは門へと歩いていく。


 ――今更勝負なんて無粋なことを言うつもりはないし、もはや誰も勝敗の行方なんて気にしていないだろう。


 そう思ったがゆえに、さっさと引き上げることにした。


 ロジーと、義娘と、弟子たちと。

 彼らはどう見ても、発明品の話をしたそうにしているから。


 もう勝負なんてどうでもいいから、早く話したい。

 顔にそう書いてあったから。


 クラヴィスの背中を、造魔猫ウルタが追い。

 ピタリと横に寄り添った。


 彼は面食い猫の基準をクリアしたようだ。


 ――それからすぐに、残された四人は堰を切ったように話をし始めた。


 質問が止まらない。

 疑問が尽きない。

 意見の交換が終わらない。


 知識欲を貪欲に満たす、師と弟子たち。


 その光景だけ見れば、造魔学の未来は明るそうだ。








「すっかり遅くなってしまったな」


「そうですね」


 すでに陽は暮れている。

 日中でも寒いが、夜ともなればもっと寒い。


 ロクソン邸から出てきたところだ。


 ロジーとカイユはロクソン邸に住んでいるので、帰るのはクノンとシロトだけである。


 ――この時間まで、ずっと話をしていた。


 まだまだ質問もあるし、疑問も尽きていないクノンだが。

 残念ながら門限があるので、お暇してきた。


 シロトも、一緒に帰ることにした。


 どこかで帰らないと、帰るタイミングを逃しそうだった。

 ロクソン邸にはシロトの部屋もあるので、泊まることもできる。


 これからの予定もあるので、それは避けたかったのだ。


「今後のことは私も気になるが、予定が入っていて手伝えないんだ」


「わかっています。そもそも今日来ていただいたことも異例だと思っています」


 几帳面なシロトだけに、スケジュールもしっかり詰めているのだ。


 なのに、今日はほぼ丸一日使ってしまった。

 予定ではもっと早く引き上げるはずだったのに。


 現に「勝負が終わったらすぐ引き上げるが、それでもいいか?」と断りを入れられたのだ。


 話に夢中になってしまった結果が、この時間だ。


 シロトも魔術師である。

 興味のある造魔学の話ともなれば、自制が利かなくなることもある。


「進展があったら教えてくれると嬉しい――じゃあな」


「あ、送りましょうか? 素敵なレディを一人で、あっ」


 言っている間に、シロトは分かれ道をさっさと行ってしまった。


 明日から、補助筋帯ベルトの改良に入る。

 俄然ロジーがやる気になっているので、きっと完成は早いだろう。


 シロトも気になっているようなので、完成したら会いに行くのもいいだろう。


 せめて素敵なレディを見送っていると、


「――もしやクノン君かな?」


 聞きなれない男の声で、名を呼ばれた。


「はい?」


 振り返ると、そこには旅装の四人が立っていた。


 その内、二人が魔術師だった。

 感じられる魔力からして、かなり優秀な魔術師だと思う。


 もちろん知らない人たちだ。


 ぜひ「鏡眼」で見てみたいが――話しかけてきたのは、中央にいる初老の男性。


 たぶんこの一団の代表だろう。

 まず、彼への対応をするべきだ。紳士として。


「どちら様ですか? 僕と会ったことがありますか?」


「ああいや、私が一方的に知っているだけだよ。

 そうだね。初対面で急に名前を呼ばれては戸惑うね」


 彼は優しい声で言うが。

 それでも「一方的に知っているだけ」という言葉が気になる。


「――初めまして、レイエスの父です」


「えっ」


 レイエスの父。


 それは、つまり。


「聖女のレイエス嬢ですか? 彼女のお父さん、ですか?」


「はい。

 君のことは娘からよく聞いているから、初対面とは思えなくてね。思わず声を掛けてしまった。驚かせて悪かったね」


 ――周囲に人がいるので言葉は濁したし、立場も明確にはしなかったが。


 レイエスの父と名乗った彼は。


 聖教国セントランスの教皇アーチルドである。





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