240.魔伝通信首
「――それじゃあ早速始めようか」
ロジーの開始宣言が出た。
造魔犬と戯れていたシロトとカイユが近寄ってくる。
いよいよである。
ロジーが兵器に手を出すか否かという、重大な勝負が始まる。
「だいたいの話は聞いているけど、一応確認していいかな?」
と、クラヴィスが審査員として問う。
「ロジーと弟子たちの勝負で、勝負内容は双方の発明品。
題目は人の役に立つ物。
で、私とシロトの投票で勝敗を決する、間違いないかな?」
間違いない。
シンプルなルールである。
確認するまでもないくらいシンプルだ。
大掛かりなこともないし、ややこしいこともない。
「審査員が二人だね。一票ずつで分れた場合は――
引き分けだったらロジーの負けかな。
弟子と引き分けなんて、プライドが許さないだろう?」
「そうですね」
言われるまでもなく。
ロジーもそう思う。
もっと言えば、ロジーは勝敗にこだわっていない。
負けるつもりで今日に臨んだわけではないが。
負けても不都合はないと思っている。
――クラヴィスの前で負けるのはちょっと嫌かな、と。
今は若干そう思っているだけだ。
「よろしい」
確認を終え、にこやかにクラヴィスは言った。
「私は賄賂を貰っているから、クノンたちを露骨に優遇するけど。始めようか」
賄賂。
貰ったのか、賄賂を。
――クノンたちはずいぶんと汚い真似をしてくれたようだ。
ロジーがクノンたちを見ると。
「僕たち今日の勝負は負けられないので! 僕ら有利で勝負だ!」
清々しい。
こんなにも堂々と不正を宣言するなんて。
これも若さがなせる業か。
カイユは目を逸らしている。
不正である自覚はあるのだろう。
だがクノンに至っては。
不正でも何ら問題ない、と言わんばかりだ。
「――はっはっはっ!!」
ロジーは笑ってしまった。
不正はよくない。
当然だ。
だが、ロジーの愚行を止めるための布石だと言うなら。
強い倫理観を感じさせるその姿勢、間違ってはいないと思う。
言葉通りだ。
負けられない勝負だからこそ、汚い手段も使って当然と考えたのだろう。
褒められたものじゃない。
だが、ロジーはその姿勢が嬉しかった。
「私は断りましたからね」
まず、ロジーから発表することになった。
後攻めの方が有利っぽいから、と。
そんな理由で。
まあロジーは負けてもいいと思っている。
なので先行でも後攻でも構わない。
――シロトに命じて、屋敷に用意していた発明品を取ってきてもらった。
一抱えくらいの木箱を持って来て。
ロジーに渡すと同時に、そんなにことを言った。
「賄賂かね?」
「はい。小癪にも食べた後に賄賂と聞かされましたが、断りましたからね」
どうやらクノンらは、賄賂として食べ物を使ったらしい。
食べた後に「賄賂ですよ、食べましたね、それは受け取ったということになりますね」と。
裏を明かされたようだ。
「ふふ――まあなんでもいいよ」
実に汚い。
だが、それくらいなら可愛いものである。
「私の発明品はこれだ」
と、ロジーは木箱の蓋を開け、それを取り出した。
「……」
「……」
クラヴィスもシロトも、何も言わない。
「……」
カイユも怪訝な顔をしている。
「……え? イスカン君?」
言ったのはクノンである。
そう、ロジーの手にあるのは、小さな生首――イスカン君だ。
「よく見たまえ。イスカン君より男前じゃないか」
否、イスカン君より男前な生首だ。
「ワタン君と名付けたよ。
別名――魔伝通信首。二つで一組でね、彼を通して離れた場所にいる人と話ができるんだ。
――シロト、これを持って離れて、あっ」
と、ロジーが差し出したワタン君を。
ひょいと造魔犬が咥えた。
オモチャと勘違いしたのか。
それともただの悪戯か。
どちらにせよ――犬は生首を咥えて走り出した。
「グルミ! 待て!」
「返すんだグルミ! グルミ! 返さないと今晩のエサ減らすぞ!」
楽しそうに駆ける犬を、シロトとカイユが追いかける。
――そんなどうでもいい一幕もありつつ。
「すごい!」
クノンは声を上げた。
ワタン君あらため魔伝通信首は、すごい代物だった。
「本当に僕の声が聞こえますか!?」
――「聞こえるぞ、クノン」
ロジーが持っているワタン君が発する、その声は。
間違いなくシロトの声である。
彼女は今、もう一つのワタン君を持って、屋敷の中にいるのだ。
「なるほど、首同士で繋がっているんだね」
クラヴィスも感心したように言う。
二つで一組のワタン君を通して、会話ができる。
離れた場所にいる人と話ができる。
ロジーの発明品は、そういう生首だった。
「これって僕の造った小鳥の応用ですよね!」
「そうだよ」
最近クノンが造った「音を記憶する小鳥」。
これは小鳥を応用したものだ。
いや。
応用と言うのもおこがましいかもしれない。
ロジーの発明品は、クノンの遥か上を行くから。
応用どころか別物というくらいに。
「これすごいなぁ!」
小鳥だって、まだ試作段階だ。
完成しているわけではない。
なのに。
ロジーはほぼ完成した物を用意してきたのだ。
短い時間で、とんでもない物を造ってきた。
クノンより高い技術と知識を駆使して。
――やはりロジーはすごい人だ、とクノンは思った。
ぜひワタン君の詳細を知りたいが……
でも、今はそれどころではない。
こんなすごいものを見せられた後だが。
今度は、クノンたちの発明品を出す番だ。