239.勝負の日
「いつになく早い再会になりましたね」
「そうだね」
義理の親子として過ごした夜から、ほんの数日後。
シロトとロジーは再び顔を合わせていた。
――今日のロジー邸は、少し賑やかである。
客人が来ているからだ。
ロクソン家の娘であるシロト。
今日は「調和の派閥」代表として来ているが、 親子関係を排する理由はない。
それから。
「クラヴィス先生、お久しぶりです」
「うん。ロジーも元気そうで何よりだ」
それから、光属性の教師クラヴィス。
クラヴィスは二十代にしか見えない容姿だが。
実際はロジーよりも年上だ。
二人とも長く教師を勤めているだけに、一応面識はある。
面識はあるが。
正直、ロジーにとっては、雲の上の人に等しい。
「本日は御足労をおかけしました」
――何気にロジーも驚いているのだ。
確かにクノンは「今日、審査員を連れてくる」と言っていた。
だから客が来ることはわかっていた。
シロトを連れてくるかも、ということまでは予想できた。
だが、まさかのクラヴィスが来てしまった。
彼が来るとは思わなかった。
ロジーもかなりの引きこもりだが、彼はその比じゃない。
滅多に人前には出てこないのに。
来たことも驚いたし。
クノンとクラヴィスに面識があったことにも驚いている。
彼はグレイ・ルーヴァの直弟子である。
要するに、恐らくは世界二位の魔術師である。
ほかにも直弟子はいるので、厳密にはわからないが。
それでも十指には間違いなく入るだろう。
初老の年齢にあるロジーであっても、恐れ多い人である。
そんなクラヴィスは朗らかに笑う。
「いいよ。楽しそうだったから」
なかなか気が重くなる言葉である。
クラヴィスの期待を裏切らなければいいが。
――というわけで、今日はロジーと弟子たちの勝負の日である。
軽くお茶を一杯飲んで、ぞろぞろと庭に出てきた。
人懐っこい造魔犬は近寄ってくるが、造魔猫は遠巻きにこちらを見ている。
造魔ウサギはどこにいるやら。
ロジー、カイユ、クノン。
この三人は、一応今日の主役である。
そして審査員が二人。
シロトとクラヴィスだ。
この屋敷に一度に五人もいるなんて、珍しい光景である。
「――え? クラヴィス先生を連れてきた理由ですか?」
なんのつもりでクラヴィスを連れてきたのか。
こっそりとロジーが問えば、クノンは答えた。
なぜそんなことを聞くのか、とばかりに。
不思議そうな顔で。
「造魔学を知っている人って誰かな、って思って。
だって造魔学って大っぴらに言いふらせないでしょ?
それで古くから学校にいる先生なら知ってるかと思って聞き込みをしたら、クラヴィス先生の名前が出まして。
それでちょっと話したらやっぱり知ってるみたいで、勝負の審査員を頼んだら『面白そうだからいいよ』って」
納得の流れではある。
クラヴィスはロジーより年上だし、知識も豊富だ。
造魔学に関して知っていてもおかしくない。
実際知っているようだし。
「もしかしてまずかったんですか? ロジー先生とクラヴィス先生は仲が悪いとか……」
「いや……」
文句があるわけではない。
ただ、こんな些事でクラヴィスの時間を取ったことに恐縮しているだけだ。
「あ、わかった」
クノンは閃いたとばかりに言った。
「やっぱり女性がよかったんですね。僕もそう思ってクラヴィス先生に造魔学を知ってそうな女性の先生を紹介してもらおうと思ったんですけど」
恐ろしい。
無知と若さが恐ろしい。
どうやらクノンは、クラヴィスを袖にしようとしたらしい。
世界二位の魔術師を。
「でもグレイ・ルーヴァくらいしか心当たりがない、って言ったのでさすがに諦めました。
最近暇してるから声掛ければ来るかも、って言ってましたけど。
さすがに恐れ多いですよね」
よかった。
クラヴィスでも気まずいのに、まさかの世界一の魔女が来る可能性もあったのか。
子供の遊びのような勝負なのに、あのグレイ・ルーヴァを呼ぶなんて。
そんなの考えただけで背筋が凍り付く。
「今日のところはクラヴィス先生で我慢しましょう。僕も我慢しますから。ね、ロジー先生」
「……」
ね、じゃないんだ。
そういうことじゃないんだ、と。
ロジーはよっぽど言いたかったが。
当のクラヴィスが、クノンの真後ろにいるのだ。
笑いながら彼の発言を聞いているのだ。
これはもう、下手に触れない方がいいと判断した。
――まあ、とにかく、なんだ。
「それじゃあ早速始めようか」
ロジーは宣言した。
これ以上無駄に時間を取るのはまずい。
さっさと終わらせて、クラヴィスには帰ってもらおう。