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229.この声を届けたい





「こんにちは、ウルタ嬢。今日も素晴らしい毛並みだね。髭も美しいよ」


 クノンは巨大なトラ猫に挨拶をする。


 門扉を開けてくれるのは彼女の仕事だ。

 まあ、つれない彼女はクノンを一瞥すると、さっさとどこかへ行ってしまうが。


 なんだか実に猫らしい猫である。


 ――ロクソン邸に通うようになって数日が経った。


 午前中は学校。

 仕事や雑事を片付けに行く。


 そして午後は、ロジーの元で造魔学を学ぶ。


 最近はそんな毎日を送るようになった。


「――おっと」


 クノンは一歩下がってくるりと回転した。


 杖を狙って飛んできた、犬の頭を避けたのだ。


「こんにちは、グルミ」


 頭を追うようにして身体も走ってきた。

 今日も尻尾がよく振れている。


「おっとっと。はは、ダメだよ」


 頭と合体した大型犬は、なおもクノンの杖を奪おうとじゃれついてくるが。

 クノンは器用に避けていく。


 これでクノンは、杖を使った剣術修行もしているのだ。

 わかりやすい犬の動きなら対応できる。


 まあ、最近ちょっとさぼり気味だったが。


「またね」


 少しだけ犬と戯れた後、クノンは屋敷へ向かう。




「あ、来たかクノン! ちょっと手伝え!」


 玄関を開けるなり、待ち構えていたカイユに捕まった。


「僕も手伝ってほしいんですけど」


「俺が先!」


 だそうだ。


 聞けば、カイユもまだ学ぶことが多いようだ。

 立場的にはクノンとあまり変わらないのだとか。


 要するに、造魔学で試したいことが山ほどある。

 そういうことだ。


 とにかく人手が足りない。

 一人で実験や研究をするのも限度がある。


 だが、ロジーに手伝わせるわけにはいかないので――


 そんな時、ちょうどやってきたクノン。


 非常に手伝いを頼みやすい立場なわけだ。

 実質弟弟子みたいなものだから。


 ――クノンとしても勉強になるし、そのあとカイユを自分の実験に付き合わせるので、ギブアンドテイクの関係ができている。


「先生は?」


「寝てる。徹夜したからな」


 ロジーは忙しいようで、ほとんど会えていない。


 だが課題は出されている。

 それをこなしつつ実験もして、造魔学の基礎を学んでいる最中だ。





 カイユの実験室へ連れ込まれた。

 その辺に荷物を置いて、クノンも実験の手伝いに加わる。


「今日は何を?」


「先生の仕事の手伝いだ。肉体の基礎ベースを三つ」


「わかりました」


 ざっと見回す。


 水槽は用意されている。

 魔石もある。

 草や液などの素材も揃っている。


 ないのは――


「培養液ですか?」


「頼む。ここをしくじったら全部台無しだ」


 培養液は、人体パーツを育てるための溶液だ。


 正確には「造魔育成基礎溶剤一型」という。


 学んだ限りでは、魔的要素を含んだ液体だ。

 かなり高価な素材を使うので、カイユが失敗したくないという気持ちはよくわかる。


 自費で負担も難しい価格だけに、失敗したら白状するしかない。

 ロジーに「失敗しました」とも言いづらいだろう。


 それと同時に。


「やっぱ水は水魔術師だよな」


 水の魔術師なら、比較的簡単に造れるのだ。


 器用なクノンなら猶更である。

 おまけに魔道具造りを通して、繊細な媒体の扱いにも慣れている。


「できました」


 草をすりつぶし、液を少しずつ投入しながら混ぜ、水を加えていく。

 あっという間に完成した。


「水槽に張ってくれ」


 円柱型の水槽に溶剤を入れ、「水球」で生み出した水で満たしていく。


 それを三つ。

 ついでに攪拌し、斑なく水に溶かしこむ。


「できたか?」


「はい」


 今度は、カイユの仕事だ。


 核となる魔石に血液を数的垂らし、更に薬剤を加える。


「――『起動(リ・カラ)』」


 造魔の起動魔術を受け、魔石が光り出した。


 どくん、どくんと鼓動を打つように。


 いや――実際打っているのだ。


 反応を見てから、カイユは急いで魔石を培養液に沈め……これで仕込みはできた。

 水槽に蓋をして、あとは待つばかり。


 培養液の中央で止まり、光の鼓動を打つ魔石。

 ここに時間を掛けて、少しずつ肉が育っていく。


 魔石が溶け切って人体パーツがが育てば完成だ。


「――ふう。なんとかできたな」


 それを三つこなし、ようやくカイユは息をついた。


「成功ですか?」


「ああ。鼓動が一定だろ? だったら大丈夫だ」


 そんなものか、とクノンは思った。


 まだ成功も失敗も見慣れていないクノンである。

 見た目での判断ができないのだ。


 まあ、見えないが。


「これ、誰かの身体になるんですよね?」


 ――ロジーは医者の顔を持っているそうだ。


 本人的には、人体を使った造魔実験でしかないが。


 だが治療を求める者からすれば、助かればいい。

 医者の事情はどうでもいいのである。


 悪い臓器を、正常な臓器に付け替える。

 患者の血から生まれた人体パーツは、その人に適合する。


 いや、その人にしか適合しない。

 その人のためのパーツなのだ。


 聖女などの治癒魔術でも治せない、怪我や外傷とも言えない不調。

 しかし禁忌の魔術は、それを治せるのだ。


 国によっては非合法な治療法だったり、医師免許の有無も問われるだろう。


 しかしここは魔術都市ディラシック。

 一般的な国とは違うのだ。


 現に、医師免許を持たないロジーに、治療を求める者は絶えない。

 世界中の金持ちが噂を聞き、藁にも縋る思いで莫大な金を積んで、助けを乞うてくる。


「そうだ。造魔学ってすごいよな」


「すごいですね」


 知れば知るほど興味深い、とクノンは思った。


 基礎でこれなのだ。

 応用や真価となれば――そう、それこそ新しい生命だって創り出せそうだ。





「よし、じゃあ次はおまえの実験だな。今日は何をするんだ?」


 カイユの手伝いは一段落だ。

 次はクノンの番である。


「あ、はい。例のアレの雛形ができたんで、まず意見をください」


「例のアレ、って……音を記録するイスカン君か?」


「それです。ちょっと待って――あ、これです」


 クノンは持ってきた鞄の中から、それを取り出して。


 カイユに差し出した。


 ――小さな生首を。


「デザイン考えろよ!」


 途端、カイユがキレた。


「おまえの言う機能だけならイスカン君の形じゃなくていいだろ!」


「えっそうですか?」


「おまえこれ女に送りたいって言ってたよな!? 自分の声を届けたいって言ってたよな!?

 そんなの送ったら嫌がらせでしかねぇだろ! ちょっとは女心を考えろよ!」


 女心。


 それは紳士であるクノンにも未だにわからない分野だ。

 なんなら造魔学より難しいと思う。


「でもふさふさで小さくて丸い物ですけど。女性はこういうの好きって結論が」


「だったら丸まった猫でもウサギでもいいだろうが! 奇をてらうな! 普通に考えろ!」


「……これはこれで可愛いと思うけどなぁ」


「発想が先生と一緒とかやめろよ! あの人もおまえもズレてんだよ!」


 ――こうして学びの時は過ぎていく。





 それから一週間後。

 音を記録し、特定の操作で音を発する小鳥の置物が完成した。


 伝書鳩をモチーフにしたデザインだ。

 実験と耐久テストが終わったら、すぐに送るつもりだ。


 ――いずれ、ヒューグリア王国で待っている婚約者へ。


 







第七章完です。



お付き合いありがとうございました。



よかったらお気に入りに入れたり入れなかったりしてみてくださいね!

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