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228.造魔犬と造魔猫と造魔ウサギと





「――これが造魔……」


 クノンの目の前には三体の造魔がいる。


 見た目はただの動物だ。

 しかし、なんというか。


 ただの生き物と捉えるには、少し違和感を感じる。


 何が違うかはクノンにもわからないが。

 なんだかしっくり来ないのだ。


「正確に言うと、死体を蘇らせた動物になる」


 と、カイユは行儀よく座る耳の垂れた大型犬の頭を撫でる。


「新鮮な動物の死体を仕入れ、死因となる箇所を取り除き、新たに造った生物パーツを繋げて身体を再構成。

 その産物がこいつらだ」


 カイユの撫でている巨大な犬。

 猫。

 ウサギ。


「クノンが来たら見せとけって先生に言われてるんだ」


 昨日の今日でやってきたクノンは、今ロクソン邸の庭先にいる。


 対応したカイユがここまで連れてきたのだ。

 そして、動物型の造魔を紹介された。


「こいつら一応番犬とか門番とか監視とか、そういう存在なんだ。この家の守護者だな。

 何か感じるか?」


「違和感はありますが、それ以上は……」


「違和感はあるのか。おまえ鋭いね。

 こいつらは動物の形はしてるけど、中身が違うんだ。臓器類が普通じゃない。

 血液と共に特殊な循環液が流れ、それが臓器を動かしている。


 その結果が――これだ」


 ぽん、と。


 カイユが軽く頭を叩くと、犬の身体が壊れた(・・・)


「えっ」


 まるで積み上げた積み木細工が崩れるように。


 足からバラバラになって、地面に広がった。


「な?」


「な、って……」


 どう見ても凄惨な光景じゃないか。

 血こそ出ていないが。


 それ以外なんと言えばいい。


 身体の断面は――淡く光る魔法陣が見えた。


 つまり。


 元から分離するようにできている、ということだ。


「いきなり見ると怖いから、先に見せといた」


 そんな説明をするカイユの横で。


 バラバラになった犬が、ゆっくりと元の姿に戻っていく。


 心なしか、クノンの反応をて笑っているような。

 そんな得意げな顔をして。


「こいつの名前はグルミ。グルミは悪戯が大好きだ。

 俺は何回も靴を片方持ってかれて買い直してる。敷地が広すぎて探しようもねぇんだ。


 時々とっちらかって日向ぼっこしてる姿を見ると思うが、気にしなくていいからな」


 ほら行け、と言うと。

 元に戻ったグルミは、のそのそとどこかへ歩いて行った。


「元は普通の犬だったんですか?」


「らしいぜ。俺が来る前からいるから、詳細はわからないけどな。

 ただ、蘇った生き物であることは間違いないみたいだ。普通の犬とは中身が違いすぎるから。少なくとも一度は死んでるだろ」


 ――興味深いな、とクノンは思った。


「そこの猫とウサギは?」


「猫はウルタ、ウサギはジーナだ。こいつらも特徴がある」


 猫の名前はウルタ。

 どこにでもいそうなトラ猫だ。


 ただし――


「えっ!?」


 猫は急に大きくなった。


 急にだ。

 別に威嚇したわけでもないし、毛が逆立って大きくなったように見えるわけでもない。


 実際に大きくなったのだ。

 大型犬のグルミより、大きく。


「ウルタは膨張するんだ」


「ぼ、膨張、ですか……」


「筋力増強・肥大に関する実験の産物、って話だ。――ウルタ、ありがとう。もういいよ」


 大きくなったウルタは、小さくなりながら悠然とどこかへと歩いて行った。


「クノン、ウルタに対しては口の利き方に気をつけろよ。

 あの猫、身体の膨張に際して脳も発達しているらしい。人の言うことくらいは完全に理解してるし、乱暴な口調はとことん嫌う。

 あと同性も嫌いだ。あいつはメスで、女が嫌いなんだ」


「同性……あ、だからカイユさんも男装を?」


「それとは関係ない。そもそも男装しても俺はウルタに嫌われてるしな。見てくれくらいじゃ騙せねぇよ」


 そういえば昨日。

 カイユは猫より犬の方が好きだと言っていた。


 もしかしたら、犬派になったのはウルタの影響もあるのかもしれない。


「で、最後がジーナだけど。……まああんまり言うことないな」


 黒いウサギは、赤い瞳でずっとクノンを見ている。


「先生の実験室に赤い水晶玉がある。ジーナが見ているものをそこで見ることができるようになってるんだ。

 ジーナに関してはそれくらいだ。グルミとウルタほど変わったこともない」


「へえ……じゃあ目以外は普通で、完全に蘇生した感じですか?」


「どうだろうな。

 調べてみたいが、ジーナは調べさせてくれねぇんだ。呼んだら来るけど、一定距離以上は近づかないからな」


 ウサギらしい警戒心だな、とクノンは思った。





 動物たちが居なくなった後、カイユはクノンに向き直る。


「昨日、イスカン君を見ただろ。

 そして今、完成した造魔を見せたわけだ」


 イスカン君。

 あの毛玉は衝撃的だった。


 まあ、今見た造魔たちも、衝撃的ではあったが。


「どうだ? 俺は正直、初めてあいつらを見た時、引いた。

 これは人間が触れていい領域なのか、人間が関わっていい学問なのか、って自問自答した。


 生き物をいじる。

 生物を違う生物に変える。


 まさに禁忌だと思ったよ。

 一般的な伝聞や風説ではなく、理性や本能で、造魔学は禁忌の存在だと思ったんだ。


 おまえはどうだ、クノン?

 本当に造魔学に関わる覚悟はできてるか? 覚悟がないなら学ぶのは止めといた方がいい」


 カイユは心配している。

 その気持ちがちゃんと伝わってくる。


「それ、ロジー先生に聞けって言われたんですか?」


「いや、ただの俺のお節介だよ。

 先生から言われたのは、造魔を見せとけってだけだ。……覚悟できてねぇとつらいぞ、この学問は」


 クノンは頷いた。


「気を遣っていただいてありがとうございます。でも大丈夫です。

 もう僕は、造魔学は避けて通れないと思っていますから」


「避けて通れない……か。目か?」


「それもあります。でもそれと同じくらい、造魔学の可能性を感じています」


 昨日のロジーの講義。

 渡されたレポート。

 そして、イスカン君や今日見た造魔たち。


 非常に興味深い。

 目のことを差し引いても、気になっている。


 学ばない理由がないほどに。


「そうかよ。野暮なこと聞いちまったな、忘れてくれ」


「忘れませんよ。これからよろしくお願いします、先輩」





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