227.ふさふさで小さくて丸い物
「ふさふさで小さくて丸い物――つまりこいつだな」
結論が出た。
女性受けする造魔とは?
二人の有識者と、一人の紳士が話し合った結果。
女性はふさふさで小さくて丸い物が好きだ、という結論が出た。
つまり、こいつだ。
「――ウヒッ、イヒヒヒッ、フフッ、アハハッ」
こいつ。
ロジーがカイユに命じて持って来させた、こいつ。
見た目は毛玉だ。
黒い毛玉だ。
しかし笑っている。
毛玉ではあるが、一言で言えば――手のひらサイズの生首、だろうか。
「こ、これは……!」
クノンは衝撃を受けた。
なんだ。
テーブルに置かれたこれは、なんだ。
造魔学から生じた生物、ということでいいのか。
造魔学の産物なのか。
「大昔に私が造ったんだ。名前はイスカン君」
「イスカン君!?」
「察しの通り造魔だよ。人を造る過程で色々試して生まれたものだ。
生物、というよりは植物に近いかもね。水を与えて陽に当てると毛が伸びて、基本笑い声のような音を発してる。でも知能はないから笑ってるように聞こえるだけだよ」
「――ルージ、イス、ベルバ」
「しゃべった!?」
「機嫌がいいと時々しゃべる。
でもそれっぽく聞こえるだけで意味のある言葉ではないよ。十年くらい聞き取りした結果、意味のある言葉は三十くらいだった。規則性がないからそう判断したんだ」
――興味深い、とクノンは思った。
「俺は不気味だと思いますけどね」
「おいおいカイユ、今更それはないだろう。三人で結論に達したじゃないか」
女性はふさふさで小さくて丸い物が好き。
三人で話し合ってそういう結論が出たのだ。
だからロジーは、イスカン君を選んだのである。
――カイユ的には、その結論には文句はない。
ただし、ここで選ぶべきはイスカン君ではないだろう、と思っているだけだ。
「クノンはどう思う? 不気味じゃん?」
カイユにそう問われた。
クノンはイスカン君から目が離せないまま答えた。
「なんか、禁忌って感じがすごくします! それと同時にとても興味深い!」
「あ、確かに禁忌感は強いな。禁忌感が強いとダメなんじゃないですか、先生?」
「うーん。禁忌感が強いってことは造魔感が強いってことだからな。それはまずいな」
「――いえ待ってください! これすごいですよ!」
確かに禁忌感は強い。
造魔感も強い。
ついでに言えば、カイユの言う不気味という表現もわからなくもない。
こんなの一般人が見たら、どう思うか。
造魔学はやはり触れてはならない学問だ。
そう言われそうなものだ。
だが。
クノンには、イスカン君は不気味さを帯びた可能性の塊にしか見えない。
まあ見えないが。
「先生、造魔には教育ができるんですよね?」
「ん? ああ、まあ、手間は掛かるがね。人を造ろうと思えば少なくとも十年は必要だが」
「いえ、人まではいりません。
たとえば――言葉を少し覚える、あるいは音そのものを記憶させるには? それを発信することは?」
「そう、だな……それくらいなら簡単だろうな」
「――フヒヒッ、フーヒヒッ」
「これもイスカン君の笑い声に聞こえるが、実際は声じゃなくて音だからね」
声じゃなくて音。
つまり、イスカン君は音を発することができるわけだ。
そして音を覚えることもできるわけだ。
「じゃあ――これ手紙の代わりになりませんか?」
「「え?」」
「カイユ、彼をどう思った?」
ロジーの質問に、カイユは苦笑する。
「俺は少し嫉妬してますよ」
時刻は昼頃。
朝早くにロクソン邸にやってきた生徒は、ついさっき帰っていった。
「――ヒヒーイヒッ」
養子として迎えた娘シロトの紹介状を持ってやってきた、クノンという特級クラスの生徒。
シロトが紹介するはずである。
「俺じゃ思いつかないことをすぐ思いついてましたし、これが発想力の差ってやつですかね」
なるほど発想力か、とロジーは頷く。
「――ナババッ、アハハハッ」
「彼は面白いな。造魔学に新しい風が吹きそうだ」
「あまり一般的になりすぎるのも危険な気がしますが……」
造魔学は禁忌である。
簡単には関われない学問であり、相応に危険も秘めている。
カイユの言う通りだ。
敬遠されているくらいで丁度いいのだ。
だが、
「後進が育たないのも怖いんだよな」
仮に、もし今ロジーに何かあった場合。
ここまで進めてきた造魔学の研究は、恐らく後退する。
カイユもまだまだ半人前。
ロジーが教えられることは多々ある。
「――プーフフフッ」
禁忌と言われるだけあり、資料も研究者も圧倒的に少ないのだ。
造魔学にも詳しい世界一の魔女グレイ・ルーヴァは当てにならない。
彼女は「造魔学とは手を切る」と言い切ったから。
言い切った以上、誰かに教えることはないだろう。
助言くらいはするかもしれないが、その程度である。
彼女は決めたことは必ず守るし、やり切る。
そういうタイプだ。
「でもどっちにしろ、先生はもうクノンを取るつもりでしょ? レポートまで貸し出したし」
「うん。特級クラスなら魔術の扱いは問題ないだろうしね。
それに、彼の目標の手助けもしたい。私が教えられることで彼の目がどうにかなるなら、協力したいね」
「助手も増えるし?」
「ふふ。――半年くらいで今の君くらいできるようになってくれると嬉しいね」
「――ボーン」
「さっきからうっせぇなこいつ」
「おいやめたまえ。私のイスカン君だぞ」
翌日。
クノンは再びロクソン邸を訪れていた。
昨日は初心者向けのレポートを貸してもらい、熟読してきた。
ますます興味が湧いた。
あとは、ロジーが助手として迎えてくれるかどうかだ。