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226.三つの質問





「――という感じになる。わかったかな?」


「……え? あ、はい」


 ロジーの言葉を理解し、クノンは我に返った。


 造魔学の基礎。

 講義が始まったと同時に、クノンはずっとメモを取っていた。


 それは知識の奔流だった。

 一言さえ聞き逃せないほど、知らないことばかりだった。


「大変興味深い授業でした」


 と、クノンは近くに散らばるメモを集める。


 書いては投げ書いては投げしていたから。

 いつもの調子で。


 十数枚にも及ぶそれらには、びっしりと文字が書かれている。


 我ながら書いたな、とクノンは思った。


「では質問を聞こう。ただし――」


 その言葉を待っていた、とばかりに口を開こうとしたが。


 ロジーが加えた「ただし」の一言がクノンを制止した。


「質問は三つだけだ。

 自分なりに理解したことを厳選して質問したまえ。基礎的なことの確認は、あとでカイユに聞けばいい。


 時間があればじっくり付き合いたいんだが、これで私も忙しくてね。

 助手は欲しいが、今は生徒を傍に置いておけないんだ」


 助手は欲しいが。

 その言葉の意味は、クノンを試すという意味だろう


 助手として使えるかどうか、と。


 ロジーは穏やかで優しそうだが。

 しかし、厳しい面も持ち合わせているようだ。


 ――最低限もできない生徒は邪魔だからいらない、と言っているのだ。


 講義を聞く限り、造魔学はなかなか難しそうだ。


 ただの水の魔術師なら、理解に苦しんだと思う。

 師ゼオンリーから学んだ魔道具の知識がなかったら、クノンは付いていけなかっただろう。


 わからなくもない。


 本人の失敗談の重さからして。

 誰にでも造魔学を教えることはできない、という側面もあるのだろう。


「厳選か……」


 聞きたいことは山ほどあるが。


 絞りに絞り込むなら、……そう、三つ四つくらいで丁度いいかもしれない。


「まず気になったのは、造魔の作り方が二つあることです。

 いや、正確には二種類の施行がある、と言うべきでしょうか。


 一つは生物を創り出すこと。

 もう一つは、仮初の命を与えること。


 でもきっと結論としては同じ意味になる。

 その二つは別々だけど、その二つを合わせて造魔になる。


 ……という認識で合ってますか?」


「うん、多少認識の違いはあるかもしれないがね。大筋はその通りだ」


 生物を創り出す。

 仮初の命を与える。


 この二つが造魔学の基礎だ。


 順序を立てて結論に至るなら――生物を創り出して、それに仮初の命を与える、という形になる。


 仮初の命。

 それを与えられた生物は、生物としての機能を完璧に持っていれば、そのまま命は肉体に宿る。


 これで造魔の完成である。


 ――面白い学問だ、とクノンは思う。


「その前提で言うと、仮初の命は、生物以外にも与えることができるのでしょうか?」


「ほう」


 ロジーは笑った。


「なぜそう思う?」


「それを見てしまったからです。……まあ僕は見えませんけど」


 木目調の肌を持つ使用人。

 あれは「生物以外に仮初の命を与えたもの」だ。


 そして、ロジーの車椅子もだ。

 彼は自力で車輪を回すことなく、勝手に動いていた。


 仮初の命。

 それは恐らく――付加された条件で動く魔術のことだ。


 動力、といってもいいのかもしれない。


 ――クノンがそう説明すると、ロジーはうんうん頷く。


「だいたい合っていると思うよ。

 そう、仮初の命というものは、あくまでも命のきっかけとなる魔術だ。そこから先の生命は肉体に依存するからね。


 詳しくは造魔学を修めていく内に理解も深まるだろう。


 これで二つか。あと一つ、質問をしたまえ」


 質問はあと一つ。

 最後の質問なら、クノンはもう決めている。





「あっはっはっはっ! ああそう! ああそうか! 君はそういう奴か!」


「ふふふはははははははははっ! おいクノン! クノンおい! おまえそれっ……ははははははっ!」


 ロジーもカイユも笑い転げた。


 最後の質問。

 クノンとしては真面目に聞いたつもりだが。


 しかしまあ、笑われるのも、わからなくはない。


「大事なことだと思いますけど」


「そうだねうん! そうだね! ……あぁ、こんなに笑ったのは何年振りかな」


 笑いすぎて少しずり落ちていたロジーは、車椅子に座りなおした。


「まさか基礎の段階で答えられない質問をされるとは思わなかった。

 そんな発想さえなかったから、試行もしたことがないんだ。


 ――造魔は女の子に受けるか、か。本当に考えたこともなかったな」


 そもそもの話。

 そんなことを考えて志す学問ではないだろう。

 

 何しろ禁忌の魔術だ。

 わざわざ禁忌に触れてまで女性受けを気にするのか、という話だ。


 だが、質問は質問だ。


 ロジーもカイユも笑うが、クノンはそれなりに真面目に聞いている。


 元々「水球」の細工だって、婚約者に見せて喜んでもらえるから。

 だから頑張った面もあるのだ。


「目玉」という自分の目標。

 ジェニエが課す課題。

 そこにミリカという存在もあり。


 だからクノンは努力に努力を重ねてきたのだ。


 造魔学はしっかり学ぶつもりである。

 すでに学びたいと思っている。


 そして、その結果ミリカが喜んでくれるなら。


 やる気も倍増するというものだ。


 女の子に受けるかどうか。

 紳士として、クノンにとっては大事なポイントである。


 ほかの魔術や学問なら、ある程度見通しが利くが。

 禁忌とされる造魔学は全くわからないのだ。


 だから最初にはっきりさせておきたい。


 この学問はミリカを喜ばせることができるのか、と。


「先生、造魔犬は愛玩動物になるのでは?」


「あれはダメだよ。顔が怖いし毛も硬い。よだれもすごい」


「えー。俺は可愛いと思うけどなぁ」


「それより猫だろう。猫なら女の子に受けるぞ」


「ダメですね。俺は犬の方が好きだから」


「君の好みはいいんだよ。一般女性に受ける造魔の話だろう」


 根が真面目な先生と弟子は、真面目に議論を交わす。


 あまり造魔学に関係なさそうな題材で。





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