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225.ロジー・ロクソンのミス





「――楽しそうだねカイユ」


 キコキコ、と異音が聞こえたと思えば。

 ついでのように声もやってきた。


 車椅子に乗った人物だ。

 身形がよい、穏やかそうな初老の男性である。


「あ、先生。新顔の生徒が来ましたよ」


「そのようだね」


 キイ、と小さな音を立てて車輪が止まった。


「はじめまして、ロジー・ロクソンだ。誰の紹介かな?」


「あ、シロト嬢からです。はじめまして、クノンです」


 と、クノンは紹介状を取り出した。


「拝借するよ」とカイユが受け取り、ロジーへと渡す。


「察するに目を造りたいのかな?」


「……いえ、どうでしょう」


 クノンは答えに窮した。


 いずれ「目玉」は必ず造るつもりだ。

 クノンはそのために頑張ってきた。


 だが、今回ここに来た目的は違う。

 

 もちろん、造らない理由はない。

 簡単に造れるというなら造りたいとは思うが。


「僕はまだ造魔学を全然知らないので、初心者向けの実験があれば教えてほしいとシロト嬢に頼みました。

 それでロジー先生を紹介された、という流れで……」


「そうなのか。

 じゃあ『目』はしばらくはいいんだね?」


「はい。いずれ自分で造りますけど、今はいいです」


「――いいね君」


 と、ロジーは笑った。


「カイユ、彼いいじゃないか」


「いいですね。簡単に人に頼らないところが実に魔術師ですね。シロトが寄越した理由も納得です」


「まったくだ。カイユ、お茶の準備をしてくれ。

 君、クノン君だったね。来たまえ、話をしよう」


「……はい」


 なんだかよくわからないが、気に入られたようだ。


 クノンはごくりと喉を鳴らして、車椅子を追う。


 ――いや、正確には。


 床から這い出た無数の骸骨にまとわりつかれ、地面に引きずり込まれそうになっている初老の男を。


「鏡眼」で見たそれは、なんというか。


 これまでに見た何よりも恐ろしいものだった。


 通例通りなら、恐らく、ロジーは魔属性だろう。

「実力」のジュネーブィズと似通っている気がするから。





「――まず最初に言っておこう」


 クノンは応接室に通された。


 そしてロジーは、早速始めた。


「人体パーツを造るのは簡単だ。目も例外ではない。

 ただし、人体パーツがあれば即解決、というほど生物は単純な構造をしていない。指一本取っても骨と神経が走り、血が通い、肉がある。

 それらすべてが正しく身体に繋がっているから、人体の一部と言えるのだ」


 楽しそうに語る彼。

 その様子に、確かに教師の姿を見た。


 ロジー・ロクソン。

 滅多に学校に来ないという彼だが、しかし。


 それでも紛れもなく教師なのだろう。


「だから君が望む通りに目が造れたとしても、それが君に適合するかは別問題なんだ。人体に繋がるかどうはわからない。

 それは理解しておいて……あ、わかっているようだね?」


「はい」


 造魔学のことはわからないが。

「目玉」に関してなら、クノンはずっと考えてきた。


「僕は生まれつき目が見えないです。

 だから、そもそもこの身体は目が見えるようにできてないんじゃないかって。そんなことを考えたことがあります」


 実際クノンの視神経などはどうなっているのか。

 そういう話である。


 目が悪いのではなく。

 視神経や、そのほかのどこかに問題があるんじゃないか。


 だとすれば、目玉を交換したところで見えるようにはならないだろう、と。


「……うん、君は思慮深いようだ。私のようなミスはしないだろうな」


「ミス、ですか?」


「――私は亡くなった妻を蘇らせるために造魔学に手を出した」


 クノンは返答に困った。


 いきなり重い話を始められた。

 ほがらかに。


 だから反応できなかった。


「その結果、失敗した。見ての通り歩けない体となり、妻の遺体も失った。

 もっと詳しく話すと、蘇らせた妻は妻ではなく、妻の姿をした何かだった。彼女が暴れたことで怪我をしたんだよ」


「……」


「あ、気にしなくていいよ。もう随分昔のことだし、私自身のミスでしかないからね。誰を責めようもない。

 妻にも悪いことをした。本当に私はろくでもないことをした。


 今の私なら、確実に妻を蘇らせることができただろうに。

 あの頃の私は焦って全てを失った。愚かだった。


 クノン君。

 こんな愚か者から、まず学んでほしい。


 造魔学の原則は、焦らない、軽率に開始しない、少しでもダメだと思った瞬間諦める、の三つだ。

 この三つを徹底してほしい」


「は、はい……その、はい……」


 色々と気になる部分が多すぎる。

 なのに、話題からして触れづらい。


「――先生、その話好きですね」


 お茶の準備をしてきたカイユがやってきた。


 助かった、とクノンは思った。


「別に好きではないよ。私が学んだ造魔の基本であり全てである、というだけだ。一番最初に教えるには相応しいだろう」


「聞く方からすれば反応に困るんですよ、それ」


「困って結構。ほかはどうでもいいが、この話だけは忘れないでほしいからな。失ってからじゃ遅いんだよ」


「はいはい、忘れませんよ」


 人数分の紅茶を置いて、カイユはクノンの隣に座った。


「――さて。それではクノン君、造魔学の基礎からやっていこうか」





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