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222.対抗心





「――ああ、なるほどね!」


 聖女に手渡されたそれを見て、クノンは納得した。


「場所じゃなくて種に付加したんだね!」


 それは光る植物の種子である。

 この淡い輝きは、結界だ。

 

 あまりにも小さく、あまりにも効果範囲は狭いが。


 紛れもなく結界である。


「種を一つ一つ結界で覆い、種自身に豊穣の力を与えたわけだ!」


 これまでは、場所に付加する結界だった。


 つまり不動。

 いわゆる従来の使い方だったはずだ。


 しかし、これは根本的な発想が違う。


 これは場所ではなく、物質に付加するもの。

 移動できる結界だ。


「結界と併せて特殊な魔法薬を使用しています。

 時間が経つと結界が解除されます。それと同時に魔法薬が地面に染み込み、結界の残滓のようなものが長くその場に残ります。


 要するに、結界が解除された後も、その効果を長引かせる仕掛けです」


「へえ!」


 すごいな、とクノンは思った。


 この細かい仕事といい。

 魔法薬の使用といい。


 結界の新たな可能性を開いたのだと感じる。


 そして、これは、恐らく――


「これなら霊草も育てられる?」


「ええ、芽吹きました」


 事も無げに聖女は頷く。


「やっぱり!」


 だったらサトリが動くのも無理はない。


 これは大した成果である。

 魔術学校の教師が騒ぐくらいの、とんでもない結果である。


 広めるな、と言うのもわかる。


 それも――聖女のためを思っての指示だろう。


 これはきっと、聖教国セントランスという国を挙げての事業にさえなりうると思う。

 だから軽はずみに広めるな、と言ったのだ。


 草木も生えない地に、作物を育てられる。

 従来より成長が早く、季節も選ばない。


 即ち、災害で起こる食糧難などの危機を救えるということだ。


「まだ実験段階です。いろんな土地、いろんな条件で試してみたい。

 もちろん効果時間も気になります。いつまで土地に結界の効果が残るのか。調べたいことは多岐にわたります。

 満足のいく完成にはまだ遠いですね」


 聖女は納得していない。


 現段階でも、これは世界中が欲する発明である。


 この時代、聖女のやるべきことは多くない。

 今や祭事くらいにしか出番がないのだ。


 しかし。


 この成果があれば、再び、聖女としてまばゆい輝きを帯びることだろう。


「――あ」


 何かに気づいたのか、聖女はクノンに背を向けた。


「どうしたの?」


「エーテルファンクスにご飯の時間です」


 クノンが来て話をしたので、少し時間に遅れた。


 聖女はそのことを思い出したのだ。


「エー……あ、うん」


 エーテルファンクス。

 それは十七王大戦に活躍した古の英雄の名だ。


 そしてクノンは、それが何を意味するか思い出した。


 聖女は机から小箱とピンセットを持ち出すと、とある鉢植えの前に立った。


「――おはようございます、エーテルファンクス。今日も元気そうですね」


 そんなことを言いながら小箱を開け、中の丸薬をピンセットで取り、運ぶ。


 ――花の口に。


 四枚の花弁がゆっくりと閉じてゆき、ねじれ、つぼみのような形になった。


「おぉ……食べてるね」


 青地に紫のまだら模様。

 そんな四枚の花弁を持つ、少々毒々しい花である。 


 いわゆる食虫植物だ。


 いつの間にか聖女は、こういう植物にも興味を抱き。


 ついに手を出してしまったのだ。


「可愛いと思いませんか? 私のエーテルファンクスは。

 この辺の毛状突起の色艶なんてたまりませんよね。まさにチャームポイントと言うべきでしょう」


「……うん、可愛いね」


 もはやペット感覚である。


 ――ちなみに近所の雑貨屋の店員に教わったそうだ。


 「植物に名前を付けて話しかけるとよく育つぞ」と。


 根が素直な聖女は、それを実戦している。


 さすがに数が多いので全部に名前は付けられないが。

 育てている数が少ない食虫植物なら、できるかもしれない、と思ったそうだ。


 犬猫に語りかけながらエサをやっている人を見て、これだ、と。

 ピンと来てしまったそうだ。


 英雄の名前を選んだのは、真っ先に思い浮かんだから。


 きっと聖女の由来や歴史などをしっかり学んだ、聖女教育の賜物だろう。


 おかげで彼女の英雄たち(・・・・・・・)は、ここでよく育っている。


 クノンも最初は面食らったが。


 まあ、もう、なんだ。


 聖女だし、何も驚くことはないなと思うばかりだ。


 だって聖女だし。





「……みんな頑張ってるなぁ」


 クノンは聖女の教室を出た。


 居づらくなったのだ。

 聖女が英雄たち(・・・・)との蜜月の時を過ごし始めたから。


 まあ、無表情こそ変わらないが。

 それでもなんとなく楽しそうなので、悪いことではないのだろう。


「――負けてられないな」


 同期が結果を出した。


 羨ましい。

 素直に賞賛もしたい。


 そして、対抗意識も湧いてくる。


 聖女は同期で友人で。

 でも同じ魔術師としては、やはりライバルだ。


 単位が欲しい。

 だが、単位を取るだけの実験は、今はしたくなくなった。


 ――何か新しいことがしたい。


 漠然とした希望を胸に、クノンは歩き出した。


 誰かと。

 あるいは何かと。


 発想の軸となるものと出会うために。





 この時すでに、クノンは完全に忘れていた。


「無関係ではなくなった」という聖女の言葉を。


 ついさっきクノンが見た光る種子。

 それが今、ヒューグリアに向かっている。


 もっと言うと。


 今、将来自分が賜る未開の領地へ向かっている。


 だから聖女は話したのだ。


 クノンは無関係ではなくなった。

 今朝、クノンの婚約者に種を持たせた時から。


 ――この事実を知るのは、少し先のことである。





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