217.土煙
流れとしては、狂炎王子とほぼ同じ。
上空へ逃れ、雨を降らせる。
使っている魔術こそ違うが、ほぼ同じだ。
クノンは地面を走り回れない。
だからこそ、足場を捨てるという選択がある。
それと同時に。
今回は、地面から離れるという理由もある。
土魔術師と地面の上で戦う。
クノンは師を通して土魔術を知った。
知識と経験上、地面で対峙するのがどれだけ危険かをよく知っている。
はっきり言えば、自殺行為だと思う。
だから上に逃げるのは必須だった。
――氷線の雨が降る。
なかなか回避の難しい技である。
速度も量もある。
一発一発が人体くらいなら貫通する。
しかも術師は上から撃ってきて、手が届かない距離がある。
常人ならば。
あるいは、未熟な魔術師でも。
これは逃れられない即死級の攻撃となる。
だが、しかし。
もし相手が熟練の魔術師なら?
相手は師ゼオンリー。
クノンが危険な即死技を躊躇なく放てる相手だ。
むしろ――これでも甘いとさえクノンは思っている。
だからこそ、最後の詰めの準備もしておく。
開幕、石を食らってでも放てた「水球」は、目に見えないほど小さく。
ゼオンリーに気付かれないよう潜伏させている。
あとは、撃ち込める隙があるかどうか。
隙を作ることができるかどうか。
それと注意をしなければならない。
あのゼオンリーが、攻められるままでいるわけがない。
必ず何かが来るはずだ。
「――いいじゃねぇか」
容赦ない弟子の攻撃に、ゼオンリーは笑った。
地面から離れたこと。
周囲に土がない場所から攻撃していること。
何かあっても反応できる距離をキープしていること。
全部正解だ。
ちゃんと勝つためにベストな選択をしている。
弟子の成長を感じる。
悪くない。
――氷線の雨が降り注ぐ。
横殴りの、斜めから差し込むようなそれは、
「――」
ニヤニヤ笑うゼオンリーの前方に生まれた金属壁に阻まれた。
ガギガギと物騒な音がして、氷片が砕け散る。
「だよな?」
クノンの魔術操作の腕は、ゼオンリーがよく知っている。
氷線が壁を迂回して来る。
とんでもない軌道で、壁の外側から曲がって迫る。
想定内だ。
「――自動だ」
すぐそばでガギガギと氷が砕け、金属がきしむ
新たに生み出した金属製の
今度は、小さい変わりに数が多い。
速いのは直線のみ。
曲がってくるものまでは、トップスピードを維持できない。
それくらいなら、
ゼオンリーの意志などいらない。
速いものは壁で。
曲がってくるものは
これで一時しのぎはできた。
クノンだってこの程度でゼオンリーに勝てるとは思っていまい。
だが、おとなしく次の手を待つほど悠長ではない。
ゼオンリーは次の手を打つ。
「――
地面に魔術が広がる。
それに呼応し、土の粒が一斉に舞い上がった。
いわゆる土煙だ。
ここら一帯に広がったそれは、広範囲に及び――
クノンは危機を察知して、更に距離を取った。
攻撃を止めずに。
逃げと防御だけに専念しないところを評価したい。
それで正解だ。
が、不正解でもある。
「――行け」
攻撃を指定する。
あれは自動攻撃。
対処しない限り、どこまでも対象を追いかける。
当然、金属製なので当たれば痛い。
そして何より――ゼオンリーの魔術が当たるということ。
土と水は似ている部分が多い。
クノンが粘着水などという、取れない水を再現できるように。
ゼオンリーは泥という土を再現できる。
距離が離れすぎていなければ、当たる寸前で泥に変えることもできる。
この辺が、クノンが
「さて」
魔術師同士の勝負は短時間だ。
恐らく、あと二、三手くらいで決着がつくだろう。
このまま行けばゼオンリーの勝ちだ。
クノンも、ここらで勝敗が見えるだろう。
しかし。
まだ隠し玉がありそうだな、とゼオンリーは思った。
これで終わる弟子なら。
ここまで可愛がってはいない。
「――来た!」
そろそろ来ると思っていた。
もうもうと立ち込める目くらましの土煙の中。
氷線をかいくぐるようにして、土人形が飛んできた。
この魔術の厄介なところ。
それは、ゼオンリーが対象を視認しなくても追いかけてくることだ。
目が見えないクノンに土煙は意味がない。
ならば、使用した意味は逆になる。
あれも攻撃だ。
きっとあの中から――
「っ!!」
土人形に気を取られた瞬間、とんでもない速度で土塊が飛んできた。
鍾乳石の先端のような小さな三角錐だ。
速さもかなりのもので、人体なら簡単に突き刺さるだろう。
氷線に対する意趣返しだろう。
土煙の中で生まれた土礫。
舞っている土粒を固めて飛ばしたのだろう。
煙の規模を考えると――
そそり立つ壁のような煙。
そのどこかから。
あるいは、どこからでも飛んでくるということだ。
クノンのように、手元から飛んでくるわけではない。
飛んでくる場所がわからない。
「――」
土人形。
土礫。
息をつく間もなく。
クノンは全力で対処する。
攻撃は止めず氷線を放ち。
乗っている「水球」で土礫を回避し。
更に、土人形を粘着式「水球」で受け止めて絡めとっていく。
「――はっ!?」
短時間だが、全力で防御した。
その間、どうしても集中する点を防御に釘付けにされていた。
気が付くのが遅かった。
いや、気付いただけでも上等だったかもしれない。
――読み違えた!
あの土煙の意図がわかった。
あれは、土を運ぶためのものだった。
クノンの更に上に、だ。
それを悟らせないための土人形と土礫。
あれは囮だった。
どれを一発食らっても終わっていたと思うが、それでも本命ではなかった。
そう思った瞬間。
上空にいたクノンの、更に上空にできていた巨大な土造りの手が迫り。
空に留まるクノンを叩き落とした。