215.あの頃の戯れ
「マジで学校が良かったんだがな」
ゼオンリーとクノンは向かい合う。
わざわざ街から出てきたところだ。
少し陽が傾き、遠い空が茜色に染まっている。
クノンとゼオンリーが勝負する。
そんな流れになった時。
一番の問題になったのは、場所選びだった。
「魔術学校でやるのはダメです」
どこでやる?
学校でいいのでは?
そんな軽い打ち合わせに異議を唱えたのは、ミリカである。
「そうですね。ゼオン、学校はダメだ」
同調したのはダリオである。
「あぁ? 魔術戦やるのは学校が都合がいいんだよ。
どんな被害が出ても後始末は教師がやるし、
ゼオンリーはそうぼやいたが。
二人は意見を曲げなかった。
――その
狂炎王子ジオエリオンとの勝負で。
相打ちになって、一度は命を落としているのだ。
意識がない時のことなので、クノン当人さえ知らないことである。
そういう意味でも学校の方が都合がいいのだが……
しかし、魔術学校は、関係者以外の出入りが禁止されている。
それがネックだった。
たとえどこぞの国の王族であってもだ。
長い歴史の中、よほどの事情がなければ、許可は下りなかった。
その「よほどの事情」もかなりハードルが高い。
何せ学長にしてこの街の長でもある、世界一の魔女グレイ・ルーヴァが連れて入る以外がない。
どんな権力者でも金持ちでも。
彼女と会うこと、話をすることさえ困難である。
何しろ学校関係者だって望んでも会えないのだから。
ダリオは監視である。
当然、ゼオンリーを目の届かない場所へ行かせるわけにはいかない。
ミリカもだいたい同じ理由である。
ただでさえクノンとの別れの時が迫っているのに、別行動など取りたいわけがない。
何より、戦っている時のクノンもかっこいいのだ。
帰る前に雄姿を見ておきたい。
そんな乙女心からの意見である。
というわけで、街から出てきたところだ。
街道を少しはずれ、乾いた地面が広がっている場所。
整地されていないので地面の凹凸を感じるし、小さな石ころも落ちている。
見えないクノンとしてはやりづらくはあるが。
まあ、仕方ない。
観客であるダリオ、ミリカとその侍女は、少し離れたところにいる。
これくらい離れていれば大丈夫だろう。
お互い殺す気でやるわけではなし、大規模魔術は使用しない。
クノンに限ってはそもそも使えないし。
「ルールはどうする?」
ゼオンリーの問いに、クノンは即答した。
「なしでお願いします」
あの頃。
ヒューグリアで魔術戦をしていた、あの頃。
どうしても場所や立場の都合で、戦い方が限定されていた。
とてもじゃないが、満足にやりあえる環境ではなかった。
場所はグリオン家の庭だったし。
クノンは子供だった。
――場所を荒らすことはできないし、さすがに子供に怪我をさせるわけにはいかない。
傲岸不遜なゼオンリーにだってそれくらいの分別はあった。
たとえクノンが望んでも、やらなかった。
――しかし今この場においては、違う。
もう、あの頃の戯れのような勝負をしなくていいのだ。
決闘用魔法陣もいらない。
魔法陣から出られなくなるので、あれがあると動けない。
ゼオンリーだってそうだろう。
今この場なら、地形を変えるような魔術が使える。
庭や家屋を破壊するわけにはいかなかった彼も、あの頃はかなり抑えていた。
戦法だって相当限定されていたはずだ。
その上でクノンを圧倒していたのだ。
――そんな師の本気を、クノンは見たくて仕方なかった。
ほんの少しでもいいから。
師の本気を、見てみたかった。
あの頃の望みが、今、ようやく叶おうとしていた。
ルール?
ゼオンリーの魔術を縛るような枷など必要ない。
「ルールはなし、か。……ああ、一応言っておくぞ、クノン」
「はい」
「俺はおまえを認めている。だからきっとあんまり手加減はできねぇぞ。どんな結果になろうと怪我は絶対にすると覚悟しておけ。
――いいんだよな? それで」
いいも何もない。
「それがいいんですよ」
クノンは全力でぶつかるだけだ。
やっと師の本気を、その一端でも、見ることができるかもしれないのだ。
「よし。じゃあ――やるか」
ゴッ!!
言うや否や。
横手から飛んできた石が、クノンの右のこめかみを直撃した。
クノンはあっけなく吹き飛び、倒れた。
「――魔力の動きを感じなかったか? 初級魔術が得意なのは自分だけだと思ってんじゃねぇぞ」
ゼオンリーは言った。
とてもつまらなそうに。
「早く立てよ。
まだ手加減しかしてねぇし、おまえの成長を見てねぇぞ。
俺の弟子なら俺を楽しませろ。全力で。命がけでな」