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213.鉄車





「――おまえゼオンリーか!? 待て商品に触るな!!」


「――どこかで見た顔だと思えばてめぇかクソガキ!」


「――絶対店で試すんじゃねぇぞ! 買ってから店の外でやれ!」


「――あ、あんた……まさかあたしを迎えに来っ違うのかよ! 否定が早いな! あたしの男にならないなら帰れよ!!」


 開口一番怒鳴られた。

 行く先行く先の魔術専門店で、店員に激しく拒否反応を示された。


 かつて魔術学校に通っていた師ゼオンリー。

 当然、彼もこの街に住んでいたのである。

 

 その結果がこれだ。


「おまえは何をやってきたんだ」


 買い物はできたが。

 どうにも穏やかな雰囲気ではなかった。


 いくつも店を回ったのに、一つたりとも。


 あまり口出しをしない騎士ダリオでさえ、口を出すほど異様だった。


「尊い俺の犠牲になっただけだ。光栄に思えばいい」


 相変わらず無茶なことを言う、とクノンは思った。


「私が店側の人間なら殴って出禁にしている。おまえは少し周囲に気を遣って感謝もした方がいい」


 もっともだな、とクノンは思った。


「いいんだよ。別に勘定踏み倒してるわけじゃねぇ、むしろ俺はお得意様だぜ」


「お得意様は迷惑を掛けない。迷惑掛けた上に金払いまで悪かったら、もう客ですらないだろう」


 金勘定はちゃんとする。

 それは客として最低限の礼儀である。


 ダリオの言うことは一々もっともだな、とクノンは感心しきりだった。


「あとクノン殿と私にも感謝しろ。どれだけ買うつもりだ」


 ――午前中、いろんな店を回ってきた結果。


 大通りを行く三人。

 ゼオンリーは手ぶらなのに対し、クノンとダリオは土でできた荷車を引いていた。


 荷台には、買った物品が山となっている。

 さすがに買う量が多く、手で持ち運ぶのは不可能になったのだ。


 衝動買いも含めて、ゼオンリーが求めた魔的媒体や素材その他は、とんでもない量になっていた。


 これで貴重品以外は抜いてあるのだ。

 配送手続きをして、後から届けられるように手配している。


 クノンとダリオが引く荷車の荷物は、全部貴重品だ。

 ここにある分だけで、とんでもない金額になる。


 無造作に積み上げられているだけに、有難みはまったくないが。


 価値がわからない人にはガラクタにさえ見えるかもしれない。


「わかったわかった、飯くらい奢ってやるよ。

 一旦ホテルまで戻るぞ」


 昼には少し早いが。

 荷車があっても、そろそろ荷物が限界だったので、ここらで終わるようだ。


「飯食ったらもう一度な」


 違った。

 もう一度買い物に出るようだ。


「……まあ、仕方ないですね」


 すでに疲れているクノンだが、仕方ない。


 そう、これは仕方ないのだ。

 言ってしまえば魔術師の性だから。


 魔術師から見れば、ディラシックにある魔術専門店は宝物庫なのだ。


 どの店をあたっても、欲しい物が必ず見つかる。

 お金さえあればどれだけ買い物しても飽き足りないくらいだ。


 今はディラシックに住んでおらず、勝手気ままに来ることができない以上。


 ゼオンリーが爆買いに走るのは、当然だと思う。

 逆の立場ならクノンだってそうする。


 だから仕方ないのだ。


 ――それより。


「これ、どうやって持って帰るんですか?」


 クノンとしては、この貴重品の山をどうやって国に持って帰るのかが気になる。


 もはや商隊でも組まないと持ち帰れない量である。

 それも、ただ持って帰ればいいわけではない。


 扱いがデリケートな物も多数ある。

 割れ物もあるし、気温や湿度を保たないとダメになるものもある。


 この量で、かつ長距離の持ち運びとなると、なかなか難しそうだが。


「鉄車だ。……あ、そうか。おまえには話してなかったな」


「鉄車?」


「丁度いい、見せてやるよ」


 どうやら師は、これから面白いものを見せてくれるようだ。





 ゼオンリーらが泊まっているホテルへやってきた。


 さすがは、王宮魔術師や王族が宿として利用する施設だ。

 下手な貴族の屋敷より立派な建物である。


 ホテル内には入らず、横にある車庫へやってきた。


 馬車を置くための場だ。

 客の要請で出すこともあるし、客の馬車をここで預かるようになっている。


 何台か留まっているが。

 それでもまだまだスペースには余裕がある。


 ちなみに馬は別の場所で面倒を見ている。


「俺たちの旅の足に使った物だ。速いし荷物も積めるし、何より今は管理が楽だからな」


「へえ!」


 クノンはわくわくしていた。


 ゼオンリーの発明品は、今も昔も大好きだ。

 まだ聞いたことがない物ともなれば、尚のことである。


 師は天才だ。

 それを認めるクノンだからこそ、彼の魔術や魔道具には興味しかない。


「そういやおまえ、これも見たがってたよな?」


 と、ゼオンリーはダリオに合図し、彼から受け取った紙を広げる。


「あ……魔建具ですか?」


 紙には覚えのある術式が描かれている。


 例の下に発生(・・・・)するやつだ。

 従来のものとはまるで違う発想から生まれたそれは、確かにずっと見たかったものだ。


 まあ、見えないが。


「これは必要ないが、一応ちゃんと手順を見せてやる。

 まず、この端っこの穴にロープを通して結ぶ。ロープの端は固定するなよ。


 そして地面に広げておいて――発動」


 ズン


 瞬時に生まれたそれは、大きな車輪の付いた鉄の箱だった。

 正方形で、車輪は円錐型に横に伸びている。


 不思議な形の馬車、という感じだ。


「……なるほど」


 見慣れない形の馬車を見て、クノンは理解した。


 密閉した箱。

 簡単に横転しないよう設計されている特殊な車輪の形。


「これに緩衝材を入れて荷物を詰めるんですね? そして密閉する」


「そういうこった」


 ちゃんと密閉すれば。

 揺れも温度も湿度も、かなり自由に調整できるはずだ。


 なるほど土の魔術師らしい一品である。


 ゼオンリーほどの魔術師なら、魔力で車輪を回転させることなど造作もない。


 人が乗るのも、形こそ違うがこれに似た馬車なのだろう。


「――で、ロープを引っ張って魔建具を回収する、と。まあこれはでけぇ建造物用だがな」


 ゼオンリーは回収した紙を折りたたんでいく。


「可動部がある以上、組み立て式になっちまうからな。

 一々部品一つ一つを魔術で生み出して……みたいなやり方になっちまう。これがすげぇ面倒なんだ。

 クソ面倒すぎて二度と造りたくないくらいにな。


 だが、魔建具(こいつ)のおかげで手間が省けるようになった。

 これはでかいぜ。想像する以上にな。

 

 魔建具にはもっと様々な可能性がある。きっと世界に広がっていくだろうぜ」


 ゼオンリーの言う通りになるか、否か。

 それより何より。


 ――クノンとしては、すでに応用しまくって魔建具を使用している師に、驚嘆するばかりだった。





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