212.男デート
家に戻り。
最後にディナーを食べて、ミリカとのデートは終了した。
予想もしなかった話を聞かされたりもしたが。
概ね楽しかった。
婚約者と過ごす一日としては、決して悪いものじゃなかったと思う。
ホテルへ帰るミリカと侍女を見送り。
寝不足だったクノンは、その日は早めに就寝した。
そして、翌日。
「あ、師匠」
朝。
起きてきたクノンが見たのは、すでにテーブルに着いて朝食を食べている師ゼオンリーの姿だった。
まあ見えはしないのだが。
「おう。食ってるぜ」
「はい」
ゼオンリーは偉そうに足を組んで座り、書類を読みふけっていた。
これまでにクノンが書き溜めたレポート類だ。
テーブルどころか床にまで書類の山が築かれている。
もしかしたら、かなり早めにやってきたのかもしれない。
「いつ来ました?」
「侍女がまだ寝ている頃だな」
ならば相当早かったようだ。
侍女はあれで、朝は早い。
料理にこだわる彼女は、食材のチェックと調達、下ごしらえにはじっくり時間を掛けるのだ。
「ちなみにダリオは庭で訓練してるぜ。あとで風呂の準備でもしてやれ」
護衛兼監視のダリオも来ているらしい。
「――おはようございます、クノン様。朝食の準備をしますね」
「うん」
台所から出てきた侍女に返事し、クノンもテーブルに着いた。
「どうですか?」
「つまんねぇものもあれば面白いものもある。まあ暇つぶしには悪くねぇな」
ゼオンリーのお気に召すものもあったらしい。
ならば及第点か。
「師匠、今日の予定は?」
「媒体の買い付けだな。ここでしか手に入らない素材も多い。仲間にも頼まれてるしな」
「僕も付き合った方が?」
「荷物持ちは弟子の仕事だろうが」
だそうだ。
もちろん問題はない。
師匠やミリカに付き合うつもりで予定を調整した。
なので、数日ならどうとでもなる。
なお、ミリカは今日は予定があると言っていた。
夕食を食べに来ると言っていたので、夜には会えるはずだ。
「――明日の早朝、発つからよ。おまえと会うのは今日までだ」
「え? ……早すぎませんか?」
確かに数日しかいられない、とは聞いているが。
本当にこんなに早く引き上げるのか。
「俺は王宮魔術師だし、姫さんは王族だからな。仕方ねぇ」
まあ、確かに仕方ないのだろう。
本来なら、この状況こそ許されないのだから。
「一昨日の夜、あれからどうなりました?」
例のオーガの一件だ。
昨日はゼオンリーと会えなかった。
だからその後を知らないのだ。
「知り合いと呑みに行った」
なぜそうなった。
自警団に捕まった後、呑みに行った。
流れが不可解すぎる。
だが、まあ、本人が言った通り、大丈夫だったのだろう。
顔パスだと言っていたし。
「――先に言っておくが、あの『影の魔術』については話す気はねぇぞ」
影の魔術。
あの夜、オーガが反応を示した、最後の魔術のことだ。
ゼオンリーが先回りして答える辺り、やはり特別な魔術だったのだろう。
「あれってグレイ・ルーヴァと同じものですか……?」
「それはわかんねぇ。
あの婆さんの使用している魔術と俺が辿り着いた魔術が同一かどうかは、婆さんしか判断できねぇ。
あれは俺なりに婆さんに近づきたくて編み出した特殊な魔術だ。
おまえが考えている以上に、
普通じゃない。
どう普通じゃないのか。
興味は増すばかりだが――ゼオンリーは「話す気はない」と言った。
ならば、どれだけクノンがせがんでも、教えないだろう。
「僕にはまだ早いですか?」
「違う。そう単純な話でもねぇ」
書類に顔を向けているゼオンリーが、瞳だけをクノンに向ける。
「自力で辿り着かないといけない次元だからだ。
気になるならおまえも目指せ。
だが誰にも頼るな、教えを乞うな、学んだ全てを考慮して自分の力で辿り着け。
――自力で辿り着くだけの造詣が必要だ。それくらい危険なんだ。俺が納めるのを諦めるほどにな」
諦めた。
性格はアレだが魔術に関しては誰もが認める天才ゼオンリーが、諦めた魔術。
「師匠が諦めたくらいの魔術ですか?」
そんなものが存在するのか。
今のクノンでは考えられないような特殊で危険な魔術が、存在するのか。
「正確に言うと、俺が目指す魔術じゃなかったって感じだがな。
俺は魔道具を究めたいのであって、魔術を究めたいわけじゃねぇ。
俺にとっての魔術は、魔道具作りの手段でしかねぇ。
あの魔術は、わざわざ時間とリスクを注いでまで触れたいものじゃなかった。俺にとってはな」
ゼオンリーは魔術師だ。
だがその前に、魔技師でありたいのだろう。
かなり気になる話を聞かされたが。
考えるのは後日でいいだろう。
朝食を済ませると、ゼオンリー、ダリオとともに外に出る。
「昨日のデートは楽しかったか?」
「ええ、もちろん。……昨日との落差が今日はすごいって感じです」
昨日は婚約者とデート。
今日は師匠とその護衛の騎士と買い物だ。
男しかいない。
男ばかりが三人で、気持ちが昂るわけもなく。
明るい自分でいるのは難しいな、とクノンは思った。
「じゃあ今日は俺とデートだな。嬉しいだろ?」
「師匠って僕のこと好きすぎません?」
「はっはっはっ。可愛がってやるからな」
――絶対重い物ばかり買う気だな、とクノンは悟った。