210.デート 3
「一言で言えば、クノン君の実績ですね」
そんなセリフから、ミリカは続けた。
「クノン君がヒューグリアを離れて約一年半。
たったそれだけの間にやったことが、あまりにも多すぎたのです。
一々挙げればキリがないほどたくさんあって、その一つ一つの噂がだんだんと、遠い地であるヒューグリア王国まで届くようになってきました。
まあ、聞こえるようになってきたのは一年も経っていない頃でしたが」
と、ミリカは言葉を切り。
ポケットから金属製の箱を出した。
「あ、それ……」
銀仙花という花の細工を施したそれは、クノンも見覚えがあった。
クノンが送ったものだからだ。
「霊薬保管箱」。
霊草シ・シルラの傷薬を保管・携帯するためのもので、ミリカに送るために作った特注品だ。
「ありがとうございます。とても嬉しかったです」
中に入っていたシ・シルラの傷薬は使ってしまった。
代わりに効果の高い薬を入れているが。
大事なのは、薬ではなくこの箱である。
「銀仙花は魔銀を象徴する花。
出発する直前の誕生日に、私が渡したブレスレットのお返し、ですよね?」
「はい。それ以外思いつかなかったので」
ミリカは嬉しかった。
素敵な贈り物が届いた時は、単純に嬉しかった。
細工のモチーフに気づいた時は、嬉しさが倍増した。
銀仙花は魔銀を象徴する花。
二人の間で、魔銀といえば?
お揃いの魔銀製のブレスレットのことだ。
クノンの気持ちそのものが届いたと思った。
――皮肉なことに。
「きっかけはこれでしたけどね……」
クノンの実績の決定打は、この箱が関わっていた。
皮肉にも。
「そう、ですか……」
話を聞き、クノンは呆然としていた。
まさかヒューグリアではそんなことになっているとは、と。
霊草シ・シルラの栽培に成功。
これは歴史に名を遺す偉業と言える。
たとえ共同研究で聖女が絡んでいたとしても、である。
「ヒューグリアの王族は実力主義の面が強いんでしたよね? いつの代も後継者争いは起こっていて、王位継承権上位は実績を作るのに必死だとか」
「はい、その通りです」
「つまり、僕を陣営に迎え入れたい継承権上位の王族がいる、と」
「ええ、まあ。でもあえて一つ訂正すると、上位勢は全員欲していますね、クノン君を」
――ミリカは半年ほど前に王都を離れた。
その後のことも、ちゃんと耳に入れている。
クノンは調べられた。
一から十まで、というくらいに調べられた。
そしてつけ込む隙が見つかった。
いとも簡単に。
そう、クノンの
それが周知され、クノンに対する婚約者の差し替えやハニートラップを画策する者が続出しているという。
その動きが出る直前に。
危険を察知したミリカは、王都を離れたのだ。
下手に渦中にいては、何が起こるかわからない。
ミリカは第九王女。
継承権上位たちが本気になったら、紙をやぶくより簡単に蹴落とされてしまう。
「私は
「予定の前倒し?」
「将来クノン君が拝領する領地を、妻として先に趣き開拓したい、と。それが認められて辺境の地へ行くことになりました」
「それは……」
クノンは言葉に迷った。
それはどんな意味があるのか。
政治的な意味があるのか。
上級貴族学校で学ぶことを知らないクノンだけに、そこが見えない。
だから素直に「政治的な意味はありますか?」と問うと、ミリカは答えた。
「政治的な意味は、私にはないかもしれません。
ほかに取れる手段がなかった、というだけの話ですから」
城にはいられなかった。
あそこにいれば、必ずクノンの婚約者の座は奪われただろうから。
ただ単純に苦肉の策でしかなかったのだ。
――ミリカの視点では、だが。
「
これまで鳴りを潜めていた第九王女が、王族として動き出した。
城を出て辺境の開拓地へ行きたいと言い出した。
これは危険を含む大きな決断である。
身を守るためとは言え、更なる危険に身をさらす行為である。
ヒューグリアの国王がクノンに与えようと思っていた土地は、遠い未開拓地だ。
野に出れば危険は多い。
魔物だっているし、危険な野生動物もいる。
ヒューグリアは平和な方だが、野盗や盗賊が出ないとも限らない。
もちろん人の文化はまだない場所だ。
そんな場所に、一国の姫君が行くという。
自分の意志で。
――この無謀な一手を打ってどこまでやれるか見てみたい、というのが国王の感想である。
このまま城にいればクノンの婚約者の席は奪われる。
それも見抜いていたがゆえに、許したのだ。
たとえ苦肉の策でも、ミリカは現状を打破する手を打とうとした。
その意気を買ったのだ。
単に面白がっている、というのもありそうだが。
「ではミリカ様は今、開拓作業を……?」
「していますよ」
開拓なんて大変な仕事である。
一生を掛けて行うような大仕事だ。
しかし、優れた魔術師ならば容易である。
――まあ有体に言えば、無理にでも領地と仕事を与えて、優秀な人材であるクノンを国に縛り付けるつもりなのだが。
その辺はクノンも納得しているので、問題はない。
ヒューグリア王国の侯爵家に生まれた魔術師。
それがクノンである。
それゆえ、その責任と義務は負う覚悟はもうできている。
「……なんか衝撃でした」
クノンは知らなかった。
自分がのうのうと学校に通っていた頃。
魔術を学んだり、実験したりしていた頃。
聖女や女性たちに紳士っぷりを披露していた頃。
同期たちと過ごしていた頃。
魅力的な師と再会したり、憧れの水魔術師と会っていた頃。
狂炎王子と仲良くしていた頃。
クノンが面白おかしく過ごしていた頃。
ミリカは開拓のための重労働をしていた。
これは紳士としてどうなのか。
許されることなのか。