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207.負けてられない

魔術師クノンは見えている書籍3巻、本日発売です。

よろしくお願いします。









「――はい? デート?」


 学校にやってきたクノンは、まず自分の教室で手早く雑用を済ませて。


 次に、聖女の教室にやってきた。

 仕事の打ち合わせをするためである。


 まあその辺はさっさと終わらせて、次の話題に入った。


「うん。おすすめのデートスポットって知ってる?」


「……」


 聖女は悩んだ。

 心当たりはあるだろうか、と。


 ――そもそもクノンとしかデートをしたことがない。


 そんな聖女なので、知っているかと問われても。


「あなたの知っているところしか知りません。酒場ならわかりますが」


 自分のところにいる酒豪な使用人の行きつけだ。

 酒もつまみもレベルが高いとかなんとか。


「あ、僕の国では年齢的にまだダメなんだよね、お酒」


「そうですか。私の国でもそうです」


 つまり行けない、論外ということだ。


「ほかは知りませんね。私の家の庭でも見に来ます? 今なら秋鐘花(ベルラ)が見頃ですよ」


秋鐘花(ベルラ)かぁ。確か真っ赤な花だよね」


「ええ、チューリップのような形の花です。大輪なので見応えがありますよ。そろそろむしって薬と香料と染料にするので、見るなら今しかありません」


 植物には興味がある。

 だが花自体に興味はない。


 聖女の情緒と情操はまだまだ成長途上である。


「うーん……行く、かも……」


 クノンは迷いながら応えた。


 愛しの婚約者は、秋鐘花(ベルラ)は好きだろうか。


 ミリカは花は好きだったはずだ。

 だが、勝手に予定に組み込んで大丈夫だろうか。


 ――本当に悩むべきところはそこじゃない。


 悩むべきは「ほかの女の家に女を連れ込んでいいのか」という点なのだが。

 そして、悩むまでもない問題なのだが。


「はっきりしませんね」


「ごめん。相手の意向もあるから、僕の一存で約束するのもまずい気がして……」


 ミリカも聖女と話がしたい、と言っていた。

 だから二人を引き合わせるのは、問題ないとは思うが。


 ――実際は、問題しかないのだが。


「では、来るか来ないかはっきりしないまま待つことにします。私は昼過ぎには帰宅するつもりなので、夕方には家にいます。

 来るも来ないも勝手にしてください」


「ありがとう。その時はよろしくね」


 そんな会話を交わして、クノンは聖女の教室を後にした。





「――デート? 出会い頭に古傷えぐるじゃん……」


「――デート? そんなものより単位でしょ?」


「――デート? は? してくれる相手なんてずっといないんですけど?」


「――デート? 行くと別れるスポットなら五つくらい知ってるけど聞く?」


 等々。

 顔見知りの女子を見かけるたびに聞いてみたが。


 結果は芳しくない。


 どうも特級クラスの女子は……というか。

 特級クラスの生徒自体、あまり色恋に縁がない者が多いようだ。

 

 魔術を第一に考える者が多いからだろう。

 クノンと同じく。


「うーん……」


 クノンの足が止まった。


 校門に向かいつつ情報収集をしてみたが。

 こんなにも情報が集まらないとは思わなかった。


 収穫がなさすぎる。

 結局五、六人くらいに聞いたのに、一人も教えてくれなかった。


 このまま待ち合わせ場所へ向かうのはまずい。

 判明委s多デートスポットは聖女の家一択しかないではないか。


 これはまずい。

 紳士としてあるまじき選択肢の少なさだ。


「――あ、クノン先輩。おはようございます」


 校門付近で立ち止まって考え込むクノンに、声を掛ける者がいた。


「おはよう、セララフィラ嬢」


 後輩セララフィラだ。

 彼女は今登校してきたようだ。


「ふふ、今日は朝から素敵な紳士と会えて幸運ですわ」


「それは僕のセリフだよ、水面に映る儚い蒼月のような君よ」


 この前まで一緒に開発実験をしていただけに、もう聞き慣れた声である。

 そして言い慣れた挨拶の言葉である。


「先輩も今来たところですか?」


「いや、帰るところなんだ。予定が入ってね」


「そうなんですか。……それにしては何か考え事をしていたようですが?」


「ああ、うん……」


 セララフィラに、聞くべきだろうか。


 彼女は一年生である。

 このディラシックにやってきてまだ日が浅い。


 デートスポットどころか、まだ街の地理さえ知らないのではないか。


 そんな心配はあるが、


「あのさ、ディラシックのデートスポットって知ってる?」


 一応聞いてみた。


 これでダメなら、先輩方に会いに行こうと思う。

 頼れる先輩方ならきっと教えてくれるはずだ。


 そう、思っていたが。


「デートスポットですか? そうですわね……」


 セララフィラは少し考え、口を開いた。


「幻想劇場は有名ですね。ここははずれはありませんわ。今はわかりやすい古典恋愛の題目をやっていますし。

 あとラバカの小道は今ですわね。紅葉が鮮やかで。あそこは夜が美しいですが、まあ昼でもいいでしょう。ベンチもありますし。肌寒いこの季節、暖かい飲み物を買ってカップルで肩を寄せ合うのがいいのですわ。

 それと穴場なのは古美術館です。あそこの太古の恋物語コーナーは見所が多いし、カップル向けの土産物も充実していました。

 あと飲食店もいいところがありますわ。まず――」


 ぺらぺらと、止めどなく。

 セララフィラから語られる濃密なデートスポット情報に。


「ほうほう。へえ」


 クノンは思わずメモまで取る。


 情報が多い。

 これは記憶ではなく記録に残しておくべきだ。


「――と、これくらいでしょうか」


「なるほど、参考になったよ」


 メモ用紙二枚にも及ぶ内容量に、クノンも満足だ。


 これなら行き先に迷うこともないだろう。

 逆に多すぎて迷うだろうか。


 だが後者ならいいのだ。

 行き先選びは、ミリカと相談して決めればいいだけだから。


「よく知ってるね。僕あんまり知らなくて」


「ああ、特級クラスの先輩方は魔術に夢中ですからね」


 でも、とセララフィラは続けた。


「あんなに魅力的な人たちばかりなのに、デートに誘わないなんて。わたくしにはできませんわ。

 エルヴァお姉さまも、レイエスお姉さまも、エリアお姉さまも、リムちゃんも。みんな違ってみんな良い……」


 うっとりとそうつぶやくと、「それでは失礼します」とセララフィラは行ってしまった。


 魅力的な人たち。

 なのにデートに誘わないなんて。


 なるほどセララフィラの言う通りだ、とクノンは思った。


「僕も負けてられないな、紳士として」


 今日のところは素直に負けを認めよう。


 だが、次こそは。

 きっとセララフィラの知らないデートスポットを自分から紹介できるよう、しっかり学んでおこう。


 クノンはそう胸に誓い、校門を潜った。


 さあ、ミリカと待ち合わせだ。





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