200.鏡眼の話
「――そう、それだ。俺はそれが一番気になっていた」
魔術学校での生活。
特急クラスによる実験や開発の数々。
大きな実験・開発は手紙に書いて送っている。
なので、できるだけ詳細を。
手紙に書かなかった小さなものもある。
それをこの席で軽く触れる。
まあ、実験も開発もレポートが残っている。
だからゼオンリーが気になるものは、後で勝手に目を通すだろう。
そして。
クノンの話で、ゼオンリーが食いついたのは――
「『鏡眼』、今どうなってる?」
クノンの視覚魔術「鏡眼」だ。
一部の者しか知らされていない、クノンしか使えない魔術。
不思議なものが見える。
実際とは違う色に見える。
お世辞にも「まともな視覚」とは言えないが。
だがそれでも、クノンにとっては欠かせない大切な「目」である。
「効果自体は変わっていません。訓練で使用時間は伸びたけど、どうも魔術自体の効率が悪いようです」
習得した頃と比べれば、使用できる時間は伸びた。
しかし日常的に使えるかと問われれば、否だ。
きっと食事する時間さえ維持できないだろう。
魔力視と組み合わせる。
それで、より正確に見えるようになった。
「いや、そもそも僕には視覚という感覚が合わないのかも。生まれつき見えないわけですし」
今なら、そういう可能性も、少しだけ認められるようになってきた。
事実を受け入れてこそ、先に進めることもある。
相変わらず遠くを見ることは叶わないが。
近くであれば、かなりはっきり見えるようになった。
おかげで日常生活で困ることはなくなったと思う。
それで今のところは満足している。
もちろん、諦めるという意味でもない。
「目玉を作る」という野望は、まだまだ叶えられてはいないのだから。
だが。
「でも師匠が聞きたいのって、そこじゃないですよね?」
「気にならないとは言わねぇがな。だがそこより気になる点がほかにあるよな」
――今のところ、クノンしか使えない魔術である。
ゼオンリーとしても全てが気になるが。
今は違う意味の方を指している。
「相変わらず俺は輝いているか?」
「そうですね。実に眩しいです」
「まあ仕方ないよな。俺だし。実際輝いた人生を生きてるしな」
地味に事実だけに返す言葉もない。
「姫さんの頭には羽が刺さってたか?」
「刺さってましたよ。ざっくりと」
「わかる。あいつ刺さってそうな顔してるもんな」
どんな顔だ。
「で、その正体はわかったか?」
「正体は相変わらずわかりませんが、色々わかったこともありますよ」
「鏡眼」に関しては、ヒューグリア王国の上層部に報告の上で、秘匿している。
だから手紙に書けない内容なのだ。
万が一にも漏れたら大変だから。
それだけに、ゼオンリーが一番聞きたかった話でもある。
「鏡眼」で「見えるもの」は、いったいなんなのか。
己の専門分野以外でも知識が豊富なゼオンリーでさえ、まったく知らないジャンルの話なのだ。
クノンが旅立った後。
独自で調べてもみたが、まるで手がかりは見つからなかった。
こんなの気にならないわけがない。
「魔術師は出てます」
「出る?」
「魔術師以外は一部が出てます」
「一部が?」
「魔術学校で多くの魔術師を見た結果、ある程度法則があることに気づきました。
でも法則崩れも結構あって――」
「おう、ちょっと待てよ。師匠を置いて面白い話を進めるな」
――今のところ。
クノンが「鏡眼」の相談ができるのは、ゼオンリーだけである。
どんなに気になることでも、興味深いことでも。
誰にも話せなかった。
それだけに、クノンも少し気が逸っていた。
「……なるほど。結構色々わかったんだな」
クノンが語ったのは、大まかにわけて二つ。
各属性による大まかな法則と。
星のランクによる「見えるもの」の格差だ。
「法則がある以上、やっぱり何かしら意味がありそうだな」
「そうですね」
「そのランクの格差ってのは? 見ればはっきりわかるのか?」
「あ、なんというか……豪華なんですよ。二ツ星はまあまあ普通の生物、三ツ星からは大きいというか。幻想的というか。強そうに見えるというか」
そう語るクノンは、同期ハンクと狂炎王子ジオエリオンのことを考えていた。
双方火属性。
ハンクは二ツ星の赤いトカゲ
ジオエリオンは、燃え盛る巨大な狼。
生物としての力の差が如実というか、なんというか。
うまく言葉にできないが、明らかに「違う」と思ってしまう。
「あー……要するに身形がいいんだな。二ツ星は庶民で、三ツ星は貴族って感じか」
「あ、そうですね。そんな感じでいいと思います」
三ツ星は身形がいい。貴族。
意味が通じるならその分け方でいいだろう。
ちなみにゼオンリーは三ツ星だ。
庶民の輝きじゃないとは思うので、妥当だ。
「四ツ星はどうだ?」
「学校にいるんですか? 僕会ったことないかも」
「そうか。なら会ってないかもな。世界に数人しかいねぇらしいしな」
「師匠、グレイ・ルーヴァのランクは知ってます?」
「――あ、そうだ! おまえグレイ・ルーヴァ見たか?」
世界一の魔女グレイ・ルーヴァ。
ゼオンリーでさえわからないことの多い、謎多き魔術師である。
彼女の秘密の一部に触れられるのではないか。
そう思い、一気にテンションの上がったゼオンリーだが。
「黒い箱にしか見えませんでした」
クノンの返答に、すっと冷静になった。
そんなうまい話はねぇか、と。
「いくつか例外があるって言ってたもんな。グレイ・ルーヴァもそうなんだな」
「みたいです。不思議な方ですね、あの人」
グレイ・ルーヴァのことは「鏡眼」でもわからないようだ。
残念なことである。
まあ、その辺はさておき。
ゼオンリーは話を戻すことにした。
「おまえの話で一番気になったのは、三級クラスの授業に参加したって話だ」
――なるほど、とクノンは頷いた。
「僕の新魔術に興味津々なんですね?」
師匠は僕のこと好きだからなぁ、とクノンは思っていたが。
「あ? 三級クラスでどんな奇抜な魔術教わるんだよ。そこで覚えた魔術には興味ねぇよ。どうせ覚えたの基礎だろうが」
「……」
ぐうの音も出ないほどの図星である。
「つーかおまえは基礎を覚えるのが遅すぎるんだよ。上位の魔術が優れてる、なんて言うつもりはねぇけどよ。基礎くらいさっさと覚えろ」
「……」
しかも小言までついてきた。
藪蛇だったようだ。
「三級の連中の『見えるもの』についてだ」
「ああ……気になりますよね」
それはクノンもずっと気になっていたことだ。
「『鏡眼』の法則で言うと、一部出てるのは魔術師じゃないんだよな?
でも一ツ星の中には、一部しか出てない連中がいた。
そうだな?」
「はい」
「だったら単純に気になるよな」
そう。
気になる点がある。
「『鏡眼』に法則性が見いだせる以上、魔術と無関係であるとは思えねぇ。きっと法則を崩すような例外にも、未発見の法則があるんだろうぜ」
クノンもそう思う。
法則に関しては、データを蓄積していくことで自ずとわかっていくだろう。
まあ、それ以外で割り出す方法がわからないのだが。
「じゃあよ――魔術師と魔術師以外の差ってなんなんだ?」
全部出てるのが魔術師。
一部出てるのが魔術師以外。
でも、一部出てる魔術師もいる。
この疑問の答えはなんなのか。
「なんなんでしょうね。確かに無関係とも思えないし……」
しばし考え込む二人。
その思考に結論を出したのは、ゼオンリーだった。
「なあ、もし魔術師以外の『一部出てるもの』を全部引きずり出したら、どうなると思う?」
魔術師クノンは見えている、本日コミックス1巻発売されました。
よろしくお願いします。