194.来た!
「うーん……」
クノンは考えていた。
師ゼオンリーから「そっちに行く」という内容の手紙を貰って、一夜。
魔術学校へ向かっている最中、ずっと師匠のことを考えていた。
何の用で来るのか?
手紙には書いてなかった。
いつ来るのかも気になるが、やはり一番の気がかりはそちらだろう。
何の用で来るのか。
クノンに用があるのだ、とは思うが。
ここは魔術都市。
かつて特級クラスだったゼオンリーが暮らしていた地でもある。
彼の知り合いもいるだろうし、今も学校関係者と繋がりがあるに違いない。
「……」
一番の候補は、やはり魔建具だろうか。
あの手紙がヒューグリアに届いて、すぐに返事を出したなら、ちょうど今くらいにこちらに届くだろう。
安心、安全、超速達が売りの風の魔術師による配達員に頼んだのだ。
値は張るが、その分信頼はできるしとにかく早い。
それを考慮すると、届いたのも返信も早い方だろう。
「……いや」
クノンは思い出した。
ゼオンリーは、常識なんてどうでもいいと思っているし。
自分の意思がこの世がルールだと平気で言えるマイペースだ。それにワガママだ。
となると、普通に考えてはいけない。
――師が来る用事はわからないが、それより。
やはり、いつ来るか。
その方が大事かもしれない。
あの人のことだ。
どうせ徒歩で何週間も掛けてやってくる、なんてありえない。
そんな普通の旅人のような真似はしないだろう。
きっと何らかの方法で早く到着するに違いない。
今まさに、風の魔術師が運ぶ手紙を、土の魔術師である師が追っているはず。
風魔術師の「飛行」は非常に速い。
普通なら、一週間以上の差がついてもおかしくないが。
相手はゼオンリーだ。
きっと土魔術による高速移動をこなしているだろう。
クノンは弟子として断言できる。
あの人を普通の枠で考えてはいけない。
魔術に関しては特に、と。
「仕方ないな……」
もしかしたら、今日明日にでも到着するかもしれない。
ならば――今予定を入れるのは、少々まずい。
あのゼオンリーである。
何しに来るのかは知らないが、何の用事があろうと、クノンの都合なんてお構いなしでだろう。
変に予定を入れてしまうと、誰かに迷惑を掛けそうだ。
だから、しばらくは様子を見ることにした。
――結論を言うと、クノンの判断は正しかった。
「おう、久しぶりだなクノン」
だって、もう居たから。
「相変わらず真面目だな。こんなに早く来るんじゃねぇよ」
校門の前に。
「し、……師匠!?」
クノンは驚いた。
一年以上を経ての再会である。
懐かしい、という気持ちもなくはないが。
今はただ、とにかく驚いていた。
確かに懐かしい魔力は感じていた。
誰かと思って「鏡眼」で見たりもして、なんか眩しい人がいるとも思った。
なんか師匠っぽいな。
師匠以外に眩しい人っているんだな、と。
そう思っていたのに。
さすがに馴染みのある声で名前まで呼ばれたら、認めざるを得ない。
だが、しかし。
まさか。
「なんでいるんですか!? 師匠からの手紙が届いたの、昨日の夕方ですよ!?」
まさか、風魔術師の飛行配達を相手に、土魔術師が追いつき追い越すなど。
まずありえないことだから。
普通とか普通じゃないとかのレベルじゃない。
不可能だと思ったから。
「あぁ? おまえもまだまだ頭が固ぇな。この俺がそんじょそこらの風魔術師に劣るとでも思ってんのか?
魔術師ってのは発想次第ですべてを覆す。この一年でそれくらいは学んだだろ?」
――確かに。
ほかの魔術師ならまだしも、ゼオンリーだ。
それくらいはできそうだ。
いやできるだろう。
「どうやったんですか?」
「実は……ああ、なんか
ゼオンリーは苦笑した。
出会うなり魔術の話。
それ以外にも何かありそうなものだが、真っ先にそれ。
背が伸びたな、とか。
感じるだけでもわかるくらい魔力の練度が上がっている、とか。
柄にもないが、そんなことも言っていたかもしれない。
こんな出会い方をしなければ。
――まあ、これこそ自分たちらしい再会だとは思うが。
「魔術の話は長くなるから後でな。
俺たちがディラシックに到着したのは、昨日の夜だ。旅の疲れもあったから、まずホテルに泊まった。
で、俺は所用を済ませるために学校に来た。ついでに知り合いに挨拶して、おまえの居場所も聞くつもりだった。
――学校でばったり会わないように早めに来たのによ。真面目に学生やってんじゃねぇよ。ガキなら少しは遊べ」
遊べと言われても困るが。
「じゃあ、とりあえず……どうしましょう?」
用事があるといって、はるばるやってきた師がここにいる。
ならば、その用事を今すぐ果たすのではないか、と。
弟子は内心身構えていた。
「今はいい。俺も用事があるし、おまえも予定があるだろ? 夜、ゆっくり話そうぜ」
クノンは少しほっとした。
ゼオンリーがわざわざやってくるほどの用事だ。
こんなにもいきなりではなく、心構えくらいはしてから対応したかったから。
「わかりました」
思いがけない再会だった。
なんとなく、一年ぶりとは思えない会話を交わした気がする。
が、これでクノンは少しテンションが上がっていた。
濃密な時間をともに過ごした師ゼオンリー。
家族とも友人とも言えない、でも非常に近しい師弟関係だ。
もはや身内も同然である。
そんな存在と一年ぶりに会ったのだ。
心が動かないわけがない。
一年前は無理だったが。
でも、今なら。
あの頃はよくわからなかった師の話を、もっと深い意味で、理解できるかもしれない。
――ゼオンリーと別れ、クノンは自分の教室へと歩き出した。
何の用事で来たのかは、まだわからないが。
できるだけ時間が取れるよう、細かな雑事を片付けておくことにした。
親愛なる婚約者様へ
気が付けば涼しい日が多くなりました。
紅葉色付く昨今、いかがお過ごしでしょうか?
今日は驚くことがありました。
僕は無事進級し、新しい一年生が入学してきました。
その結果、後輩ができました。
可愛い女の子です。
その後輩のお世話をしたり、一緒に行動したり、共同開発をしてその子の家に通ったりと、新学期から忙しい日々が続いていました。
もう少し詳しく書きたいのですが、今は僕の心境がそれを許しません。
実は今日、魔術の師匠がディラシックまでやってきました。
あなたも知っているあの人です。
というか、あの人が僕に会いに行くことを、あなたは知らされているのではないかと思います。
立場を考慮して名前は書けませんが、きっと同じ人を頭に思い浮かべていることでしょう。
僕はとても驚きました。
ヒューグリア王国から発って、初めて身内に会った気がします。
ジェニエ先生の時とは、ちょっと心境が違う感じです。
こちらは僕が追いかけた形だからかもしれません。
もうじきあの人がやってきて、やってきた理由を教えてくれると思います。
その話をする前に、この手紙を書いています。
きっとあなたがこれを読む頃は、あの人の用事は終わっているのでしょう。
もし書ける内容なら、次の手紙に書きま
「――っ!?」
走っていたペンが止まる。
庭に出したテーブルで手紙を書いていたクノンは、弾かれたように立ち上がった。
「あ、クノン様!?」
杖も取らずに走り出したクノンを見て、控えていたリンコは驚いた。
言葉はともかく所作は紳士だ。
クノンの仕草には、どこか品があるとリンコは思っていた。
なのに、この行動はなんなのか。
突然走り出して、転びそうになっても構わずに走り出して。
クノンは庭を駆け、申し訳程度に設置された木製の門扉にかじりついた。
急いで閂をはずして、開け放った。
そこには――
「――クノン君!」
「――ミリカ殿下!」
一人の女の子が立っていて。
ドアが開くなり、彼女はクノンに抱きつき。
クノンは揺らぐことなく、彼女を受け止めた。
風が吹いた。
書きかけの手紙が秋の空を舞う。
第六章完です。
お付き合いありがとうございました。
よかったらお気に入りに入れたり入れなかったりしてみてくださいね!